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就活から逃げた先で腹黒男子に釣られました  作者: 宮川 葉月


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第2話 仕事に釣られる

 家政婦として働いてほしいって、どういうこと――⁉

「実は、一人で管理するには少し大きい家に住んでいまして。お手伝いさんのような方を一人雇っているんですが、その方がこの三月で定年退職されるので、後任を探していたんです。なかなか良い方に巡り合えず困っていたところ、祖父から斎藤さんのことを聞きました。これも何かの縁と思い、このような場を設けさせていただいたんです」

 んん? 従業員を探してたのにお見合いするって、飛躍し過ぎじゃない? アニメ一話分、見逃したかな。

 疑問が顔に出ていたのか、すぐに解説が入った。

「お見合いという形をとったのも、面接だけではその方の内面まで知るのは難しいと考えたからです。家の留守を任せることになるので、信用できる方がいいですからね」

 なる、ほど? それは確かに。じゃあ、お見合いは嘘で、さっきまでの澤村さんは演技だったってこと?

「必要なことだったとはいえ、騙す形になってしまい申し訳ありません」

 そう言って澤村さんは深々と頭を下げた。

 わあぁっ。私が勝手に落ち込んでただけなので、なんか逆にすみませんっ。

 私がなんと言おうかとオロオロしているうちに、澤村さんが顔を上げる。

「僕としては斎藤さんに働いていただきたいのですが、いかがですか」

「ええっと、その、就職先を提供していただけるのはありがたいですけど、どうして私なんでしょうか。家事も最低限のことしかできないですし、なにより会ったばかりで信用できるかなんて分からないと思うんですが」

「家事については一般的なことができれば十分です。それに、斎藤さんは言いたくないことも包み隠さず話してくださいました。それだけで誠実な方だとわかります」

 澄んだ瞳に真っ直ぐに見つめられ、私は目を伏せる。

 私は澤村さんが思うような人じゃない。自分の保身のために言っただけなのに。でもこのままだとニート一直線だし、正直なところ雇ってもらえるならありがたいな。もう一度就活に踏み出す勇気もまだないし。

 どうしようか迷っていると、澤村さんは鞄から紙を取り出した。

「詳しい契約内容についてはこの紙に書かれているので、ご覧になってください」

 差し出された紙を見ると、勤務時間や給与、福利厚生などについて書かれていた。大企業並みの好条件に、驚きと申し訳なさを感じていると、追加で説明が入る。

「引継ぎのために、四月に入る前から働いていただくことにはなるんですが」

 そっか、人と関わらなくて済むと思ってたけど、仕事は今いる人から教わることになるんだ。

「あ、あの、その方はどんな感じの方ですか?」

「とても優しくて穏やかな方なので、心配されなくて大丈夫だと思いますよ」

 その返事と澤村さんの柔らかい微笑みに、私は少しほっとした。

「その、『一か月の試用期間の後、問題がなければその後本採用に』ってあるんですけど、もし無理そうなら辞めてもいいんでしょうか」

「はい、斎藤さんに合わなければそれも可能です」

 じゃあ、とりあえず一か月頑張ろう。どうして私でいいのかはよくわかんないけど、こんな私を雇ってくれるところなんて、他にないよね。

「私、働きたいです」

 私の返事に、澤村さんは上品な微笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

 こうしてお見合いという名の面接はお開きとなり、私は来週から家政婦として働くことになった。



「こ、ここだよね?」

 私は、二階建てのお洒落な一軒家の前にいた。門扉の横にはインターホンが見える。

 うう、緊張するっ。でもいつまでもここにいたら、変な人だと思われちゃうから早く押さないとっ。

 覚悟を決めてインターホンを押すと、すぐに声が聞こえてきた。

「斎藤様でございますね。少々お待ちください」

 しばらくして玄関が開き、執事姿の男性が出てくる。

 お手伝いさんっていうより、明らかに執事さんなんだけど。でもきっと、この人が一緒に働く人だよね。見るからに優しそうな感じの人で少し安心かも。

 門を抜け、玄関に入ると、スーツ姿の澤村さんが待っていた。

「おはようございます。今日からよろしくお願いしますね」

「は、はい、よろしくお願いします」

「では、仕事着はこれを。それと、仕事は中野さんが教えてくださるので、彼に聞いてください。何か心配事などありますか?」

「い、いえ、大丈夫です」

「では、僕は仕事に向かうので。中野さん、すみませんが後のことは頼みます」

 執事姿の男性にそう言い残すと、澤村さんは足早に玄関を出ていった。

 もしかして、仕事に行かずに待っててくれてたのかな。

「あ、あの、澤村さんはいつもこの時間に出勤されるんですか?」

「いえ、いつもはもっと早くに。ですが今日は出勤初日ということもあり、会っておきたいと坊ちゃんが。あ、いえ失礼、俊様が」

 坊ちゃん⁉ 俊様⁉ 執事さんって本当にそう呼ぶんだ!

