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6話 1%の勝算

 冬夜は短く息を吐いた。

 

 視界いっぱいに広がるのは、無機質なビル群と不自然なほど静まり返った空。


 そして、こちらに敵意を向ける警備AI。


『ここは仮想空間ですが、怪我やダメージは現実世界とリンクしているので気をつけて下さい!さっさとこの暴れん坊を倒して、こんな空間(とこ)おさらばしましょう!』


 インカムから聞こえる凛とした明奈の声。彼女は冗談めかしく言ったが、内心は全然笑えていなかった。

 寧ろ、その逆である。


()()」その二文字に尽きた。

 

 彼女は戦場にこそ赴かないものの、自分のミスで冬夜がいつ死んでもおかしくないという状況に身を置いている。

 その恐怖心に包まれながら、的確な指示と能力の発動をしなければならない。


(あぁ、冬夜さんのさっきの気持ちってこれだったんだ。それに、なんだか"嫌な予感"がする。私が気を引き締めておかないと……。)


 明奈は眉間に皺を寄せ、モニターを注視する。


「そうだな。早くこんな場所抜け出して、二人で合格するぞ!」


『はい!』


 仮想空間の終了条件は二つある。

 

 空間展開者(冬夜)、又はターゲット(AI)のどちらかの戦闘意志の消失。あるいは展開者による解除宣言。

 つまり、AIがここから出るには、展開者である冬夜を倒す他はないということだ。


「ピー、ガガガ。フシンシャヲカクニン。タダチニセンメツシマス。」


 機械音声が告げるや否や、AIの指先から弾丸が放たれた。


『わわわ!よ、避けてください!!』


 冬夜は反射的に身体を強引に動かし、横へと飛び退く。放たれた無数の弾丸は弧を描きながら彼の頬を掠めた。


追尾式(ホーミング)……!?」


 思わず声が漏れる。すぐさま近くの柱の陰へと飛び込み、身を隠す。だが、銃声が止まることはない。気づけば、冬夜が立っていた場所は蜂の巣になっていた。


『融合率が0%なので当たったらどんな攻撃でも致命傷になり得ます。無理難題言ってるのは百も承知ですが……絶対、全部避けて下さいね!』


「本当に無理難題だな……。まぁ最初からそのつもりなんだけども!」


 冬夜はそう言うと柱の影から再度AIの姿を確認する。対象との距離は数十メートルは離れている。


「あの頭部の長い突起物……警備型AI、U-13か。戦闘力はそこまで高くないし、貯蓄弾数も50発程度。1リロードの装填数は8発。でも、追尾性能なんてなかったはずだよな?」


 冬夜はブツブツと分析を始めた。


 思わずそれに困惑の色を見せたのは明奈。理由は簡単。サイキッカーとして、オペレーターとして、冬夜を導く側である彼女ですら知らない情報だったからだ。


『な、なんでそんなに詳しいんですか……?』


「ロボットって、なんかロマンあるじゃん?こういうの、俺結構好きなんだよね。」


『は、はぁ……。なるほど。』


 若干呆気にとられた様子の明奈だったが、懸命に理解しようとする姿勢は伝わってくる。

 だが、この趣味やロマンの話に関しては彼女に説明しても分かるまい。


 それはさておき、自分のAIやロボットに対する知識は人並み以上。それが勝機になるとも踏んでいた。


「ちゃんとした戦闘なんて、小学生の頃にやった喧嘩くらいだし……サポート頼むよ!」


『はいっ!任せてください!それと、未来予知の通りですと……あと5秒で再射撃が来ます!』


 こんな状況でも、明奈は凛とした声で答える。その直後、彼女の発言通りU-13の射撃が始まった。


「明奈、側面から攻撃されたりみたいなのは?」


『ありません!』


「よし。」


 柱が削られ、ついには小さな穴が開きかけた瞬間、冬夜は勢いよく柱の陰から飛び出す。


 融合率はゼロ。超能力も何もかもが自身の身一つでは一切使えない状態。それでも、彼の表情は妙な自信に満ちていた。


「残りの弾数は……15発も残ってないはず。全部避けてやるよ!」


『えっ……数えてたんですか!?あの状況で!?』


「FPS好きなんだよね。こういうのは慣れてる!」


『でもゲームと現実(リアル)とじゃ……!』


 言いかけた明奈だったが、すぐに口を閉じる。今は問いただす時ではないと判断したのだろう。


『U-13、装填完了です!来ます!』


 AIの指先からまたもや弾丸が発射される。だが、先程のようにムダ撃ちはして来ない。残弾数が少ないことを、しっかりと把握しているようだった。

 

