4 ユキオの部屋で
晴天が続く午後、わたしと友人はユキオの自宅にたどりついた。
名刺を提示すると、ユキオの母は部屋に案内してくれた。
部屋は、ベッドと本棚、机だけの簡単な構成で、ユキオは青白い顔でベッドに寝ていた。ユキオは、窓の外をずっと見ているので、わたしは、天気の話題から入った。ユキオは、すっと笑顔を取り戻し、
「太陽は大好きです」
と、答えた。
わたしは、早速聞きたかった一言を口にした。
「もう走らないんですか?」
ユキオは笑って、
「もう、走れないんです」
「なぜ?」
友人は、ニヤニヤして、
「普通の足になったから?」
ユキオは、布団をめくりわたしたちに足を見せた。その足は、自分で切りつけたと思われる無数の傷でカサブタだらけになっていた。
「博士は、僕を、興味本位で手術したんだ・・・」
「博士?」
わたしと友人は目を合わせました。
それから、ユキオはわたしと友人に、過去のことを話し始めた。まず、その感想は、わたしと境遇が似ていたこと。ユキオもまた、どちらかといえば暗いほうで、速くもない陸上の選手であった。そしておそらく、「飛びぬけた速さ」を求めた時期があったのであろう。そんなとき、ユキオは事故に遭い、3ヶ月ほどの入院を余儀なくされたという。その時、病院で声をかけてきたのが、博士だった。博士は、骨折したユキオが悲しんでいるのを見てこう言ったという。
「わしが、速い足をつけてやろう」
「うそつけ」
「ベン・ジョンソンの細胞を持ってる」
「ドーピングの選手や。いらんわ」
「足を培養して、君に付けてやろう」
「そんなことで速く走れるもんか」
「日本一になりたくないのか?今まで、自分をバカにしてきた連中を見返したくないのか?」
「でも・・・」
「いつでも待ってる」
博士は、連絡先を置いて去っていったという。
「じゃ、ほんとに手術・・・移植したんだ」
「怪物だよ。こんな足、付けなきゃ良かった」
「どうして?」
「そりゃ、速くなりたかったけど。速すぎると、はた目には気持ち悪いんだ」
「僕はうらやましいけど・・・」
「最初は嬉しかった。練習しなくてもどんどん速くなる。足が勝手に成長してる感じだ」
「記録会のときだ」
「そう・・・かな。レースに出始めたのもその頃だ。バカだけど、自信に満ち溢れてたよ。周りのみんなもびっくりしてた。でも、そのうち、怪物だ、薬漬けだといわれ始めた。僕は、どうしていいか分からず博士に相談した。実際、もう速く走れなくても良かった。僕は走ることが好きなだけだったのに」
ユキオは、まくし立てるようにしゃべり、一息をついた。
「博士はなんて?」
友人は、わたしより先に聞いた。
「お前は、怪物だよ。もっと速くなるんだ。もっと世界を驚かすんだ・・・と」
その時、ユキオは自分の間違いに気づいたという。ユキオが、見たかった自分は、自分で自分を強くする姿であり、借り物の強さではないことを。
わたしは、ユキオに同情していた。自分だって、そんな間違いを犯す可能性がある。自分をうまく表現できたり、得意分野があるわけでもないからこそ、博士のような人物に会えばどうなってたか分からない時期があった。
「あるときから、博士と連絡が取れなくなった」
「逃げたんか?」
「分からない。だけど、僕は自分の足が何処まで速くなるか分からなかったし、そんな自分をもう見せたくなかったから、博士を探す旅に出た」
ユキオは、わたしたちを見た。
わたしは、その博士を憎み始めていました。