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05 奈阿と直(なほ)

 大野治長は茶々の前でぬかづいた。

「茶々さま」

「何じゃ」

 乳兄弟であり、幼馴染である二人。

 そして、秀頼の父であると噂される治長と、秀頼の母である茶々。

 この二人の間には、余人にはうかがい知れぬものがある――そういう気配があった。

「……もはや是非もなし。このままでは、この大坂の城は落城、豊臣の家は滅亡。であれば、徳川の子である千姫さまは帰すべきでは」 

「そなた」

 茶々はまなじりを決した。

 先ほどの秀頼に対した時とは逆に、感情をあらわにした。

 秀頼にはそれが、少し寂しかった。

「そなたまで何を言うか! 妾は屈せぬ! 降らぬ! 何が何でもこの子を守り生かしてみせようぞ! まだ、まだ手はあるはずじゃ! この子を生かす何かが」

 半狂乱どころか、狂乱している。

 もはや狂女と化した茶々を、だが治長は冷静に見すえ、低く「落ち着かれませ」と言った。

 それだけで、茶々は平静に戻る。

 この二人、やはり秀頼の父であるかどうかは置いておいて、男女の関係にあるのではないかとおぼしき、それは雰囲気であった。

「茶々さま」

「……今さら、何をどうしろというのじゃ。落ち着いたところで……」

「手はあります」

 その一言に、茶々どころか秀頼も静止する。

 手が、あるというのか。

 先ほどの茶々の台詞ではないが、誰もがそう思っていた。

 この、戦国最大最強の要塞、大坂城。

 それが落ちんとしているのだ、もはや絶望しかない。

 誰もが……そう思った。

「そのためには」

 治長はにじり寄る、千姫に向かって。

「な、何を」

 これは千姫の言葉だ。

 もしや、千姫を『人質』とする気か。

 秀頼がそうはさせじと立ったが、それと同時に治長は平伏した。

「千姫さま」

「何です」

「これこのとおり、伏してお願い奉ります」

 治長はおもてを伏せたまま、言上ごんじょうした。

「どうか……どうかお願いです、これから徳川の陣に参って、命乞いをしてくださいませ」

「ひ、秀頼どのと茶々さまのことか」

「さよう」

 千姫は表情を硬くした。千姫の侍女の中には、くの一が何人かいる。千姫が望むと望まないとにかかわらず、彼女らは豊臣の内部を徳川に伝え、そして徳川から言葉を千姫に伝えた。

 そして最新の徳川からの言葉は「豊臣の子と、諸共に死ね」であった。

 おそらく、祖父・家康は物狂いなのであろう。豊臣秀吉を、そしてその子を殺すことに執心していた。

 そしてこれもおそらく父・秀忠のこと、その家康に阿諛追従して、秀吉の子に嫁いだ千姫も共に死すべしと大いに唱えているのであろう。

 そんな、中へ。

「修理、徳川の陣へ向かうのはかまいません。かまいませんが、ただ……それが……」

 伏し目がちに目を泳がせる千姫。

 そんな千姫の肩を抱く秀頼。

 茶々はそんな二人を見て、無表情だった。

 が。

「これから豊臣の『秘密』を明かします。それを手土産に、秀頼(ぎみ)と茶々さまの命乞いをお願いします、千姫さま」

「豊臣の……秘密!?」

 これは茶々の声だ。

 まるでそのような秘密、ありようがない、少なくとも、自分は知らないという、そんな声だった。

「茶々さま」

 気づくと治長は茶々の方へ向き直り、端座していた。

 その決然たる視線は、何事かの決意を伝えている。

「茶々さま、茶々さまは先ほど仰せでございました。秀頼(ぎみ)を守るためなら、鬼にもなろう、何でもしよう……と」

「…………」

 一体、何を。

 何を治長は茶々にさせようというのか。

 場が、治長に視線を集中させるが、治長はどこ吹く風だ。

 それどころか、さらに場をかき乱す。

「これなるは、真田左衛門佐信繁さまです」

 治長が振り向くと、そこには信繁が端座していた。

 いつの間に。

 秀頼などはそう思ったのだが、確か信繁は豊臣姓を賜った、いわば「豊臣一門」、粗略にはできぬ。

「左衛門佐、苦労」

「ありがたき幸せ」

 信繁は一礼すると、その背後に、一人の少女が座っているのが見えた。

「む?」

 少女は、十歳ぐらいであろう、しかし落ち着き払った態度で、頭を下げた。

「これなるは、わが娘。なほと申します」

 少女―― なほは信繁の隣に並び出て、「以後、お見知りおきを」と言った。

 突然のなほの出現に、面食らった秀頼だが、なほの顔に、ある既視感があった。

 治長はその隙を逃がさず、「秀頼(ぎみ)、この子に見覚えはござらんか」と問うた。

「無い……無いが、どこか、見た覚えが……」

 不得要領の秀頼。

 だが、その隣にいた茶々はうめいた。

「まさか」

 茶々の目が、奈阿姫に――秀頼の娘に注がれていた。

 秀頼も見た、わが娘を。

 そして。

「いや待て……そこな、なほとやら……わが娘、奈阿によく似ておる。まるで……姉妹であるかのように」

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