2010/06/24 1:55
◆2010/06/24 1:55
「もう少し待てなかったの?」
「……お前らが、いつ帰ってくるか……分からなかったからさ」
「うわぁ、しゅうちゃん痛そう! てか、たかこさん、今日帰ってくるって言いませんでしたっけ?」
「あん?そうだっけ?」
「馬鹿が」
「ワリィワリィ。いやぁ助かったぜぇ」
つい先程まで死に片足を突っ込んでいたはずなのに、いつの間にか和気あいあいとした雰囲気になってしまった。永智はしゅうの痛々しい左腕をつついて遊んでいるかと思えば、飛鳥は【堕魂】を睨んでいた時以上の恐ろしい目つきでたかこを見ている。殺気でたかこを殺してしまいそうな勢いである。
「前っ!」
和やかな雰囲気を断つ鈴の声。鈴の叫びと同時にまたしても【堕魂】は雷電を放つ。しかも先ほどよりも大きく、鋭く閃光が走る。
【涅槃寂静】
永智がぼそりと呟く。空気を裂く雷鳴が鳴り終わる前に、5人を襲うはずの雷電はまたしても、何かにぶつかり、その脅威もろとも消え去る。
【申し訳ないっすけど、許可がないと通行禁止なんで】
永智は不敵な笑いを【堕魂】に向ける。その瞳は新緑色に輝き、【堕魂】を捉えて離さない。その瞳、そして消えた雷電。この現状を理解できていないのは鈴だけではなく、【堕魂】にも言えることだった。
今まで引く事が無く、しゅうを、鈴を傷つけてきた【堕魂】が初めて、一歩後ろへと下がった。たかこ曰く【魂】は本能などの根源である。また【堕魂】は【魂】が歪んだ姿である。歪んだ【魂】にその根源があるかは定かではないが、【堕魂】の一歩下がるという行動は明らかに、本能的な恐れである。
永智も飛鳥もこの恐れを見逃さない。飛鳥の瞳も新緑に染まる。
【永智、しゅうの傷を】
【ういっす。獲物はよろしく。あの堕魂やるなら、今のうちだよ】
【分かっている】
飛鳥が【堕魂】に迫る。一歩一歩ゆっくりと。その歩く速度と同じくして、飛鳥の右手が変化してゆく。黒く、染まってゆく。この街の闇と同化するように、深く、濃く。
【捕喰者】
飛鳥の右手が二つに裂けた。そして肥大化し、裂けた二つの腕が形を成してゆく。
【堕魂】の恐怖は加速する。目の前の事象に対してとった行動は、闇雲なる攻撃だった。【堕魂】自身が雷を纏う。たかこの言う通りであった。じんべえからみえる手足はもはや原型をとどめておらず、より一層獣じみていた。四つん這いになり、肥大化する爪。顔も人ではない。敵意をむき出しにした異形のものだった。
【堕魂】は足、後ろ脚の筋力を総動員させ、飛鳥に飛びかかる。爪で肉を裂き、そして骨を砕き、喉を引き裂く為に、右前脚を突き出し、飛ぶ。
【喰いちぎれ】
しかし【堕魂】の願いが叶う事はなかった。なぜなら、肉を裂き、骨を砕き、喉を引き裂く爪がなくなってしまったから。
【×××××××××××××××××××××!!!!!!!!!!!!!!!!!】
【五月蝿い】
【境界者】でも聞きとれない叫び、悲鳴だった。獣の悲鳴など分かるか、そう言いたげに飛鳥は【堕魂】を蔑む。
なくなったのは厳密には爪ではなく、右前脚だった。それは飛鳥の右腕の中にあった。
形を成した飛鳥の右腕は形容しがたいものだった。禍々しい牙、強靭な顎、龍の如き顔。【堕魂】を獣というならば、飛鳥の右腕は魔獣の頭だった。その魔獣が、身の毛もよだつ音を立てながら、【堕魂】の脚を貪っている。しまいには呑み込んでしまい、魔獣は喉をならした。
【そうか、美味しかったか。なら、もっと喰え】
今度は飛鳥が、【堕魂】に飛びかかる。悶えている【堕魂】は成すすべなく、もう片方の前足を奪われる。禍々しい牙で肉を引きちぎられ、強靭な顎で骨をかみ砕かれた。またしても、悲鳴が上がる。その悲鳴を傍目に、飛鳥と右腕はご満悦だ。
悲痛な呻き声は絶えない。両前脚を奪われ、悶え苦しんでいる。もはや風前の灯だった。しかし、その悲鳴に異変が表れた。
【××××××××××ン××リ×××××××××リンッ!!!!!】
【え?】
飛鳥は確かに聞いた。悲鳴に隠された、リン、という人の名を。飛鳥は一瞬、何の事か分からなかったが答えに辿り着くのに、時間は要らなかった。私の知らない名前を持つ者。つまり私の知らない人間。それはさっき、しゅうの傍にいた。
【堕魂】と飛鳥に初動に大きな差はなかったが、その少しの差。それが命取りになる。二人は鈴の元へ跳ぶ。僅かに、【堕魂】の方が早く鈴に近づく。
【リン×××××××××××××××カエセ××××××!!!】
【糞がっ!!!】




