第5話 彼女の計画 “誰か”が見ている
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。
第5話です。
今朝、Xを開くと、通知が届いていた。新しいアカウントから、いいねが一つ。
そのアカウントは、今日開設されたばかりだった。フォローもフォロワーもゼロ。投稿は数個あるが、どれも味気ない風景写真ばかり。特徴は何もない。ただ、そこに存在するだけ。
なぜ、この幽霊のようなアカウントが、俺の投稿にいいねをする必要がある?
拓はスマホを握りしめた。液晶に映る自分の顔が、どこか他人のように見える。心臓の鼓動が、耳の奥で低く響く。
純かもしれない。彼女は裏アカを知っている。カフェでの視線、メールの行間、すべてが計算づくだったのか? でも、純はとっくに知っている。今さら新規アカウントを作る必要はない。
瞳かもしれない。彼女は裏アカを知らないはずだ。でも、もし誰かに教えられたら? もし純が、何かの拍子に――
いや、違う。
別の可能性が、頭をもたげる。もしかしたら、これはただの偶然か? 見知らぬ誰かが、たまたま私の投稿を見つけて、たまたまいいねを押しただけ。それだけのことだ。
でも、そう考えようとするほど、別の考えが浮かんでくる。
あのドタキャンされた日。瞳は「予定がある」と言った。その時の声のトーン。目線の泳ぎ方。本当に他の男と会っていたのか? それとも。
考え始めると、止まらなくなる。まるで蜘蛛の巣に絡め取られたように、一度かかったら抜け出せない。
窓の外では、雨が静かに降り始めていた。
純はあのメールを送った後、後悔していた。
「瞳さんが不倫してるみたいって噂、知ってる?」
なぜ、こんなメールを送ったのか。自分でも分からない。ただ、拓が動揺する姿を見たかったのかもしれない。あるいは、拓と瞳の間に、ささやかな亀裂を入れたかったのか。
拓からの返信はすぐに来た。
「俺じゃないよ」
その必死な返信に、純は少し笑った。彼が、自分に疑われることを怖がっている。それが、何だか可笑しかった。
「それは分かってる」
そう返した時、純の中で何かが確定した。
――彼は、私を信用している。だから、必死に弁解する。
その「信用」が、重かった。でも、同時に、心地よかった。
「他の男と会ってるらしいよ。人妻さん」
送信ボタンを押した後、彼女はしばらくスマホを眺めていた。
なぜ、瞳を貶めるようなことを言ったのか。
それはおそらく、嫉妬だった。でも、拓に対する恋愛感情としての嫉妬ではない。もっと別の、所有欲に近い何か。
――彼の秘密は、私だけのものだと思っていた。なのに、瞳もそれを知っている。それどころか、もっと深いところで繋がっている。
それが、許せなかった。
でも、その感情を、純はまだ「嫉妬」とは呼べなかった。呼んでしまったら、自分が何者か分からなくなりそうで怖かった。
その夜、純は日記に長い文章を書いた。
「彼は、私に『書くこと』を思い出させた。でも、それだけじゃない。彼は、私に『書かずにいられない』ことを許してくれる。彼自身が、そうだから。」
「私は、彼の中で生きたい。それが、叶わない願いだと知っていながら、それでも願う。」
「この願いを、私はどうやって叶えればいいのだろう。彼を傷つけずに、私のものにする方法を、私は知らない。」
「だから、私は書く。この日記が、いつか彼に読まれる日を夢見て。」
ペンが止まる。
「でも、もし読まれたら、彼は私を嫌うだろう。それでもいい。嫌われても、忘れられなければ。」
その言葉の重みに、彼女自身まだ気づいていなかった。
この夜、日記に綴られた願いは、やがて静かに、しかし確実に、現実を動かし始める。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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