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8話 合格発表

(相変わらずどこまでもクールだな。あいつ。)


 念話でインカム越しの明奈にそう愚痴る。冬夜の視線の先に居たのは――透だった。


 今は合格発表のため、三人で隊長室に向かっている。そのはずなのだが、彼だけは立ち振る舞いをはじめ、何から何までが違いすぎる。


 少し緊張したように手のひらをこすり合わせる麗と、表には出していないものの、心の内では緊張している自分。


 それなのに彼だけは何も気にする様子はなく、ただただ隊長室へと着実に歩みを進めていくのみだった。


(絶対年下に見えるんだけど……本当にあいつ何なの?なんかここまで来たらもう許せてくるわ。)


『緊張しないタイプなのでしょうか……?何はともあれ良いことですね。私も尊敬しないと。』


 足音のみが淡々と響く、静まり返った廊下。無駄なものは何ひとつない。使われなくなった館に似た殺風景さが、無意識に足取りを鈍らせる。


 そして暫く歩くと、ようやく隊長室と思しき扉が目に入ってきた。

 今までの無機質な壁とは一線を画す、豪華な装飾が施された扉。一目見ただけで、それが一般人の立ち入りを禁じていることを理解させられるような、そんな見た目だ。


「緊張……してる?」


 不意に隣で麗が囁いた。


 控え室の時よりも素の声だった。わざとらしい演技のような明るさは無く、特に意味のないさりげない確認のように聞こえた。


「……まあ、ちょっとな。でも、ここまで来たら腹括るしかない。」


「うん、そうだよね。」


 麗は小さく頷き、薄く笑った。


 その直後──


「来たか。入れ。」


 隊長室の向こうから、低く短い声が響いた。まるで、今までの会話を全て聞かれていたかのように。


 透が軽くノックをし、確認を取って躊躇なく足を踏み入れた。冬夜と麗の二人も後を追って入室する。

 

 部屋の中には一人の男がいた。


 銀色の髪に、鋭い眼光。背筋はまっすぐに伸び、威厳と風格をまとったその姿は、たった一言で場の空気を制圧する。


「ようこそ。受験者諸君。」


 男──紅影隊長・暁はそう言って、三人の前へと歩み寄る。


「まずは、試験を無事完遂したことを称える。」


 淡々とした口調。だが、どこか言葉の端に誇りのようなものが感じられた。


 そして、わずかに間を置いて、暁は告げる。


「それでは、合格発表に移る。」


 その言葉に、三人はごくりと息を呑んだ。こればかりは、透も同様だった。


「折角の機会だ、コードネームで呼ぼう。まずは麗。」


「は……はい!」


 暁からの突然の呼びかけに対し、麗は再度姿勢を正しながら声を張り上げる。


「其方は受験者内で圧倒的な融合率に加え、その類稀なる戦闘センスを十分に市民の平和へと役立てた。結果、今後も隠者としての活動が期待できるため、正式に紅影の一員として歓迎する。」


「え……!」


「合格だ。これから頼むぞ、麗隊員。」


「は……はいッ!!」


 麗は興奮を抑えきれなかったのか、頬には数滴の滴が溢れ落ちていた。そして、頭を深く下げて何度も感謝の言葉を述べる。


(合格……か。)


『凄いですね。隠者って合格者0の年も全然あるので、彼女は相当優秀だったのでしょう。……でも、うちの冬夜さんも負けてないですよ!』


 明奈の取ってつけたような励ましに、冬夜は言葉を返すことができなかった。いや、彼女の場合は多分本心で言ってくれているのだろうが、今はどうしてもそれを素直に受け取ることができない。

 それは、何と言っても融合率0%という絶対的な事実があるから。これがある限り、合格の可能性は融合率同様、限りなく0に等しかった。


「合格に至ったのは君の実力があったからだ。これからもその力を是非とも市民のために使ってくれ。」


 暁はそう告げると、今度は透の方へと視線を移した。


(こいつだけは落ちろこいつだけは落ちろこいつだけは……)


 冬夜は呪いのように心の中でそう唱える。そして、いよいよ暁が口を開く。


「次は透だ。其方は受験者内で最年少にも関わらず、圧倒的な冷静さとサイキッカーとの相性を武器に、誰よりも早く任務を達成してみせた。加えて、二十分で四つの任務をこなすという、新人では異例の活躍。もう君に何も言うことはない、ようこそ紅影へ。」


(二十分で……四つ?)