 冬夜は先程の柱の欠片を目前で構え、1発目の軌道を逸らす。続く3発は大きく右へステップしてやり過ごした。


 実弾を生身で回避するというのは、本来なら無謀な話だ。しかし、特殊スーツの機動力も相まってか、冬夜の動きは本物のそれに近いくらい、十分洗練されていた。


『再度、リロードに入ります!冬夜さんの情報通りなら、次が最後の装填です!』


 本当に全弾避け切って、あの巨体に勝利してしまうかもしれない。心のどこかにそう思わせてくれるなにかが、彼にはあった。


(嫌な予感はやっぱり私の勘違い?だとしたら、それに越したことはないんだけど……。)


「了解!」


 AIが再びリロードに入ったのを確認し、冬夜は距離を詰め始める。現在地からU-13までの距離はおよそ30メートル。装填時間は約2秒。その間に詰められる距離は20メートル程度だ。


 そして最後の射撃が開始される。冬夜はもう、スーツの力を信じて動くことに決めていた。


 左斜め前に飛び、3発を回避。続いて右斜め前に跳び、さらに3発を躱す。最後の2発を前方へのスライディングで潜り抜けるように避け、一気に距離を詰める。


『全弾発射完了!次は、接近戦への警戒を!』


「……いや、まだだ。」


 微かに呟き、冬夜はU-13との間合いを冷静に詰めていく。


 設計上U-13は、緊急時に備えて、最後の弾丸を保存する性質がある。それを完全に見極めるまでは、勝ちとは言えない。


「分かってんだよ、お前のその計画(プラン)は!」


 二人の距離が3メートル程にまで迫る。最後の弾丸を避けるには、銃口の動きが見えるこのくらいの間合いが必要なはずだ。

 この距離であれば見てからでも避けられる、そう判断した瞬間だった。


『ダメです、冬夜さん!』


 バンッ――。


 静かな仮想空間に、少女の悲鳴と、乾いた銃声の二つが響き渡る。

 

 冬夜は咄嗟に身を捻り何とか直撃は免れていた。しかし、その頬は鋭い熱を伴っており、生暖かい感触がゆっくりと垂れていく。


(動きを……読まれた?)


 確かに自分は、いきなりの銃撃にも反応できるよう、3メートルは取っていたはずだ。


 しかし、このAIはそれを見越したのか――一歩こちらの間合いに踏み込んで来た。


『大丈夫ですか!?冬夜さん!』


「あ、あぁ……ちょっと掠っただけだ。」


 インカム越しの焦る声を宥めるように、丁寧な口調でそう呟く。


 ――どうやら、実戦は机上の空論通りにはいかないらしい。


 まだ熱を帯びた頬を押さえながら、再度U-13へと視線を戻す。


「でも……ようやく丸腰になったな。」


 イレギュラーこそあったものの、事前知識によるほぼ完全勝利。


 2m弱はある、目前の鉄の巨体へと瞬時に距離を詰め、拳を振りかざす。


 たかが突き如きでは破壊……とまでは至らないだろうが、スーツを着ている今であれば、致命的なダメージを与えることは十分可能だ。


 そう考えていた矢先の出来事。


 パンッ―――――


「な……!?」


 2発目。想定外。こんな設計、彼のプランには存在しない。その挙動に、思考の全てを奪われる。


(2発目?死ぬのか?いや……死ぬ!)


 脳内に浮かび上がったのは走馬灯だった。

 退屈が嫌でここに来た。ロマンに惹かれて、試験を受けた。その邪な気持ちが、この結果を招いてしまったのか。


 U-13から繰り出された弾丸は無常にも、冬夜の腹部を貫く――はずだった。


『サイコキネシス!』


 インカム内に明奈の声が響くと同時に、冬夜の目前で赤い光が弾丸を包み込み、その勢いを停止させる。


 そして、弾丸はカランと音を立てて地面へと転がった。


『ふぅ……やっぱりです。ものすごーく嫌な未来が見えましたよ。』


 何が起きたのかは分からない。けれど、時間は要さなかった。その声一つですべてが理解できたから。


「……ありがとな、相棒!」


 そう言って、放ちかけていた拳に再度力を込めて、U-13へ向けて改めて放つ。


 鉄の巨体は、ノックアウトとまではいかなかったものの数メートル吹き飛び、ビルの壁に激突した。


 砂煙が周囲を覆う中、明奈が驚いたような声を挙げる。


『と、冬夜さん!今確認したところ、融合率が上昇してました!1%ですけど!』


「……1か。」

 

 たった1%。たったそれだけの数字。なのに、喉の奥が妙に熱くなった。

 

 きっと21が22になったり、80が81になったりしても何も感じないだろう。それでも、0と1では訳が違う。

 

 "できなかったことができるようになった"。


『冬夜さん、拳に光を集めるイメージできますか?』


「こうか?」


 明奈のアドバイス通り、手に力を溜める。すると、その拳はなにやら紅く染まり始めた。


『上手いです!その集めた力を発散させながら、思い切り拳を振り抜いてみて下さい!』


 視界の端では、U-13が体勢を立て直し勢いよくこちらへ突撃してくるのが見える。

 冬夜はそれを迎え撃つような形で右手に力を込めて構えを取った。


『技名は……』


 明奈のインカムからの声が聞こえなくなるほど冬夜は集中していた。あと三歩、二歩、一歩と鉄の巨体が近づいてくる。


 そして、時は来た。――それはまるで、世界の音が消えたように。

 

