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最速の男  作者: 小林弘和
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3 わたし

 わたしが、陸上を始めたきっかけは、ただ走ることが好きだったから。それだけでした。小学校の頃は、みんながサッカーか野球をしていました。が、わたしは、そのどれもあまり好きにはなれず、やってみても玉をうまく扱えません。どちらかというと、暗いほうの子供であったわたしは、放課後の八割を家の中で過ごしていました。テレビや本がわたしのスポーツでもありました。でも、走ることだけは好きでした。

 中学に入るとき、みんなクラブ活動をすると聞き、「自分もなにか始めないと」と、あせった挙句、「自分には走ることしか出来ない」と気づき、陸上部を選んだのです。

 体育祭で、その悲劇は起きました。

クラス対抗のリレーのアンカーに、陸上部の自分が選ばれました。トップでバトンをもらったわたしは、残り100メートルで、サッカー部の同級生に抜かれました。わたしは、ショックで誰とも話さず会場を後にしました。その日、プールのフェンス付近で、

「あいつ、サッカー部に抜かれてやんの・・・」

 と、陰口を聞きました。それが、わたしのプライドを作りました。

 わたしは、本気で速くなりたかった。陸上部は走るだけで、サッカー部は、走って玉を蹴る。なのに、サッカー部の方が足が速い。中学生の単純な思考回路では、明らかにわたしのほうが劣っているとみなされる。こんな辛いことはないな。わたしは思い、その日から、練習に力が入りました。

 高校では、そこそこの速さになってはいましたが、結局、県の大会でも名のある高校の選手に負け続けていました。それよりも、同じ部の中に高校から陸上を始めて、わたしより速い選手がごろごろ出現してきました。元サッカー部もいました。「じゃ、中学でもやっとけよ」と、心の中でつぶやきましたが、走ってみるとやっぱりわたしより速いのです。

 いつまでたっても、飛びぬけた速さは、身につきません。

 ところがある日をきっかけに変わっていきます。

 わたしは、自分の記録を塗り替えた、といっても0.3秒だが・・・、それに喜びを感じ、そしてみんなも喜んでくれました。今まで、どうやっても越えられなかった11秒7

の壁を破ったのです。そのことで、自分で自分に勝った気がしました。


 陸上という、走るだけのスポーツは、相手に勝つというだけではありません。むしろ、自分の記録に挑戦するというニュアンスが強いスポーツです。

 けれど、それを教えてくれる者がいない場合、あるいは、それに気づかない者の場合、「飛びぬけた速さ」を求める者が現れます。

わたしはやがて、「飛びぬけた速さ」を忘れていきました

 そんな時、ユキオを会場で見ました。

 その日から、ユキオの話題で日本中が沸きかえりました。

「彗星のごとく現れたランナー!」

「日本人初の9秒台!」

新聞の見出しで大きく報道され、3年後のオリンピックの話まで飛んでいました。しかし、所詮は陸上です。半年も経てば、話題は消えていました。

わたしは、頭の中で沸き返る「飛びぬけた速さ」を思い出し、ユキオの試合を嫉妬と興味で見ていました。あるとき日本選手権で優勝したユキオは、初めてインタビューに答えていました。

「優勝おめでとうございます」

「はい、どうも」

「しかも、日本記録・・・。まず、感想を聞かせてください」

「当然・・・かな」

「・・・一体、何処まで速くなるんですか?」

「もういいです」

「は?」

「だから、もういいんです」

「・・・この調子でオリンピックでも、一番良い色をとってください」

「わかりません」

「そ・・・そうですよね。わかりませんよね。では、怪我に気をつけて頑張ってください」

なんとも後味の悪いインタビューであった。

ユキオはその直後、行方不明になった。警察の懸命の捜査にも関わらず、ユキオの足取りはつかめず捜査は打ち切りとなった。


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