この日は眠れなかった
「ねぇ、これ、朝比奈さんの?」
「ぁぽ」
あまりにショッキングな光景に喉から変な声が出る。
目の前にいるのは、クラスで一番美形な男子と評判の瀬川涙くん。
さらっさらでトゥルントゥルンのキューティクル黒髪ヘアーに、エメラルドとサファイアを砕いて混ぜ込んだような美しい青緑色の瞳。目尻がちょっと吊り上がっていて、どこか猫みたいな雰囲気。
密かに恋をしている女子は少なくはなく、私もその一人だったりする。
なので普段であれば、夕日の差す放課後の教室で二人っきりなんて胸踊るシチュエーションなのだが……瀬川くんの手の中にある物が問題だった。
ほっそりとした白い手が掴んでいるのは、ピンクベージュのカバーがオシャレ可愛い女子向けの日記帳。
もうわかった方もいるだろう。そうアレは私の日記帳です。
「ここに書いてあるの、本当?」
「アッアッ」
アッアッと某ちいちゃなきゃわゆい生き物のような鳴き声しか発せなくなった私の目の前で、無情にもページが開かれる。
そこには。
『瀬川くん今日も超最強にカッコよかった! ああぁ〜〜ほんと殺したい』
『瀬川くんと数学の課題の班同じになった! 近くで見てもカッコよすぎる。肌とかきめ細かすぎて毛穴見つかんない。芸術作品ですか? 好き。お願いだから殺されて』
『ああああああ! 瀬川くん瀬川くん瀬川くん! 好きすぎてもうヤバい。きゅんきゅんしすぎて殺す前に殺されそう! こっそりお弁当に毒でも入れておこうかなぁ』
『瀬川くんに一番似合う死に方を考えてみた結果、薔薇を敷き詰めた大きな棺の中で死ぬシチュが一番良いのでは? って結論になった。薔薇は絶対青薔薇と白薔薇。外見的な変化がない毒で殺すか細いロープで絞殺してチョーカーかリボンで首元隠すかで迷う。でもでも、どんな死に方でも私は瀬川くんが大好きだからね! 骨になっても愛してる!』
「ア――――――――ッ!!」
可愛らしい日記帳には似つかない、我ながらなかなか物騒な内容に絶叫する。
見られた! 見られたーー!!
あああああああああ死んだああああ!!
べしょっとその場に崩れ落ちて、あぅあぅあぅと意味を成さない声を出す。
違うんだアレは。見せる予定はなかったのだ。ただちょっとああして書き留めておかないと欲望が口から出そうだったから! 仕方なく!
いやね? いつもは家で書くんですよ。でも今日は一段と好きが溢れて、堪らず放課後の教室で書いていたんです。
そうしたらいつの間にか本人のご尊顔が目の前にあることに気がつきまして、驚いて椅子を後ろにドンガラガッシャーンとひっくり返したんです。
そして本音しか書かれていないマル秘日記を見られてしまって、今に至るんです。わたしわるくない!!
……でも側から見たら気持ち悪いよね、こんなの。
そこまで仲良くないクラスメイトに死んだ後のことまで考えられてたら気持ち悪い一択だよね……。
「……その反応するってことは、本当なんだ」
「……ひゃい」
なんとか返事を返す。瀬川くんの顔を見れない。怖すぎる。
「俺のこと好きなの? 殺したいの?」
「ハイ、めちゃくちゃ大好きです。殺したいです。薔薇の棺の中で焼かれていく死体を見届けて、残った骨で指輪を作りたいと思うくらいには……」
「……そう」
あ、引かれたかもしんない。絶望しすぎてどうでも良くなって、本心言っちゃった。
でも本当なんだよなぁ……。
――――綺麗なものは、そのままでいて欲しいと、誰だって思うじゃん。
花は枯れる。景色は移り変わる。人は衰える。
永遠にそのまま美しくあるとは限らない。だから綺麗であって欲しいなら、自分で行動してなんとかしないといけない。
花は手折って栞にする。景色は写真に撮って切り取る。人は――――綺麗なまま殺して、白く美しい骨にする。
それが一番良い。だってそれならみんな綺麗なままでいられる。なにもおかしいことはない。
黒ずんでボロボロになっていく花を育てるよりも、人の手が加えられて自然を失っていく景色を見るよりも、シワだらけになって醜く衰えていく大好きな人に大好きと伝えられなくなるよりも、ずっとずっといい。
でもそれを理解してくれる人は今までいなかった。なんでさ、綺麗か醜いかなら綺麗な方がいいでしょ。え、違う?
