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2話 その名を隠者

「ようこそ……紅影(クレナイ)本部へ。」


「は……え?レノは?あのおっさんは?」


 気がつけば、二人とも姿を消していた。

 つまり、冬夜は一人でこのよく分からない見せ物小屋のような場所に連れて来られたことになる。


 女性は淡々とした口調で続ける。


「まずは落ち着いて聞いてください。先程、私が言った紅影とは正式名称"紅影特務捜査部隊"、通称紅影という組織名です。隠者を雇う世界で唯一の会社といったところでしょうか――」


 女性の言葉は止まらない。冬夜は何とかして耳を傾けるも、次から次へと新たな情報が入ってくる。


「ちょ……あの、もうちょいゆっくりお願いできますか?」


 冬夜は一息ついてからそう返した。内心紅影という組織も、隠者という存在もよく分からない。今はただ、()()()()()()使()()()()()()ということのみが、彼へ与えられた情報である。


「分かりました。それでは続きを。隠者というのは、影ながら治安を守る者のことを指します。」


「それって、要は警務隊みたいなものですか?」


 女性の言葉に短く返す。

 警務隊――謂わば、旧「警察」のことである。東西分断の際、警察は東國警務隊という名に変名を遂げた。


「違います。警務隊は表の組織です。私達は、彼らが動くより前に、その犯罪を潰す。」


「それって……勝手に犯人を裁くってことじゃ?」


 女性は一瞬だけ、何かを飲み込むような間を置いた。

 

「……その認識で、間違ってはいません。」


 倫理観的にいかがなものなのか。要するに、私人逮捕に近いことをするような連中ということだ。


「そして、話の本題です。今回はあなたが正式に隠者候補生として試験対象になった為、お招きさせて頂きました。」


 彼女はそう言うと、手元の端末を操作し始めた。

 

「……その前に、一個だけ聞いていいですか。」

 

 冬夜は女性の言葉を遮った。

 

「どうぞ。」

 

「レノは、今どこにいるんですか?」

 

 女性の指が端末の上で、一瞬だけ止まった。

 

「……彼は現在、別室で待機しています。試験後にお会いになれます。」

 

「そうですか。」

 

 それだけ確認できれば十分だった。友人がどこかに消えたまま試験を受けるというのは、流石に落ち着かない。

 

「続けてください。」


「承知しました。試験とは、あなたに隠者としての適性があるかを測定するものです。合格すれば紅影の一員となり、以後は国家機密である影の部隊として活動してもらいます。」

 

「不合格なら?」

 

「ご自宅にお帰りいただきます。」

 

「それだけ?」

 

「……それだけです。」

 

 妙な間があった。

 

(嘘だ。)

 

 冬夜はそう直感した。それ以外の何かがある。そして、案の定だった。

 

「ただし、辞退される場合は記憶消去の処理が義務付けられています。」

 

「不合格も?」

 

「……はい。」

 

 さらっと言ってくれるな、と思った。記憶を消される。

それはつまり、今日の全てがなかったことになるということだ。レノが超能力を使ったことも、この場所に連れてこられたことも、「初めて」と言われたあの言葉さえも。

 

「あなたの場合、処理が通用するかどうかは未知数ですが。」

 

「……そうですね。」

 

 気の利いた返しは思いつかなかった。

 

 この人は今、俺を「例外」として話している。記憶消去が効かなかったから、今ここにいる。

 つまり、最悪の場合は記憶の処理だけでは済まされない可能性があるということだ。


「勿論、学校をはじめとした大事なご予定もあるでしょう。選択は自由です。」

 

 女性はそう締め括った。しばらく、沈黙が続いた。

 

 今の人生であれば、有名な大学に進み、大手企業に就職し、なんだかんだ幸せな家庭を築けることだろう。

 それに相手はテレポートして記憶を消すとか言い出すような連中だ。何をされるか知ったこっちゃない。


 ――それでも。


 自分が壊したいと願っていた退屈な日常から、もしも抜け出すことができるのならば。自分が何者かになれる場所であるならば。

 きっと、この先で待っているのは、一方通行の刺激的な毎日だ。

 

 心の奥底で灯った感情。どれだけ否定しようにも否定できない、たった一つの炎。

 

 ――ロマンだ。

 