 透が深々と頭を下げるのを、冬夜はただ呆然として見つめることしかできなかった。


 融合率最高で戦闘センス抜群の麗と、冷静に任務をこなした現役隠者顔負けの透。対する自分は、二時間でようやくAIの暴走を一つ食い止めた融合率0%。


 ここからどんな手を使えば合格できるのだろうか。そんな冬夜の耳元へ、ふと一つの声が届く。


『冬夜さん、緊張しすぎです。ほら、笑って笑って。そんな顔じゃ、街の人達は救えませんよ。』


 その言葉が、辛うじて冬夜を現実に繋ぎ止める。


(そっか……そうだよな。)


『そうですよ!今更結果なんて変わらないんですから、どうせなら私達らしく、最後まで全力で楽しみましょ!』


 いかにも隠者らしくない発言に、冬夜は肩をすくめる。そして、遂にこちらへと視線を向けた暁へと、澄んだ顔で相対した。


「最後に……東雲冬夜。」


 短いながら、いかにも重くて鋭いフレーズだ。名前を呼ばれたのでここまで緊張したのはおそらく初めてだろう。


 暁は冬夜の表情を確認するような目つきで続ける。


「其方は、融合率0%という前代未聞の融合率を記録してみせた。任務内容はサイキッカーと手を組み、AIの暴走を食い止めることに成功した。」


 暁の口調に冬夜は拳を強く握る。このままいけば、ひょっとしたら合格コースかもしれない。まだ明奈と一緒に居られるのかもしれない。


 野暮な期待が胸を満たしていく――瞬間。


「だが、」


 否定形。終わったことを悟るのに、時間は必要なかった。そこからは何を言われたのかもよく覚えていない。


 ――試験の光景が冬夜の脳内へ走馬灯のように蘇る。


 知恵を振り絞り、睡魔に抗いながら時間を測った一次試験。明奈と出会い、共に歩み、戦い抜いた二次試験。


 思えば、本当に一瞬の出来事だった。


(それでも、きっと自分が居なくてもこの世界は平和に動いていくんだろうな。)


 そう自分に言い聞かせて納得させる他なかった。

 

 ――でなければ、一生自分のことを恨んでしまいそうになるから。


 なぜ融合率を上げられなかったのか。それに備えて最低限の体術は身につけておくべきではなかったのか。昨日の間に、少しでも多く端末から情報を得て任務に活かすべきではなかったのか。


 挙げ出したらキリがない。


 インカム内からも、涙ぐんだ声が聞こえてくる。


 こうして自分が落とされることに、明奈が悲しんでくれることだけは不幸中の幸いなのだろうか。


(俺より泣くなよ……そんなんじゃ俺の顔がないだろ。)


『だって……だって……!』


 明奈は嗚咽混じりに続ける。


『まだ……冬夜さんと一緒に居れることが……本当に嬉しくって!』


(は……はぁ!?)


『聞いてなかったんですか……ひっぐ……冬夜さん。"だが、それよりも予知無しでAIの暴走という不測の自体に自身の知識のみで対応したことへ感謝したい。ありがとう、そしてこれからもよろしく頼む"って。』


(つ……つまり?)


『合格だって言ってるじゃないですか!』


 冬夜は思わず、小さく息を呑んだ。そこで初めて、ちゃんと呼吸ができた気がした。


(受かった……?融合率0%で?)


 横を見ると、麗が手を合わせながら喜ばしそうに小さく頷いている。透は相変わらず無表情のまま。正面では、隊長である暁が何やら呟いている。


『……おめでとうございます、冬夜さん。』


(ああ……明奈。ありがとう……!)


 今はまだ合格の実感が上手く湧かない。それでも、段々と周りの描写が脳内へとインプットされていく感覚に、ようやく現実に引き戻されたのだと身体が理解する。


「今回は本当に豊作だった。だが、これがゴールではない。今後、諸君には“隠者”としての任務が課されていく。むしろ、今日からがスタートなのだ。」


 暁は各々を見据えるようにして言った。


「準備期間として、数日間は今まで通りの生活をして頂きたい。後日、こちらから初任務を与える。それでは……頼んだぞ未来の後継者(アナザー)よ。」


 その言葉の瞬間、暁の視線は真っ直ぐに冬夜の方へと向けられたような気がした。


(俺を見た……?)


 ふと向けられた隊長からの視線。

 勘違いか、それとも――


(そんなこと後で良いか。何より、今は合格出来たことが一番だ。)


 そう勝手に完結させ、二人の後をつけて隊長室を後にするのだった。

 


 ――隊長室のドアが静かに閉まるのを皮切りに、無言の時間がしばらく流れた。


 誰もが目の前で交わされた短い対話と、それぞれの心に残った言葉を咀嚼していた。


 足音だけが廊下に響く。それぞれの思いを胸に抱えたまま、三人は歩き出した。


(なぁ明奈、後継者ってどういう意味だ?あの時……絶対にあの人は俺の方を見てた。)


 冬夜は先程の暁のあの目線が忘れられずに居た。何かを見透かすような、それでいて敵視のようにも見えるあの視線。


『少なくとも、こちらの世界の専門用語とかではないですが……分かりませんね。意外とあんまり深い意味はないかもしれません。』

 

