2 衝撃
初めてユキオを見たときは、まさに衝撃でした。
ユキオは、高校1年のときは、いたって平凡な選手でした。それは、わたしも陸上をやっていたので、県内の名のある選手は一応頭の中にありました。わたしが、ユキオの名前を始めてきたのは、2年の春の記録会の時でした。わたしが、サブトラックでアップをしていると、
「おい、マサル、聞いたか?ユキオってやつのタイム」
「ユキオ?誰、それ」
「T高校の2年なんだけどな。タイムが、10秒切ってるんじゃないかって」
「10秒?」
当時、ベン・ジョンソンが、薬物問題で世間を騒がせていたので、わたしは、
「ドーピングか・・・黒人?」
と、笑って言いました。
が、その友人は真剣な顔でこう続けました。
「今、ゴールで審判たちが集まって、協議してるわ。行こうぜ」
わたしと友人は、急いで競技場のスタンドをかけ上がりました。
見ると、ゴール付近でブレザーを着た男たちが、血相を変えて何かを話し合っています。そんな光景、今まで見たことなく、そばにある電光掲示板は、明らかに「9‘99」を表示しています。
観客席から、ざわざわと「怪物だよ」などの声が聞こえ、
「追い風参考にするんじゃないか?」
友人は、わたしに耳打ちしました。
「もう一回、走らせろ」
「薬やってんだろ!おい!」
「そうだ、信じないぞ。日本人の足の速さじゃねぇぞ!ありゃ」
と、スタンドから声が飛びました。その時です。スタンドの下から、ゆっくりと男が出てきました。T高校のジャージを着た、見たこともない男でした。すらりと伸びた足は、わたしの目にも「速さ」を感じさせました。観客たちのざわめきから、その男がユキオだと感じました。
アンバランスな体つきがやけに印象に残っています。ひょろひょろの足に、ごつい上半身で、さながら神話に出てくるケンタウロスでした。顔も、自信に満ち溢れており、あごひげの似合いそうな顔立ちです。
ユキオは、ゴール付近まで歩くと、スタートに向かってピタッと静止しました。風は、ユキオの髪の毛を逆立たせるほど吹いていました。次の瞬間、ユキオはスタートに向かって走り出しました。
観客席から「おぉ」という声がいっせいにわき、およそ10秒後に静まり返りました。
わたしの目から見ても、彼の速さは本物でした。今まで見たことありません。ここにいる全ての人間より、彼の足は間違いなく速いでしょう。いや、ひょっとしたら全人類より速いんじゃないか?そんな気さえ起き、気がつくと体が震えていました。