5 長い手紙の終わり
そのあと、ユキオは僕たちに「この怪物を切ってくれ」と、頼み込んできました。「もう走りたくない・・・」しかし、わたしは、ある思いがあり、「頼むからもう一度だけ、走ろう」と勇気付けました。最初ユキオは嫌がっていましたが、わたしの説得もあり、もう一度走ることを承諾してくれました。
翌日から3人でトレーニングが始まりました。練習は、モモ上げから始まりました。
お忘れかも知れませんが、3人とも走ることが好きでした。特に、わたしと友人は、速く走れるわけではありませんが、汗を流し、苦しいところまで自分を追い込み、終わった後の爽快さというものはスポーツをするものしか得られない感覚でしょう。
そして、このとき一緒に走るユキオの顔を、わたしは生涯忘れることはないでしょう。
なんと嬉しそうに、モモ上げをするのでしょう。
ユキオの足が、怪物として復活していく様は、切なく、物悲しいものを感じました。博士は、そんなに悲しいものを創造したのです。お分かりでしょうか?
何ヶ月もかけてユキオの足を生き返らせると、そこからは速かったです。みるみるスピードを増していき、全盛期の足に戻りました。
時期が来ていました。
わたしは、友人とユキオと共に、あなたのいるアメリカへ旅立ちました。
ユキオは3年間も、あなたを追い続けたそうですね。日本一速い足で、追われる恐怖はいかがでしたか?ユキオによると、何度か捕まえるチャンスがあったのだが、逃げられたと聞きました。果たして、まんまと逃げおおせたとお思いでしょうか?
それは、この手紙が答えです。
若者の欲望に付け入り、人生を台無しにさせた代償を、わたしたちはどうしようか考えています。このレースのゴールは、日本選手権でも、オリンピックでもありません。ゴールは、博士です。
大学生というのは、時間が余って仕方ありません。しかも、その大学というところは、あなたのような人間を探すのに、さして苦労はしませんでした。
逃げても無駄だと思います。なんせ、彼は日本最速、いや、記録は分かりませんが世界一の男です。博士の家の窓を全て開けておきました。今からでも逃げていただいて結構です。わたしたちは、1ブロック先のカフェから走り出します。
さぁ、勝負しましょう。
ヨーイ・・・。ドン。