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4話 相棒

 扉を開けた先に立っていた男が口を開く。


「紅影現隊長、暁だ。」


 冬夜は反射的に直立する。どこか軍隊的な雰囲気に、体が勝手に反応していた。


「その水、どう使った?」


 問いは短く、だが鋭かった。自分は今試されているのだと直感する。


「……コップに注いで、溢れるまでの時間を測りました。それを繰り返して、大体の時間を割り出して……って感じです。」


 暁はほんの僅かに、口元を緩めた気がした。しかしすぐにその表情は消え、無感情な面に戻る。


「他の者は時計を探し続けた。必死に数え続ける者もいた。だが、お前は『測った』。」


 足音を鳴らして、暁が前を歩き出す。


「……観察し、仮定し、行動した。正しい順だ。少なくとも“入り口”としては、悪くない。」


(……評価された?)


 戸惑いながらも、冬夜はその背中を追う。廊下の窓からは、僅かに日差しが照り付けていた。太陽の位置はほぼ真上。恐らく正午少し前くらいの時間帯だ。

 

 暫く歩くと廊下は次第に広くなり、やがて突き当たりに重厚な扉が現れた。


「この先が二次試験の会場だ。」


 暁が手を伸ばす。彼の後ろから覗き込むと、まるで教室を思わせるかのような部屋がそこにはあった。


 複数の机と椅子。黒板こそないが、部屋の前方は一段高くなっており、教卓のような机もある。

 

 ――そこには既に二人の先客がいた。


 一人は銀色の髪に青い瞳をした中学生くらいの少年。その佇まいは、歴戦の猛者のそれ。

 そしてもう一人はというと――整った顔立ちと綺麗な金髪が可愛い。じゃなくて、強そうな少女だった。


 少年は中学生辺り、少女は自分と同級生くらいだろうか。

 

 どちらも一昨日の女性のような黒服ではない。私服のような服を着装しているが、その雰囲気は明らかに“普通”ではない。

 容姿から判断するに、自分と同じ受験者なのだろう。

 

 二人の視線が、部屋へ入って来た冬夜に向けられる。警戒とも興味ともつかない瞳。


「好きな席に座れ。」


 暁はそう言うと、教卓の方へと向かう。冬夜はそれに軽く返事をし、二人とは離れた隅の席へ腰を下ろした。


(なんか……こうしてみると学校みたいだな。)


 実際、他の二人も席に座っており、その部屋の前方に立つ暁は教師のようだ。視線の先――暁は全員へ視線を流しながら口を開く。


「これより、次の試験を開始する。その前に、一つだけ説明をさせてもらおう。」


 静寂の中、彼の声だけがよく通る。


「試験の最中、君たちには“パートナー”が付く。隠者にとって、パートナー……即ち、サイキッカーの存在は必要不可欠だ。君たちも今から、その初歩を体験してもらう。」


「サイキッカー?……あ!」


 僅かな間を置いて理解した。これは端末に記載されていたものだ。「隠者はサイキッカーと融合する」と。


「それでは、一昨日渡されたアタッシュケースからスーツを取り出してくれ。」


 途端、背筋を寒気が襲った。その理由は、至って単純。


(……部屋に忘れた。)


 試験に受かった喜びで、完全にその存在を忘れていた。というか、一昨日の時点で端末の情報魅入ってしまい、もうどこに置いたかすらも覚えていない。


「お前、その顔は忘れたな。」


 暁の鋭利な視線がこちらへ向けられる。


(やばい……まじでやばい……)


 突如脳内を埋め尽くす「不合格」という単語。それ以外は何も浮かばなかった。頭の中が白一色で埋め尽くされる。


「あ……あの、ごめんなさい。……忘れました。」


 不意に出た言葉だった。取り敢えず謝罪しておかなければ、どうなるか分からない。立ち上がってどこまでも深く頭を下げる。


 暁は表情を一切変えなかった。しかし、

 

「先程の試験結果で私を感心させた褒美だ、大目に見てやろう。くれぐれも、落胆させてくれるなよ。」


 そう告げると、指を軽く鳴らした。

 すると、どこからともなく出てきたアタッシュケースが、冬夜の机の上にポンと置かれる。


「あ……ありがとうございます!」


 肩に入っていた力が、溜息と同時に一気に抜けた。張りつめていた神経がようやく緩み、身体の感覚が次第に戻ってくる。

 