 そうしている間に再び控え室へと戻ってきた。今度は先程とはまるで違う空気が、部屋を満たしていた。


 重苦しい沈黙は消え、代わりにあるのは──


「ほんとに……合格したんだね。」


 ぽつりと、麗が呟いた。明るく軽い声の中に、どこか震えのようなものが混ざっている。

 その頬にはうっすらと汗が浮かび、華奢な彼女の手はスカートの端を掴んでいた。


「俺も……まだ実感ないな。」


 冬夜も頷く。緊張の残り香がまだ体に張り付いたままで、息を整えることしかできない。二人が一息ついている中、対して透は――


「……当然です。」


 そう言い切って、ソファに深く座り込んだ。


 表情はやはり変わらない。感情は読み取れないほど冷たく、けれど妙に言葉に棘がある。


「驚く意味がわからないです。こんな試験、できて当然でしょ?」


 試験で現役隠者顔負けの成績を残した奴だ。面構えが違う。


「良ければ、今度隠者について教えてくれないか?色々とやっぱり初めてで分からないことが多くてさ。」

 

「僕は弱い人と話す気はないので遠慮しときます。あ、でも代わりに、底辺隠者の相方がどんな人か気になるので、僕はそれを教えて頂こうかな?」


 その言葉に冬夜の眉がぴくりと動く。


「……それは関係ないだろ。」


「やる気ですか?」


「前言を撤回しないならな。」


 透の平坦な声色に、冬夜は真正面からぶつかるように彼を睨みつける。透の瞳はどこまでも澄み渡るようなコバルトブルーだが、その奥には挑発の色が滲み出ていた。


 そして、遂に冬夜が一歩踏み出そうとした刹那――視界の端で何かが浮いた。咄嗟にそちらへ視線を移す。

 すると、椅子が誰の手にも触れていないはずなのに、透の周囲で意思を持ったように浮き上がっていた。


「お前……やっぱりもう使えるのかよ。」


 冬夜は咄嗟に構えた。手のひらがじわりと熱を帯びる。試験では味方だったはずの力が、今では自分に敵意を向けたかのように透の周囲を舞っている。


『冬夜さん、冷静に!衝突は無意味です、ここは……!』


(分かってる……けど、コイツだけは……!)


 床がわずかに震えた。

 

 二人の間の空気が、今にも割れそうな緊張感で満ちていく。


 そして──動いたのは、どちらでもなかった。


「ストップ!」


 麗がそう言い放ち、サイコキネシスを発動した。宙に浮かんだ椅子は地面へ落下し、冬夜と透……二人の体が紫色に発光する。


 まるで見えない腕に押さえつけられているような感覚。腕も足も、力が入らない。


「……仲間同士で何してるの。ほんと、バカ。」


 麗は静かに息を吐き、二人の間にすっと歩み寄った。

 透は無言のまま、麗を睨むように見る。


 冬夜は――ただ、呆然としていた。


(……今の、サイコキネシス?色が違う?いや、それだけじゃない……まるで拘束されたみたいに完全に……。)


 何かが違う。力の「質」が──自分とは別の能力を使っているかと思わされる程、その差は歴然だった。


『……サイコキネシスの色は扱うサイキッカーによって変わります。私が赤、麗さんのパートナーは紫色らしいですね。』


 明奈は続ける。


『それより、麗さん……予想以上の実力者ですね。これは、簡単に真似できるものじゃありません。』


 そう言い切ったところで、二人を押さえつけていた力が解けた。


「はい、深呼吸。どっちも。」


 その声は明るい。けれど、やはりどこか“抑えている”ような微妙な力がこもっている。


「初対面なんだし、ね?お互い知らないことも多いし。」


 そう言いつつ、麗はソファにぺたんと座り直し、両手を叩くようにして胸の前で揃えた。


「はぁ……もう喧嘩はなしだよ!」


 麗がぱっと笑顔を見せた瞬間、冬夜は──一瞬だけ、背筋がひやりとする感覚を覚えた。


(なんだ……この感じ?)


 笑顔なのに、どこか「仮面」めいた不気味さがある。視線の奥底に、何かドロッとした“別のもの”が潜んでいるような、そんな気がした。


(……気のせい、か?)


『……気のせいでは、ないかもしれませんね。』


(作り笑顔……?だよね。今の。)


『ですね……。恐らく彼女の"本質"は、きっと違うところにあると思います。』


 明奈ですら多少の警戒を見せる、麗という少女。それについて何か言葉を返そうと模索している時、出入口の方から声が聞こえてきた。


「皆さん。お疲れ様でした。」


 控え室の扉が開き、先ほどの黒服の女性スタッフが入ってきた。


「この後は簡単な説明を行います。その後、一時的にスーツを回収して解散となりますのでよろしくお願い致します。」


「はい……!」


 冬夜は反射的に立ち上がる。


 麗は「はーい」と軽く返事し、透は黙って頷いた。


 それぞれの立ち位置。性格。温度。


 同じ試験をくぐり抜けたはずなのに、そこには三者三様の“孤独”があるように思えた。


 ――これが、「隠者」の世界。


 まだ何も知らない。だが、確かにここが始まりだった。

 

 

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