07 豊臣秀次
豊臣秀次という男は、豊臣秀吉の姉・ともの子で、叔父である秀吉に子が無かったことから、農民の身分から急激に引き上げられて、武士となり、大名となり、ついには関白となった。
文武に秀で、治政にも気を遣い、次期関白、次期豊臣家当主として、名望の高かった男である。
……秀吉に、子が生まれるまでは。
「叔父上、私は身を引きましょうか」
「いや、いや。それは無い、それは無い」
秀吉と茶々の間の初めての子ども、棄は病弱で、長くは生きられないという診たてだった。
「仮に育つとしても、それまでの間は少なくとも秀次、お前が必要だで」
長らく、大名や家々の治乱興亡にかかわって来た秀吉だ。
その「家を保つ」ということの酸いも甘いも噛み分けている。
そういう秀吉が「必要」と言って来たのだ。
信じるしかない。
それに、言うとおり棄が成長したとして、秀吉がそこまで生きているという保証はない。
であれば、秀次が退くにしても、長老というか事実上の当主として、君臨するという目もある。
「…………」
秀次はそこまで考えて、ついにんまりしてしまったことは否定しない。
何しろ、乱世を終結させ、天下を取った男――その男の成果物をまるまるといただくことになるからだ。
あるいは、それだけの自分への期待に、相好を崩してしまったのかもしれない。
でも。
「……嬉しいか、秀次」
「……いえ」
それはただ、叔父が甥に対して、何かいいものをやると言われた時のやり取りのようであった。
秀吉も秀次も、元は農民だ。
農家の軒先で繰り広げられるような、そういうやり取りは、よくあることだった。
だが。
……時は流れ、棄は、その体の弱さゆえ亡くなった。
誰も言わなかったが、それは「そうなるだろう」と思われていたことだった。
むろん、秀吉も同様である。
戦国最大のリアリストである彼は、おのが子、血筋すらも冷静に見つめていた。
「……ではやはり、秀次に、精を出してもらうかの」
……秀次が気がつくと、前後不覚の状態にいたということがわかる。
裸で、どこか豪奢な部屋に寝ていたからだ。
背中には、柔らかな感触が。
そう、南蛮人が寝台と称するそれは、なかなかの寝心地で、持ち主の豊臣秀吉がお気に入りだった。
「えっ」
ここで完全に覚醒した秀次は、その時、彼の隣に、やはり裸体の美女が寝そべっていることに気づく。
すうすう、すうすうと、寝息を立てるたびに揺れる乳房は、下腹部は、この世の中で、ただひとりしか見ることの許されない――血筋も美貌も天下一の――美女の名は。
「茶々さま」
寝ていた茶々の目が開く前に逃げ出した。
走り、走り。
どのようにして服を着て、自邸に戻ったかは記憶にないが。
以降、叔父・秀吉は、目が笑っていない笑顔だけ張り付けて、秀次に相対したことだけは印象に残っている。
その目は、こう言っていた。
「……嬉しいか、秀次」
と。
やがて秀次は切腹となり――妻子もほとんど殺し尽くされたという。