 アタッシュケースのロックを外すと、内部機構が即座に起動した。その中に入っていたのは、黒曜石のような輝きを放つ黒いスーツと小さなインカム。

 それは自動的に展開され、流れるように身体を覆っていく。勿論、インカムも耳へと装着され、視界の端に最低限の情報が立ち上がった。


「す……凄い。」


 着用した瞬間、体が軽くなったのが分かった。スーツといえば動きにくいという先入観があったが、これはあろうことか、自身の動きの制限を全くしない。


 そして、スーツを着用して分かったことが一つだけあった。それは、自分以外の受験生二人が既にスーツを着用していたことである。


(一般人には見えてないってことか……)


 そう考えていると、なにやらインカム内から声が聞こえてきた。


『……あっ、えっと、聞こえますか?』


 耳の奥に、綿毛のように柔らかな声が触れた。


 少女の声だ。かすかに緊張を含みながらも、音の輪郭は丁寧で、春先の陽だまりのような温度を帯びている。


『はじめまして。私の名前は明奈(アスナ)と申します。試験中は冬夜さんのサポートをさせて頂くことになりますので、よろしくお願いしますね。』


 鼓動が一拍、跳ねる。


 インカム越しのはずなのに、声は不自然なほど鮮明だった。鼓膜を通り越し、直接思考へ染み込んでくるような響き。

 最先端の通信機器でも、ここまで"近い"音が出せるのだろうか――そんな疑問がよぎる。


『あの、私の声って届いていますか?インカム越しで、少し変な感覚かもしれませんが……』


 重ねられた声に、冬夜は我に返る。


「あ……ごめん!ちゃんと聞こえてるよ。」


 気づけば言葉は自然に口をついていた。初対面のはずなのに、不思議と距離を感じない。


『良かった……!色々大変なことがあると思いますが、できる限りサポートするので、一緒に頑張りましょう!』


 弾むような声音。

 きっと今、向こうではほっと胸を撫で下ろしているのだろう。少しだけ頬を染めながら。


 その姿は見えない。だが、なぜか想像できてしまう。


「俺の名前は冬夜。これからよろしくな、"相棒"。」


 考えるより先に、そのフレーズは口から滑り出ていた。

 一瞬、しまったと思う。軽すぎたかもしれない、ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない、と。


 だが、すぐに返ってきたのは柔らかな笑い声。


『ふふっ、良いですねそれ。頼りにしてますよ……相棒。なんちゃって。』


 小さなはにかみが、音の端に滲む。

 見えないはずの少女の表情が、なぜか鮮明に浮かんだ。

 

 その余韻を断ち切るように、低く通る声が室内を貫いた。


「それでは各自、次の試験を与える。」


 空気が変わる。


 先ほどまでの柔らかさが嘘のように、張り詰めたような圧がその場を覆った。呼吸が僅かに浅くなる。


「試験内容は……実際に街へ出動し、2時間以内に何か任務として成果を挙げてくることだ。」

 

 “成果を挙げろ”――ただそれだけ。


 単純だ。だが、指標は示されていない。

 何をもって成果とするのか。

 事件の規模か、難度か、それとも結果の鮮やかさか。


 答えはない。


 胸の奥で、不安と高揚が同時にせめぎ合う。こればかりは、明奈に頼るほかないだろう。

 

「内容は問わない――それでは……」


 静寂。


 時計の秒針の音すら、やけに大きく響いた気がした。

 受験者三人が、ほとんど同時に息を呑む。


「始め。」


 刹那、空気が爆ぜた。


 床を蹴る音が重なり、三人の影が一斉に前へ弾ける。

 次の瞬間には、景色が流線へと変わっていた。


 冬夜の足裏にはっきりと伝わる、地面の反動。視界の端では建物の内装が引き伸ばされ、線のように後方へと流れていく。


 速い。

 明らかに、人間の域を越えた速度。50メートル走なら確実に4秒台は出ているはず――そんな確信があった。


 だが。


「……あの二人、明らかに動きが速いっ!」

 

