第3話 恋人役に釣られる
恋人の振りってどういうこと⁉
私が一気に顔を上げると、俊さんは落ち着いた様子で口を開いた。
「実は、祖父が早く結婚しろとうるさくて。ですが僕には結婚願望がないので、祖父を大人しくさせるために、恋人役をしてくださる方を探していたんです」
ほう……? なんだか突拍子もないけど、俊さんも色々大変なんだな。って、あれ? 一瞬納得しかけたけど、よく考えたらそれって意味あるのかな。
「あの、偽物の恋人だと、根本的な解決にはならないんじゃないですか?」
なんでその方法でいけると思ったんだろう。酔った勢いで思いつきました?
「延命措置のようなものですが、祖父ももう年なので、この先どうなるかわかりませんから」
え、さらっと笑顔でひどいことを。そんな人だったっけ?
私は戸惑いを覚えながらも、もう一つ気になっていたことを質問する。
「えと、どうして私なんかを恋人役にしようと思ったんですか? 最近まで人と関わることから逃げてた私に、恋人役が務まるとは思えません。それに、俊さんなら他に適任な方を見つけられるんじゃないでしょうか」
「そんなにご自分を卑下しないでください。斎藤さんが適任なのです。家政婦として、身近に接することの多い女性のほうが色々と都合がいいですから」
そう言った俊さんは、上品な微笑みを浮かべていた。
うーん。確かにこの提案を受ければ、ここで働けるのはご厚意じゃなくて、恋人役の対価だと思えるから、後ろめたさはなくなるけど。でも恋人役っていうのがなぁ。
私が決めきれずに黙っていると、少し低くなった俊さんの声が耳に届く。
「どうするかは斎藤さんが決めることですが、今ここを辞めても他に当てがないのなら、次の就職先が見つかるまでは、ここで働き続けるほうが賢明だと思いますよ。それに、恋人役をすることで人と関わる練習にもなりますしね」
俊さんの完璧な微笑みが、張り付けただけに感じられなくもないけど、でも、言ってることは一理ある。正直ここを辞めた後の当てなんてないし。今はまだ就活できる気もしないし。恋人役ってよくわかんないけど、本当に付き合うわけじゃないし、えーい、ままよ!
「そのお話、お受けします」
「では、これからも家政婦として、そして恋人役として、よろしくお願いします」
そう言って俊さんが浮かべた微笑みは、一段と輝いていた。
そんな顔で言われたら、なんでもOKしちゃいそうだよ。
私が美貌の恐ろしさを実感している内に、俊さんは話を進める。
「それと、中野さんも退職されますし、今後は住み込みで働いていただけると、私としても助かるのですが。それに、恋人役をするにもそのほうが何かとやりやすいかと。もちろん、個別に部屋は用意しますので」
住み込みかぁ。どうしようかな。でも、実家の居心地の良さに甘えてばかりだと、いつ昔の自分に逆戻りするかわからないし、いい機会かもしれない。それに、俊さんは上司みたいなものだし、きっと変なことにはならないよね。
「えと、じゃあ、住み込みで働かせてください」
私の返事で、俊さんは再び輝く微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。無理を言って申し訳ないです。後日、契約内容を更新したものをお渡ししますね。住み込みという形ですが、自分の家だと思って過ごしていただけたらと思います」
こうして、私は住み込み家政婦として正式に働くことになった。
「ふう。ようやく終わった」
私は私物で埋まった部屋を眺める。週末の今日はというと、引っ越し作業に勤しんでいた。
住み込みで働くことが決まってから、割とすぐに引っ越せてよかった。引っ越しって言っても、家具は既に部屋に装備されてたから、実家から私物を持ってくるだけだったけど。実家の両親からは、なんの問題もなく送り出してもらえたし。会社の寮に入るって言っといたけど、こっちが不安になるくらい何も聞かれなかったな。まあでも嘘は言ってないし、色々聞かれて恋人役のことまでバレたら困るから、私としてはありがたいんだけど。
片付いた部屋を後にし、一息入れようと階段を下りてリビングへ向かう。すると、ソファで本を読んでいた俊さんに、神妙な面持ちで話しかけられた。
「恋人役のことで少し相談したいことがあるんですが、今よろしいですか?」
ん、なんだろう。
私は、俊さんと人一人分の間隔を取って、ソファに腰掛ける。
「実は祖父が斎藤さんに会いたいと言っていまして。もしよければ、会っていただきたいんですが」
「は、はい、大丈夫ですよ」
私の返事を聞いて、俊さんの表情が少し綻んだ。
「ありがとうございます。では、次に祖父に会えるのが五月に開かれるパーティーなんですが、それに同席していただけますか」
パパパ、パーティー⁉ ……パーティーって、なに⁉ ……ああ、あの四人一組で魔王を倒しに行く、あれのこと? それとも、ハンバーガーとかで使うお肉のこと? いやいや、クラブとかでノリノリで楽しんでる人が集まるやつか。
「えと、パーティーって、おしゃれした人が大勢集まっておしゃべりする、あのパーティーですか?」
「はい、そうですが」
混乱した頭で導き出した解答を俊さんに提出すると、それ以外ないだろうという顔で首を傾けられた。
わーーっ! 前言撤回っ! パーティーなんて出たくないよーーっ。 ていうかパーティーって本当に実在するんだ? やっぱり俊さんってお金持ちだっんだ?