「……分かった。受験する。」


 全部忘れる気なんて毛頭ない。それに、この退屈を壊すことができるなら好都合だ。


「承知しました。それでは、着いてきてください。本日から宿泊して頂く施設にご案内します。」


 促されるまま彼女の後に続いた。


 ホテルのように豪華な内装に目を奪われながら、静まり返った廊下をしばらく歩くと、やがて一つの部屋の前にたどり着いた。


「それでは、ご武運を祈ります。」


「ああ……わざわざ、ありがとうございます。」


 丁寧に礼を述べた冬夜に、女性は無言で指を鳴らした。

 すると、何処からともなく黒いアタッシュケースが目の前に現れる。


「お、おぉ……」


 あまりのことに、冬夜は言葉を詰まらせた。今日だけでもう何度驚かされただろうか。

 もはや感覚が追いつかず、まともに反応することにも疲れを覚え始めていた。


「この中に、特殊スーツとインカムが入っております。使用方法は部屋の端末にてご確認ください。後日、試験で使いますのでご了承下さい。それでは──」


 深々と頭を下げる女性に、冬夜も軽く一礼して部屋へと入る。


 部屋の扉が閉まりきったのを見届けると、女性は一転、足早に来た道を戻り始めた。そして角を曲がったところで、声を上げる。


「あ〜〜もうっ!緊張したぁぁぁ!」


「良い演技だったぞ、メイユ!」


 それまでの端正な態度とはまるで別人。女性――メイユは壁にもたれかかりながら、思いきり肩の力を抜いた。


 それを見ていたのはレノだった。


「ちょっとぉ!私あんなキャラじゃないのに〜!なんであんな無機質な口調なんて……!同期の頼みじゃなきゃ断ってたわよ。」


「いや〜だって、お前が一番頼みやすい仲なんだもん。急すぎてスタッフさんに頼むのも何か違うしさ。」


 メイユの叫びを肩をすくめて鼻で笑う。そして、視線を部屋の方へ向けた。


「ま、アイツなら受かるだろ。」


 そう言って駄々をこねるメイユの襟元をぐいっと引っ張りながら、その場を離れた。


 ――その頃、そんなやり取りが交わされているとは露知らず、冬夜は部屋の中を見渡していた。


 不覚にも、思ったより快適だった。


 ベッドにデスク、ドライヤー。ノートもあればペンもある。普通のホテルにあるようなものは大体揃っていた。

 

 ホテルと異なることがあるとするならば、謎の端末が一台卓上に用意されていることと、窓がないことの二つだった。

 その代わり、壁に沿って淡い青のラインが走り、ゆっくりと脈動していた。


 不思議と落ち着く配色だ。部屋へ向かう途中も、目立った異常はなかった。建物自体も、特別な雰囲気こそあれ、どこか無機質で静かだった。


 非日常の中で、唯一この部屋だけは彼に安らぎを与えた。


 少しの休息を取った後、冬夜は机にあった端末に手を伸ばした。端末を開くと、いくつかの資料が表示された。


──【隠者の役割】

 

「要するにスパイ……みたいなもんか。言い方一つで全然違って見えるな。」

 

──【スーツの構造と着用方法】

 

 さらっと読んでさらっと流した。こういう機材の説明は実際に使ってから理解するタイプだ。

 

──【サイキッカーとの融合機能】


『隠者はサイキッカーと融合し、任務を行う。』

 

 その一文に、手が止まった。

 

「……レノも、誰かと融合してたのか。」

 

 そう考えると、あいつのことが少しだけ別人のように感じた。ずっと友達だと思っていた奴が、俺の知らない顔を持っていた。


(はぁ……殴ろうとしたの後で謝んないとか。)

 

──【仮想空間任務の基礎】


「……読む気起きねえ。」


 要約すると、隠者というのは"超能力の使えるスパイ"みたいなものらしい。

 

 だが、分からない言葉も多かった。サイコキネシス、催眠術、融合率――挙げ出したらキリがない。

 加えて、どれも曖昧な記載方法ばかりで、全てを理解するには明らかに情報が足らなさすぎる。


「今見せられるのはこれだけってことか……」


 そう自分に言い聞かせて今日の状況を整理する。


 レノが超能力を使ったところを見てしまった。それ故に、紅影という組織に連れて来られ、数日後に試験を受ける。

 女の人にホテルまで案内されて端末によって4つの情報を断片的にだが知ることができた。


「よし、こんなもんか。」


 冬夜は机の端にあったノートを手に取ると、思いつく限りの情報を殴り書いた。

 

 言葉にならない焦りと高揚感を指先に乗せて。

 


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