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三千世界の鷲となって  作者:
第1章
12/16

2010/06/24 2:00

◆2010/06/24 2:00



「しゅうちゃん、派手にやったねぇ。いくら僕がいるからってさ」

「……悪いね。だけど……それが、お前の仕事だろ?」

「簡単に言ってくれるけど、こっちだって大変なんすよ。それにあまりにも重傷だと治せなくなるし」


 飛鳥と【堕魂】の戦闘に巻き込まれないよう非難した4人。永智はしゅうの傷の様子を見て、やりすぎだと嗜め、目を瞑る。しだいにしゅうの至る所の傷が見る見るうちに修復してゆく。細胞が、傷が昔の姿を思い出したように、傷つく前の姿へと戻る。ただ重傷の左腕は治りが遅い。

 鈴はしゅうの傷から目をそらせない。複雑な想いを抱いているのか、表情は曇っている。



「同情……とか、気休めなんていらねぇから、な」

「え……?」


 『棘ノ家』で鈴がしゅうに叫んだ言葉。それだけに鈴の胸によく刺さる。

 幼い頃から言われ続けた言葉。気持ち悪い。大丈夫?可哀相。大丈夫です、私が治します。幼いころから見慣れた表情。嫌悪。同情。慰め。媚。

 もしかしたら、自分が今度はその言葉をかけるのかもしれなかった。もしかしたら、自分がそんな表情をしているのかもしれない。そんなの、嫌だ。


「これは、」

【リン×××××××××××××××カエセ××××××!!!】


 しゅうが何か言いかけた時、咆哮とと共に【堕魂】が4人に跳びかかる。方向は4人の方だったが、狙いは明らかに鈴だった。

 両手が飛鳥に奪われており、不格好な跳躍だった。それが不気味さに拍車をかける。手負いの獣。だが手負いが一番恐ろしい事を、鈴を抜かした3人はよく理解していた。


【ちっ!涅槃寂……】

「永智」


 永智がすぐに迎撃態勢を取る。それがこの場の対処としては一番正しい。しかし、しゅうが永智を制した。しゅうは、任せて、と呟き跳びかかってくる【堕魂】に向かって歩き出した。癒えきれない体を引きずりながら。

永智は怒鳴ろうとする。何を馬鹿な、その傷で何するんだ、僕に任せろ、と。その時、肩をぽんと叩かれた。振り向くとそこには、たかこ。任せてやれ。たかこの顔がそう語っているかのようで、永智は口を噤むしかなかった。


【××××ドケ×××××××リン××××××××××!!!】


 襲い来る【堕魂】。歩くしゅう。その距離は徐々に近づき、気がつけばあと5m。開かれた口。滴る涎。鋭い牙が、しゅうに向けられる。

 鈴は無意識のうちに走り出した。手を伸ばす。しゅうの手を握ろうと、引っ張って助けようと手を伸ばす。しかし、それは、叶わなかった。

 鮮血。まるで散る桜のように、それは不思議と美しかった。

 しゅうの胸に突き刺さる、凶牙。紙を貫く針のように、それは容易く。鈴にはそれが、スローモーションに見えた。自分への想いが、殺意となり、そして人を殺す。その痛みを見せつけるように。


「……嫌っ……」

【しゅう!!!】

「大丈夫……死なねえから、待ってろ」


 遅れて飛鳥が来る。魔獣を振りかざし、殺意を振りかざし。しかし、またしてもしゅうは手のひらで、飛鳥を静止させた。

そして、鈴を見て笑った。喜びも、悲しみも、希望も、絶望も、一緒くたにして。


「……鈴……これは、俺が決めた、道だ」


 道。彼が決めた道。

 

 私には生きる希望がなかった。

 おじいちゃんが死んで、でも思い出もなくなって。謎も残ったまま。私は、分からない事だらけだった。知らないことだらけだった。おじいちゃんの事件、【境界者】の事、【魂】の事。

 ただおじいちゃんが、幽霊になったおじいちゃんが私に何かを伝えようとしていたのだけは理解出来た。だから自分が【異能者】だったことをいい事に、それを生きる希望とした。本当は【異能者】だなんて、自分の汚点だったのに。

 そして、しまいには【境界者】になりたい、だなんて。


 手段が、目的になっていたのは、私なのだ。


 死んでも良かった。おじいちゃんと話せないなら、そうなっても良かった。

 だけど、本当は、死にたくなかった。まだ生きたい。生きて、知りたい。死に瀕して、他人を巻き込んでしまって、彼をこんな目に合わせて。死ぬまで、流されるのは、ごめんだ。


「だから……良く見とけ」

「……うん」


 もう甘えない。逃げない。それが今出来る私の全力。

 希望がなくなったからって、終わりじゃない。与えられないからって、泣くんじゃない。

 ちゃんと決めるんだ。私は私の道を。だから、今は。


「ありがとう」


 彼を見逃さない。

 しゅうの体が再び、蜃気楼に覆われ、紅の光を身に纏う。


【幻想操作・結】


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