第15話 彼女の計画 後輩の“あの行動”の意味
前回のお話、お読みいただきありがとうございます。
そして、今日。
拓は、瞳と一緒に、海を見に行った。休日。誰にも気兼ねなく、二人だけで。
海は、夕日に染まって、オレンジ色に輝いている。波が、静かに寄せては返す。そのリズムが、心を穏やかにする。
「きれいね」
瞳が言った。風が、彼女の髪を撫でる。
「ああ」
拓は、瞳の肩を抱いた。彼女の体温が、潮風の中でも温かい。
「拓さん、私ね、前はたくさん悩んだの。離婚すること、あなたと一緒になること、全部。でも、今は思うの。悩んだ時間も、迷った時間も、全部必要だったんだって」
「なぜ?」
「あの時間があったから、今の自分がいる。あなたを選ぶと決めた自分がいる。迷わずに手に入れたものより、迷って手に入れたものの方が、きっと大切なんだと思う」
拓は、瞳の言葉を、胸に刻んだ。
「そうだな」
「ねえ、拓さん。これからも、よろしくね」
「ああ。よろしく」
夕日が、二人を包み込む。水平線に、太陽が沈もうとしている。一日の終わりと、新しい夜の始まり。
遠くで、カモメの鳴く声が聞こえた。
その時、拓はふと思った。この夕日を、もし文章にするとしたら、どんな言葉を使うだろう。空の色は、絹のように滑らかで。波の音は、締め付けるようなリズムで。まるで、かつて自分が追いかけていたものの、別の形――
波の音を聞きながら、拓はふと、純のアイコンが脳裏に浮かぶのを感じた。
あの空っぽのベンチ。何もないのに、そこにいる気配。
スマホのクラウドをふと思い出す。消したはずの裏アカウントのバックアップが、どこかに残っているかもしれない。
完全に削除しなかったのは、なぜだろう。
「どうしたの?」
瞳が尋ねる。
「いや……なんでもない」
嘘だった。でも、この嘘が、二人の間の小さな棘になることを、拓はまだ知らない。
拓は笑った。
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その夜、家に帰ってから、拓は純にメールを送った。
「今日、海に行ってきた。瞳と」
返事はすぐに来た。
「いいですね。デートですか?」
「そんなところ」
「良かったですね。約束、覚えてますか?」
「ああ。瞳を幸せにするって約束だね?」
「そうです。破ったら、許しませんよ」
「分かってる。純にも、幸せになってもらいたい」
「私は、大丈夫です。ちゃんと、自分の道を探しますから」
「書いてみたら」
「え?」
「文章。書くのが好きなんでしょ。あの日、エレベーターで言ってたじゃない。『書かずにいられない』って。だったら、書けばいい。それが、君の道だ」
少し間があって、返事が来た。
「……ありがとうございます。いつか、読んでくださいね」
「約束する」
「応援してる」
「ありがとうございます。拓さんも、瞳さんも、お幸せに」
拓は、スマホを置き、窓の外を見た。
夜空には、無数の星がまたたいていた。それぞれが、それぞれの場所で、静かに光っている。
これから、新しい日々が始まる。不安も、迷いも、まだあるかもしれない。でも、それでも、前に進もうと思う。瞳と一緒に。
そして、純という、大切な仲間もできた。彼女の人生も、きっと、どこかで光り続けるだろう。
彼女がいつか書く物語を、俺は楽しみにしている。それが、どんな物語でも。
拓は、静かに微笑んだ。
その頃、純は別のスマホを手にしていた。そこには、拓の裏アカが表示されている。そして、もう一つ、拓が知らないアカウントがログインされていた。
でも、今夜はそれだけじゃなかった。彼女の手元には、一冊のノートがあった。長年書き続けてきた、自分だけの日記。
ページをめくりながら、彼女は思う。
――いつか、これを彼に読ませる日が来るのだろうか。
その日が来るのが、怖い。でも、来ないのも、もっと怖い。
それが、書く者の宿命だ。
「おやすみなさい、拓さん」
純は呟いた。そして、そのアカウントで、拓の投稿に「いいね」を押した。
それは、誰にも見えない、静かな合図だった。
でも、その指が、ほんの少し震えていた。
――私は、本当に彼の幸せを願っているのだろうか。それとも、まだ彼を離したくないだけなのだろうか。
答えは出ない。でも、その問いが、彼女の中で少しずつ大きくなっていた。
そして、彼女はノートに書き足した。
「今日、彼に『書け』と言われた。私は、ずっと書いているのに、彼は知らない。この日記のことも、私の本当の気持ちも、全部。」
「でも、いつか知る時が来る。その時、彼は私を許すだろうか。」
「それとも、憎むだろうか。」
「どちらでもいい。ただ、彼の中で生き続けられれば、それでいい。」
「それが、私の『彼女の計画』だから。」
「彼女の計画」は、まだ終わっていない。彼女自身も、気づかないうちに、新たな計画が動き出していた。
窓の外では、夜が、優しく広がっていた。
お読みいただきありがとうございます。
まだまだ話は続きます。七部作完結済み。
1. 彼女の計画 第16話エピローグ
2. 彼女の背中
3. 彼女の視線
4. 彼女の選択
5. 彼女の傍観者 ―観測する者たち―
6. 彼女の傍観者 ―もう一つの視線―
7. 彼女の継承者
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