……他の人の価値観って、イマイチ良くわかんないなぁ。
瀬川くんもそうなのかな。嫌われたかな。
――――初恋、だったんだけどなぁ。
「わかる」
「………………エッ?」
嘘みたいな言葉が聞こえて、パッと顔を上げる。
いつも表情の乏しい彼には珍しく、目元を少し赤くして、口元に淡い微笑を浮かべていた。
「俺も攫いたいから」
「エッッ??」
おれもさらいたいから??
ぽかーんとアホみたく口を開けて惚ける。
瀬川くんはそんな私に照れたように「ごめん、恥ず……」と口元を手で覆って顔を背けている。その耳はリンゴよりも赤い。
………………え??
「…………攫いたい?」
「うん」
「………………なにを?」
「朝比奈さんを」
「誰が?」
「俺が。理想を言うと誰も来ない山の上に家を建ててそこに閉じ込めて、一生誰にも見せず合わせず俺だけ見ていて欲しいし俺以外考えてほしくない。綺麗なものは失くさないように仕舞っておくのは当然でしょ?」
まるで私が好きみたいな言い方。カッとこっちの顔まで熱くなる。
綺麗なものって、私のこと? 私をそう思ってくれてるってこと?
どうしよう、身体中の血液が沸騰したみたいに沸き立ってる。心臓が高鳴りすぎて痛いくらいだ。
「あ……あの」
勇気を出して聞いてみる。
「ひ……引かないの? 私の、日記……」
「え、なんで」
「いつも友達に言うたびに、引かれてたから……」
そう言うと、瀬川くんは「あぁ。俺もそうだよ」と微笑む。あ待って顔が良い。
「俺の恋愛観を理解してくれない人が多くて、困ってた。ようやく同じような人に会えたよ」
「なっ……」
すごい口説き文句に、口をパクパクと意味もなく開閉する。
どこまで私をきゅんきゅんさせれば気が済むんだろう。好きすぎて死にそう。
はい、と差し出された手を恐る恐る取って立ち上がる。わ、すべすべ……女子として負けた気がする……。
「はい、日記帳」
「あ、ありがとう」
「うん。これからはそういう考えは、俺に直接言ってね。俺も言うから」
「え!?」
直接言う!? 瀬川くんに話しかけろと!?
無理だ。絶対無理。まず近づくのもできない。カッコ良すぎて半径二メートル圏内に入った瞬間心臓が止まる絶対。ごめんね瀬川くん。
……いや待てよ。本人からお許しが出たってことは、これは話しかける口実ができたってことなんじゃない?
つまり好きな人と合法的におしゃべりできる……てコト!?
パーッと目の前が明るくなって、華やいでいく。咲き誇る薔薇をバックにした奇跡の美少年に、堪らなくなって言葉をかける。
「ほ、ほんとっ? 話しかけていいのっ?」
「うん。むしろ話しかけて。嬉しいから」
「はわ……」
ああ好きもう無理殺したい。
最高すぎる、超最高すぎるよ瀬川くん。お願いだから私の手で死んでぇ……。
「もう遅いから、送ってく」
「え!? いやいやいいよいいよ、すぐそこだし!」
とはいえこんな早くそんな『ドキドキ! 二人っきりの帰り道〜国民的ラブソング(幻聴)を添えて〜』なんて大イベントは心臓がもたない。
これ以上何か言われる前にと思って、急いで鞄を引っ掴んで「また明日ね!」と教室を飛び出した。
帰り道を走り抜ける間も頭の中は瀬川くんでいっぱいで、あまりの尊さと大好き、殺したい破壊衝動に息が詰まりそうだった。
「…………“また明日”?」
今更気がつく。
そうか。意識してなかったけど、同じクラスだから明日も会えるんだ。
あの教室で、瀬川くん、に。
「えっ無理死ぬ」
私が。
人目も憚らず再びべしょっとその場に崩れ落ちた私は、その後しばらくその場で溶けていた。周囲のサラリーマンと主婦の方々、お見苦しいものを見せました。




