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第32話 回帰

「まもなく着くかと思います」


 運転席のメイゲンさんが声を掛ける。

 デレツィア祭儀官の手紙を受け取ってから一週間後、俺達はメイゲンさんの運転でデレツィアに向かっていた。


「車なんて何ヶ月ぶりだなぁ!」


 助手席のグーランが弾むような声で言った。窓の外を流れていく景色を追う彼女の瞳は、まるで初めて外の世界を見た子供のようにどこか燥いでいる。

 デレツィアからの手紙は共和国政府宛にも届いていたようで、それも影響してか上の決定は早かった。結局、四日後には第八アハト宛に指令書が届いて、俺だけでなく、第八アハトのメンバー全員でデレツィアへと出向くことになった。


「おー!」


 グーランが前を見て声を上げる。平野の先――断崖のようにそびえ立つデレツィアの城壁が薄っすらと見えた。


「まさか、また戻ってくるなんて、思っても見なかったね」

「ああ、全くだな」


 過去の記憶がふっと蘇る。俺が破壊した東門は現在も修理中で通行することができない。手紙では、その事については触れられていなかったが、やっぱり心配だ。行ったら即拘束、即打首獄門というリスクもなくはない。

 

 城壁がはっきりと見えるくらいまで近づくと、北門に人影が見えた。車も何台か止まっているようだ。


「おおー! 中々のお出迎えだな!」


 どうやら城門の前で待機していたのは騎士団で、二十人ほどが整然と立ち並び、俺たちを出迎えた。


「お待ちしておりました。ブレイド・ライデンシャフト様御一行ですね?」


 その中の一人、他の騎士よりも一際青い制服を身に着けた騎士が車へと歩み寄り、運転席のメイゲンさんに声を掛けた。美しい透き通るような声音。


「あっ」


 その騎士の顔には見覚えがあった。金色の髪に軍帽から突き出た獣耳、琥珀色の瞳――俺が東城門を吹き飛ばした直後に斬り掛かってきた騎士――確か名前はシェパードと言って、第一級騎士とかいう凄い称号を持ったお偉いさんだったような……。彼女は城門を壊したことに激昂していたし、かつ顔をハッキリと見られている。いきなり、まずいことになった。


「それで、ブレイド・ライデンシャフト様はどちらに?」

「ああ。後部座席の男性がブレイド様でございます」


 メイゲンさんに促され、女騎士がこちらを向いた。まずい……。


「なるほど。貴方が……。ブレイド・ライデンシャフト様、この度は我々の要請にお応えいただき、誠にありがとうございます」


 しかし、女騎士は意外にも、怒ることも、不快さを表すことすらなく、笑顔で対応してくれた。……そっくりさんか? あの時の、鬼の形相とは似ても似つかない。


「何も言われなくてよかったね」

「ああ……内心、ドキドキだったよ」

「まあ、私たちは何もしてないから、良いんだけどね」

「いや、やれって言ったのはお前だろ!?」


 ヴェルはクスリと笑った。

 それから、騎士団の車に先導され、俺たちは城塞都市デレツィアの中へと入っていった。街の中は以前と変わらず活気に溢れていて、通りの脇に露店が出て賑わっている。


「とても危機が迫っているとは思えないね」

「ああ。前と何ら変わってない」


 それから、三十分ほどまっすぐに伸びる大通りを走った。すると、目の前に大きな構造物が見えた。


「オーステンの泉が見えたね」


 円形を呈した城塞都市デレツィアの中心には『オーステンの泉』と呼ばれる大きな噴水が存在する。


 その名前を聞いて、俺はある伝承を思い出した。

 

 ――遥か昔、デレツィアのたみの祖先がここより東の地に住んでいた時代。大きな魔物が現れて、その地を襲った。人々が逃げ惑い、希望の灯火が今にも消え去ろうとしていた時、その地を治める地母神デレツィアが降臨し、魔物を倒した。だが、その地は魔物の力によって汚染され、人の住めぬ死の土地と化してしまった。行き場をなくした民たちに地母神デレツィアは「ここより東に林泉の湧き立つ地がある。その泉の水は汝らの傷を癒し、その力の源となるであろう」と告げ消えた。そして人々がお告げに従い、東へと向かうと、林の中に滾々と湧き立つ泉が確かに存在した。人々は神の言葉に従い、その地に居を構え、街を作った。人々はその神に感謝して、その街を「デレツィア」と名付けた――

 

 その街こそ、この城塞都市デレツィアであり、神のお告げにあった泉こそが、"オーステンの泉"と言われている。


「これがあの……」

「知ってるの?」

「師匠から伝承について聞いたことがある」


 俺はこの伝承を師匠である剣聖アレクシスから聞いていた。あの人はこの手の話が好きで、よく俺にも何世代も語り継がれるような素晴らしいことをするために力を使え、と口癖のように言っていた。


「そう言えば、ブレイドは何で剣聖アレクシスの弟子になったの?」


 ヴェルが唐突に尋ねる。

 しかし、師匠との出会いを俺は覚えていない。

 俺の両親は俺が幼い頃に他界し、幼少の頃から親戚の家を転々としていた。そして四歳の時、俺を"押し付けられた"ある親戚が奴隷商人に俺のことを売った。そしてその時、俺を助けたのが師匠だった。というのが俺が師匠から聞いている俺の出自だ。幼かったから俺自身は全くと言っていいほど覚えていない。

 師匠曰く、奴隷商人と雇われの賊徒二十人くらいを華麗に倒して、俺を救ったらしい――が、俺が覚えていないことを良い事に少し話を盛っている気がする。


「成り行き、かな。物心ついた頃には、もうあの人は俺の"親"みたいなもんだったから」

「弟子入りしたんじゃなくて、剣聖アレクシスが育ての親だったってこと?」

 

 ヴェルの言葉に、静かに頷く。

 仰々しく門を叩いた記憶なんてない。ただ当たり前に隣にいて、その背中を追い、一番近くであの人の剣技を見ていたから、自然にその道に進むことになっただけだ。


「ああ。だけど、まあ、あの人の剣技を曲がりなりにも受け継げたのは幸運だったな、と思う」


 弟子入りを望んだことなんて一度もない。それでも俺が今、師匠の剣技と魔法の教えを受け継いで、魔剣士として生き続けているのは、あの人のことを尊敬しているからに他ならない。


「どんな人だったの? 剣聖アレクシスって」

「……そうだな。いつも陽気で、能天気で。それでいて、どんな無理難題も笑いながら成し遂げてしまう、そんな人かな」


 ふと、記憶の中にあるあの人の顔を思い出す。

 真っ先に浮かぶのは、やはりあの呆れるほどの笑顔だ。


『大丈夫だ。何とかなるさ』


 根拠のない自信に満ちた、いつもの軽い口調。だが、あの人がひとたび剣を抜くと、嵐のような剣閃が吹き荒れ、数多の脅威が灰燼に帰した。たとえ、苦戦することがあっても、怖気づいたり、弱音を吐くことはなかった。どんな絶体絶命の窮地にあっても、その笑顔が曇ることは一度もない――そんな人だった。

 無茶苦茶で、強引で、けれど最後に必ず全てを救ってみせる――そんな人だった。

 

「……あんな風に笑って、すべてを背負える人間は他にいないって感じの人だな」

「そうなんだ。私も会ってみたかったな」


 そうして過去に思いを馳せている間に、車はもうオーステンの泉が目と鼻の先に見えるところまで来ていた。

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