08 千姫
「妄言じゃッ」
茶々は激昂した。
「さようなこと、あるわけがないじゃろうがッ」
さらなる激昂。
治長はそれをまるで聞こえないがごとくに、秀吉が跡継ぎを得るためにそうした、さすれば秀次はわが子に天下を譲ることになる、されど世には秀吉の子が天下を受け継いだことに見える、だから「嬉しいか」なのだ、そして最終的には一族ほとんどを殺して、のちの家督争いの禍根を断った……等々を述べた。
秀頼は青ざめるばかりだ。
奈阿と直は確かに似ている。
となると、やはり治長の述べるように……。
「おお」
懊悩の声が洩れる。
しかしそれは茶々の、あるわけがないあるわけがないという連呼にかき消される。
千姫はというと。
「……ひっ」
何か、恐ろしいものを見るような目で見ていた。
秀頼を。
茶々を。
治長を。
否、この豊臣という群れ全体を見ていた。
「……く、狂ってる」
家を保つために、そこまでやるか。
女を、何だと思っている。
否、男も、ただの種馬か。
「わかりました。徳川の陣に参ります」
自分がこのような群れにいたことが汚らわしい。そして穢らわしい。
このような群れに、いたくない。
いたことすら、無しにしたい。
今や愛した夫・秀頼ですらも、その汚穢の象徴に過ぎない。
……それだけ、今の話は千姫には衝撃だった。
「では千姫さま。それでは、徳川の陣にて今のお話、していただけますな」
真田左衛門佐信繁、いやさ豊臣信繁がそう言って迫る。
こいつもこの群れの一員か。
いや、関白秀次の娘を妻にした?
ということは、この初老の男は、わずか十代の娘と……。
汚らわしい。
穢らわしい。
「……千姫さま、どうか、どうか今の話をして、秀頼さまは豊臣秀吉の子では無い、秀次の子であると。だから、あれほど忌まわしく憎く思っている秀吉の胤ではない、だからどうかその命を助け……」
「……わかった、わかりました! 言います! 言いますから! 修理、早くしなさい! 参りますよ、徳川の陣へ!」
「ははっ」
治長は家臣の米倉権右衛門に千姫の案内を命じ、そして千姫は権右衛門に導かれ、侍女たちを引き連れて、山里丸を出て行った。