 前方を走る二つの背中は、すでに小さくなっている。

 いや、小さいどころか――次の瞬間には建物の角を曲がり、完全に視界から消えた。


 風圧が頬を叩く。

 それでも差は、縮まらない。


「なんでこんなに差があるんだ明奈!俺、別に運動神経とかそこまで悪くないと思うんだけど……!」


 息を切らしながら叫ぶと、耳元で弾む声が返る。


『それはですね、ズバリ“融合”の有無ですね!』


 待ち構えていたかのような、どこか楽しげな口調。走りながら、冬夜は眉を寄せる。

 

「融……合?」


『はい!融合というのは、サイキッカーが隠者に超能力をシェアしている状態を指します。そして融合は、「融合率」という数値で測ることができるんですよ。』


「融合率……か。それが上がると強いとか?」


『その通りです!高ければ高いほど、共有できる力が増えて強くなれます!そして、融合率の上げ方は二人の絆によって決まります!』


「おぉ、絆ね!早速やってみよう!」


『了解です!それじゃ、融合開始!』


 明奈の明るい声にあわせて、冬夜は拳を握る。体のどこかが光ったり、力が湧き出てきたり……そんな劇的な変化を期待していた。


 だが──


「……何も起きなくない?」


『えっ?そんなはずは……今、ちゃんと宣言もしましたし、私のほうではシステムも反応してるんですが……ちょっと確認しま――。』


 カタ、カタ、カタ。


 インカム越しに、キーボードを叩く軽快な音が混じる。

 その音が、不意に止まった。

 

「ん?どうした?」


 嫌な沈黙だ。さっきまでの快活な調子が、音を立てて崩れていくのがわかる。空白の沈黙が、やけに長い。


『え、えっとですね……えーと……。』

 

 明奈が言葉を詰まらせた。イヤな予感がする。


「なんとなく察した。まあ低いのは分かったよ。大体新人ってどれくらいが平均なんだ?まずそれを聞こう。」


 すぐに答えを聞いてしまえば、現実を突きつけられるだけだ。どうせ低いのは明白。

 だったらまずは平均を聞いて、心のクッションを用意してから真実を受け止めた方がマシってもんだ。

 ビンタの前はそっとほっぺ撫でてもらいたい的な、そんな魂胆だった。


『平均ですか?ええと……新人の方だと、だいたい10から15くらいが多いですね。まあ低くても一桁は無いかなって感じです。』


「お、おお……なるほどね。で、俺たちは?」


『……』


「明奈?」


『……0です。』


「ん?」


『ゼロです。』


「0!?ゼロって、あの!?存在しないのゼロ!?」


『はい、融合率0%です。』


 ぐらり、と身体が揺れたような錯覚がした。


 スーツを着て、インカムを付けて、試験に挑んでいる――というのに、「融合率0%」。つまり、自分はただ強化スーツを着ているだけの男というわけだ。


「いやいや待て待て……ゼロって、下限値じゃん!?これもう絆とか信頼とかそういう問題じゃなくて、赤の他人だろ!!」


『そ、そんなはずは……でも、そうですね。言われてみれば、確かにそうなのかもしれません。』


 明奈の声はやや困ったように、それでいて申し訳なさそうだった。しかも、否定しないあたりがさらに地味にダメージを加速させてくる。


『まぁ、これから上がる可能性だってありますし!あ、そこ右です。』


「あ、はい。」


 明奈はフォローを入れると同時に、しっかりとした指示も忘れない。こういうところは地味に抜かりないのが本当に。

 

 そうこうしていると、ようやく建物の出口へと差し掛かった。冬夜の接近を察知した自動ドアが開き、外気が一気に流れ込んでくる。


「久しぶりの外!……は置いといて、融合率0%の俺にできることなんてあるのか?」


『そうですね。私が能力を使う分には何も問題ありませんので、未来予知や透視といった支援系は問題なく使用できます。ただ、冬夜さんご自身が超能力を使うことは現時点では難しいですね。』