 呼吸が止まる。視界が細くなる。拳はまだ震えている。

 これを外せば、きっと次はない。


 だから、この一撃だけが冬夜の全て。

 

『「サイコバースト!」』


 二人の叫びと共に、右手の赤光が拡散した。


 直後、人智を超えたスピードの拳がU-13目掛けて放たれていた。融合率たった1%。だが、それは0%の時とは比較にならないほど普通の拳より速く、そして重い。

 

 U-13の抵抗もむなしく、その巨体はバラバラと音を立てながら粉々に砕け散った。


「まじ……か。」


 冬夜は大きく息を吐き、その場に腰を落とした。全身を覆っていた緊張が解け、安堵がじわりと胸を満たす。


 それを合図に――仮想空間は崩壊を始めた。

 

 空が割れ、地面に無数の光の亀裂が走り、世界そのものが紙細工のように剥がれ落ちていく。花びらのようなデータ片が雪のように舞い、冬夜の視界を白く染めた。


 次の瞬間、冬夜の体はふわりと浮かび、U-13の残骸ごと強制転送される。

 気がつけば景色は一変し、転送前のビルの屋上に戻ってきていた。


「なるほど、ボムを投げた場所に戻るのか。……人目のあるとこじゃ使えないな。」


『そうですね。……そんなことより!試験内容達成、おめでとうございます!』


 明奈の弾んだ声が届く。突然の祝福に、冬夜は少し戸惑った。

 女子に素直に褒められるなんて、少なくともここ2、3年の記憶にはなかったから。


「明奈がいなかったら最後の弾丸で確実にやられてた。助かったよ、ありがとう。」


 その言葉に、明奈は思わず一瞬だけ黙ってしまった。冬夜の命が助かったことが、心の底から嬉しかった。

 だが、それと同時に自分の判断が正しかったことへの戸惑いと責任の重さも、ひしひしと感じていた。


 これは冬夜からしてみても、決して社交辞令などではない。最後のあの2発目が予知・防御されていなければ、冬夜の命は無かっただろう。特殊スーツの防御力をもってしても、至近距離での被弾は致命的だった。


 しかし、それよりも気になっていることが一つだけ。


「なんか……妙じゃなかったか?」


『何がですか?』


 冬夜の言葉に、明奈は首を傾げた。別におかしなことなんて何もなかった。強いて言うのであれば、最初から彼女の中に違和感が潜んでいたことくらいだろうか。


 しかし、


「......アイツは設計上、緊急用のワンショットを残している。それなのに、今回の機体は……“2発”持ってた。」


『え……?』


「あれは明らかに俺の動きを読んでいた。追尾性能の追加に、ダブルショット……どちらも通常のU-13にはありえない仕様だ。」


 暴走だけでは片付けられない異変が、随所にあった。 

 

「……これは多分、誰かが裏で糸を引いてる。──ま、一般人によるただの推測だけどな。」


 冬夜の説明にインカム越しに明奈がしばらく沈黙する。彼女でも気付くことができなかった、その異変。


 それを、まだ隠者にすらなっていない少年が見抜き切っているその事実。


 彼女は心底興奮した。このままいけば、彼は間違いなく一線級の戦士になる、と。今はその気持ちを表には出さない。そして、


『分かりました。U-13の残骸はこちらで処理しておきますので……取り敢えず、早く本部に報告しに戻りませんか?試験終了までギリギリですよ?』


 言われて冬夜が腕時計に目を落とす。残り時間はわずか5分となっていた。


「うわ、やばっ!移動系の能力とかないのか!?今の俺なら飛べたりできないの!?」


 先ほどのサイコバーストは、妙な感覚に突き動かされるまま発動しただけで、いまだにその仕組みも理屈も分かっていない。


 必死に問いかける冬夜に、明奈は静かに告げた。


『土壇場で融合率が1%になってただけみたいで――今は0%に戻ってます。頑張って走ってください。』


「はぁ!?」


 そう叫ぶと、冬夜はひとっ飛びでビルの屋上から地上へと舞い降りる。そして、ただひたすらに本部目指して走り続けるのだった。


 ――その様子を遠く離れた高層ビルの屋上から、一人の男が見下ろしていた。

 

 風に揺れる紫紺の髪。片目を隠すように流した前髪の奥から、淡々とした光を宿した瞳。


 その怪しげな光は、冬夜の姿を捉えて離さない。

 

 彼の口元に浮かぶのは──嘲笑にも、憐れみにも似た、かすかな微笑。


「ふーん。あれが後継者(アナザー)ねぇ……。」

 

 誰に向けるでもないその呟きは、虚空に飲まれて消えていった。

 


⚪︎融合率更新――現在1%。


 

 

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