「あ、あの、おじいさんに会うのは、別の日じゃダメなんですか。できれば、おじいさんだけがいいんですが」
「それも考えたんですが、祖父も忙しい人で、個別に時間を取るとなると、なかなか難しくて。それに、パーティーだと話す時間も少なくて済むので、深掘りされる危険も少ないかと」
おじいさん、そんなに忙しいの? おじいさん、何者なの?
俊さんの言うことも一理あるけど、でも、どう考えても今の私にとってパーティーなんて、ハードル高すぎだよっ。他人に殻を破ってもらったよちよち歩きのヒヨコが、鳥に囲まれるようなもんだよ? すぐに捕食されるよ? 一発KOだよ? 人が多いのは百歩譲って耐えうるけど、知らない人とおしゃべりとか私には無理だよ?
私は思ったことを頭の中に吐き出し、人に言える部分だけを残して自分の意見を主張する。
「私にパーティーなんて、務まらないと思うんですが」
「パーティーといっても立食パーティーで、大したものではないので安心してください。やることといったら、僕と一緒に挨拶回りをして、名前を名乗ることくらいです。可能な限り、斎藤さんが人と話さないで済むようにしますし、もし話しかけられても、僕がフォローするので」
初めからそう言われることを予想していたのか、俊さんにすぐに打ち返されてしまった。
本当にそれだけなのかな。それ以上のことはできる気がしないんだけど。
「あ、あの、急に踊ったりとか、ないですよね?」
漫画とかでよくある、「よかったら一曲」ってやつ。
「ふふっ。踊ることはないので安心してください」
俊さんの口元が少し緩んだ。
なんだか恥ずかしいな。現代の日本のパーティーで何するかなんて、一般人は知らないから。
「そ、それに、マナーとか、全然知らないんですが」
「僕がお教えするので安心してください」
ああ、断る理由がどんどんなくなっていく。
退路を断たれていくのを感じながら、私は諦めきれず正面突破を試みる。
「もし行かなかったら、怒られますか?」
私の悪あがきに、俊さんは少し考えているようだった。
「そうですね……、怒られはしないですが、恋人ができたのは嘘なのではないかと、祖父に疑われかねませんかね」
うっ、そうなったら俊さんが困るよね。仕事のためとはいえ、恋人役を引き受けたのは私だし、自分がしたことには自分で責任を取らないと。
私は決心が変わらないうちに言葉にする。
「パーティー、出ます」
それを聞いた俊さんは、安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございます。助かります。できるだけ負担にならないようにサポートするので、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、頑張ります」
「心配なことがあったら何でも聞いてください」
いや、心配しかないけど。ありすぎて、何から聞けばいいのやら。
そう思っていると、俊さんが思い出したように口を開いた。
「あの、パーティーでは名前で呼んでも大丈夫ですか?」
「え、は、はい」
恋人らしくするなら、そのほうがいいよね。
「それでは、真優と呼ばせてもらいますね」
ぶほっ。
「ふふ、そんなに目を見開かなくても。驚かせてしまいましたか?」
「いやっ、そのっ、身内以外で男の人から呼び捨てされるのなんて、小学校の時以来だったので」
びっくりしたあぁぁぁ。急な呼び捨ては心臓に悪いよっ。
「そうでしたか。では日頃も真優呼びのほうがいいですかね。慣れてもらったほうがいいかと」
真面目に言っているような声色で、わざとらしい笑顔が向けられる。
うっ、これは絶対からかわれてるやつだ。
「む、無理です! 外では緊張しないように頑張るので、家の中ではせめて、さん付けでお願いします!」
心の平穏を保たないとっ。
私の必死さが面白かったのか、俊さんがくすりと笑った。
「わかりました。でも、その様子だと、練習しておいたほうがいいかもしれないですね」
「え、練習って、何の……」
俊さんはソファから腰を上げると、私の隣に座り、手を取った。
……もしかして、踊りの練習?
「もちろん、恋人の。手くらい繋げないと怪しまれますから」
そう言うと、私の手をそっと握る。
わわっ。えっ、この状況は、一体どうしたらっ。
居ても立っても居られず、私は顔を明後日の方へ向けた。
「ふふ。そんな反応では、恋人じゃないとバレてしまいますよ」
ううっ、そんなからかうような口調で言わなくてもっ。男の人と手を繋ぐなんて、どうしたらいいか、わかんないからっ。でも恋人繋ぎとかじゃなくてよかった。
「それとも、恋人繋ぎのほうがよかったですか」
ぶほっっ。エスパー⁉
うっかり口にしてしまったかと驚いて俊さんを見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
もしかして私の反応を見て楽しんでるだけだったりします? 俊さんってそういうことする人だったの? 優しい人だと思ってたけど、認識を改めないといけないかも。
このままリビングにいたら、俊さんに遊ばれるだけな気がしたので、逃げるように自室に戻った。
恋人役、頑張らなくちゃいけないけど私に務まるのかなぁ。不安しかないよ。
ベッドに倒れ込もうとしていると、机の上のスマホが鳴る。見ると、メッセージが一件入っていた。
『大学の卒業式出る? もし来れたら卒業式終わりにA棟入口で待ってる』
読んでくださってありがとうございました