「そっか……でも、インカムのカメラ越しに視界は共有されてるんだよな?」


『はい。ですので、例えば私のサイコキネシスと冬夜さんの動きを合わせる、といった連携は可能です。』


「おお!……なら俺いらなくね?」


『そんな事はありません。私の能力を冬夜さんを経由して使う場合、威力も低く、燃費もかなり悪くなってしまいますから。』


「なるほど。ところで、能力って言っても具体的に何が使えるんだ?」


 尋ねながらも、街路を抜ける足は止めない。


『良い質問です。サイキッカーには、基本的に5つの能力があります。まず、物体を自由に操るサイコキネシス。』


 冬夜は「あっ」と口を開いた。


 サイコキネシス――レノが自分に使った技だ。ただ睨みつけられただけで微動だにすることができなかった、あの技。

 

『次に、記憶を改竄・消去するマインドハックです。』


 またも聞き覚えのある言葉。どうやら俺は、知らない間にこの世界について詳しくなっていたのかもしれない。


『更に、未来を読む未来予知。そして、怪我を回復するヒールですね。』


『私はどれも一通り使えますが、得意不得意はあります。冬夜さんの動き方に合わせて使いますね。』


 耳元の声は穏やかで、妙な自信があった。融合率が0%でも、少なくとも彼女は戦える。


「助かるよ。」


 胸の奥の不安が、ほんの少しだけ軽くなる。同時に、目の前の街並みが視界に広がった。


 歩道を行き交う人々。信号待ちの列。

 ここは試験会場である前に、誰かの日常だ。


「でも、街中で戦闘とかになったらどうするんだ?流石にその場を破壊するような戦闘はできないよな?」

 

『またまた良い質問です!』

 

 どんどんと明奈の声に弾みがついていくのが分かる。


『冬夜さん、腰に付いている小さな手榴弾のようなもの、見えますか?』


「あー、これか。」


 冬夜が腰に視線を落とすと、4つほど小ぶりの球体がぶら下がっていた。確かに形は手榴弾に似ている。


『それは“テレポーテーションボム”と言って、対象者と自分自身を“仮想空間”に転送できる装備です。この空間は、どちらかが戦闘を継続できない状態になるか、使用者が解除を宣言することで終了します。』


「おぉー!俺が最初に路地裏で使われたボムの仮想空間バージョンってわけか……。そうか、それなら街の被害を気にせず戦える。本当、よくできてるわ。」

 

 冬夜はそう言いながら、首元を引っ張ってスーツの内側をいじる。


「……にしてもこれ、やっぱちょっと熱いな。通気性は未知の技術でも課題点か。」


『あ、調整機能ありますよ。メニューから「冷感モード」に設定していただければ……。』


「マジでか!?もっと早く言ってくれよ!」


 明奈の指示を聞いて、左手首にある小さなパネルを操作する。パネルには、温度の調節機能以外にもホログラムを始めとした様々な機能が用意されていた。


 そして、彼女の言う冷感モードとやらのボタンを押してみる。すると、スーツの内側にひんやりとした風が通り抜けるような感覚があった。


「おぉー気持ち良い!……あ、最後にもう一つだけ良いかな?」


『大丈夫ですよ!』


「“オリジン”って言葉が気になってさ。昨日、部屋で端末を見てたら“固有技”って書いてあったんだけど……要するに、必殺技的なやつか?」


『その通りです!オリジンは、私たちサイキッカーと冬夜さんたち隠者の相性によって発現する、いわば“世界に一つだけの必殺技”ですね。』


「おおっ!?炎の剣出したり時止めたりできるってこと!?で、俺たちのはどんなのなんだ?」


『融合率0%なので、発動条件を満たしてないです。』


「……あ。」


 一瞬で天国から地獄の底まで突き落とされた。どんな技が使えるのかと胸を膨らませていた矢先、思いきりその風船を破裂させられた気分だ。


 かくして、期待だけが先走ったまま、肝心なものは何一つ得ることはなく始まってしまった二次試験。


 噛み合わぬ相性、文字通りのゼロからの出発。

 それでも、少年は立ち止まらない。


 胸に残る悔しさと不安を押し殺して。

 

 ――これは、最弱の少年と最強の少女の二人が、失われた日本を取り戻す、少しだけ未来の話。

 

 

 

 

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