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光さす道を

作者: 林代音臣
掲載日:2026/03/11

 その日は本当に、世界からすればほとんどの人には何でもない、いつもと変わらないような……天気のいい初夏の日でした。


 耐えられないほどでは無いものの日差しは暑かったはずなのに、不思議とそこはあんまり覚えていないのです。

 ただただ、繋いだ手が熱くて。

 お互い手汗でびしょびしょだったのだろうけれど、気になるのは自分の手汗ばかりで。

 でも手汗をかいてても暑くても、離すという選択肢は浮かびもしませんでした。


 本当は歩くのが早いはずの貴方は疲れた私を気遣って、多分いつもの何倍も、歩幅を小さくしてゆっくり歩いてくれました。

 右を向くだけで貴方と視線が合って。それだけのことなのに、貴方はまるで溶けたみたいに笑って俯いてくれるのです。

 やわらかい目尻が、シワを纏ってへにゃりと落ちて。

 お喋り一つで緊張しちゃうから、声は照れくさそうに小さくて。

 とっても聞き取りにくかったのに、私は一音も聞き逃したくなくて。耳を澄ませていました。


 多分、何度も何度も、同じ話題を繰り返したと思います。二人ともあまりに緊張してて、普段の半分くらいしか頭も働いていませんでした。

 でも内容なんてどうでもよくて。貴方が貴方らしい言葉を、優しい声に乗せて私のために話してくれる……たったそれだけで、この上なく嬉しかったのです。


 川の横の細い道は、観光地とは思えないほど綺麗にされていなくて。

 アスファルトの上に土がかかった道を、靴底でシャリシャリと音を立てて歩きました。

 左手側に見える川には水が少なくて、草が生い茂っていました。

 そして右手側…貴方越しに見える木々も、自由に大きく伸びていました。

 夏が近い青い空から、まだ強すぎない光が降り注いで。

 ありきたりな田舎道でした。

 それなのに、世界一美しく見えました。


 この後の用事だってとっても楽しみなのに。

 夜だって一緒に居られるのに。

 それなのに何故か、このまま時間が止まればいいのになんて。そんなことを考えました。


 普通の日。普通の時間。普通の道。なのに

 私は今、世界一幸せな人間だと……誇張も何も無く本気で、そう思ったのでした。


 一生に一度で十分過ぎるほど、身を焦がした本気の恋でした。

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