 思いもよらない発言に驚きながらも、生執事さんに少し感動していると、仕事着に着替えてくるよう促された。

 中野さんに言われた部屋に向かい、手渡された服を広げてみると、それはクラシカルなメイド服だった。おまけに、頭につけるカチューシャみたいなやつもある。

 見る分にはかわいいけど、自分が着るとなると抵抗感があるなぁ。でも、ミニスカとかじゃなくてよかった。そんな趣味、澤村さんにはないよね。

 そのあとは、中野さんに同行しながら仕事を教わっていると、あっという間に一日が終了した。

 ああ、足パンパンだ。ほとんど立ちっぱなしで、家事って結構体力仕事なんだなぁ。

 その日は、帰りの電車では乗り過ごしたり、帰ってからも寝落ちして朝に慌ててお風呂に入ったりと、散々だった。



 出勤初日から二週間が経ち、筋肉痛になることも、メイド服への抵抗感もすっかりなくなったある日。

 リビングの掃除をしていると、澤村さんに遭遇した。

 うおっ。びっくりした。そういえば今日は休日出勤の補填で休みって、中野さんが言ってたな。よく考えたら、会うのは出勤初日以来かも。私は通いだから会うことないんだよね。中野さんみたいに住み込みだったらそんなことないけど。

「澤村さん、おはようございます」

「おはようございます。そういえば言ってなかったんですが、家でも名字で呼ばれるのは落ち着かないので、名前で呼んでもらってもいいですか」

「わ、わかりました」

 確かに、中野さんも名前で呼んでるもんね。

「じゃあ、俊様とお呼びしますね」

 実は漫画みたいでちょっと憧れてたんだ。

 内心ワクワクしながらそう言うと、思ってもみない返事が返ってきた。

「それはやめてください」

 あれ、ダメだった? 目が笑ってないな。

「えと、中野さんはそう呼んでおられたかと」

「せめて、さん付けにしてくれますか?」

 笑顔だけど、圧がすごいっ。そんなに俊様呼びは嫌だったのかぁ。

「すみません。では、俊さんとお呼びしますね」

 残念に思いながら、ご要望にお応えしたものの、当の本人からの反応がない。

「あの、何か変でしたか?」

 私が声をかけると、すぐに「いえ、なんでもないです」と言って上品な微笑みを振りまいた。

 ぐはっ。朝から眩しいっ。久しぶりの笑顔は目に悪いね。早く掃除に戻ろう。

 私はその場を離れ、買い物に行った中野さんから任されていた仕事を、再開した。

 最近は一人で任されることも増えてきたし、だいぶ慣れてきた気がするな。中野さんが優しい人だったから、今まで続けてこれたんだろうなぁ。落ち込みそうになったところを何度も励ましてもらったから。こんな私だけど、少しは役に立ててたらいいなぁ。っと、考え事してないで、リビングは終わったし、次は玄関の掃除をするとしよう。

「花瓶はいったんここに置いて、っと」

 そういえば澤村さん、じゃなかった、俊さんは今起きたのかな? 意外と朝はゆっくりなんだな。あ、でも朝起こしに行くこともあるって中野さんが言ってたような。

 棚の上を拭き終わり、雑巾を持ったまま花瓶を持ち上げる。

 ――あ、ヤバイ! そう思ったときには遅かった。

 ガッシャーンッ。

 ぎゃああああ! なんてことっ!

 床には花瓶の破片が無残にも広がっていた。

 割れた音が聞こえたのか、リビングから俊さんが駆け足でやってくる。

「大丈夫ですか⁉」

「あ、えと、す、すみません! か、花瓶を、割ってしまって」

 ど、どどどどうしようっ⁉ と、とりあえず片付けないとっ。

「そんなことより、怪我は?」

「えっ? 私は大丈夫――あっ、近づいたら危ないですっ」

 私の注意をよそに、近くに来た俊さんは私をあちこち見ると、ほっとした表情を浮かべた。

「よかった、怪我はないみたいで」

 そう言うと、散らばった破片を片付け始めた。

「あっ、私がやるので! これは私のせいですからっ」

 私は今出せる精一杯の明るい声で、俊さんを制止しにかかる。

「じゃあ、一緒にやりませんか?」

 その優しい声と私を見上げる心配そうな顔に、それ以上何も言えなくなった。花瓶を片付ける音だけが耳に響く。破片一つ一つに自分のダメさを突き付けられているようだった。

 片付け終わると、「こういうこともありますから。気にしないでください」って言ってくれたけど、考え事しながら仕事してた私のミスだ。花瓶は割っちゃうし。その上片付けを手伝ってもらって迷惑かけちゃうし。やっぱり、私なんか……。

 抑えていた黒い感情が、一瞬にして心を覆い、全身に解き放たれる。

 ……ああ、嫌だな、こんな自分。

 そんな自分を引きずりながら、私は俊さんの部屋へ向かった。ドアをノックすると、少しして俊さんが出てきた。

「あの、先ほどはすみませんでした。弁償させてください。それか給料から引いてください」

「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。そろそろ違うものにしようと思っていましたし。それに斎藤さんが怪我をしなくてよかったです」

 穏やかな声が、頭上で響く。今の私には、どんな言葉も残酷に聞こえる魔法がかけられているようだった。

 いっそ、怒ってくれればいいのに……。

「やっぱり、働くなんて、まだ早かったのかもしれないです……。誰かの役に立てるだなんて、自惚れてました……」

 ついて出た言葉に、自分で驚く。そんなこと言っても、迷惑なだけなのに。

 撤回しようと顔を上げたときには、俊さんの言葉が私の耳に届いていた。

「斎藤さんはもっと自惚れていいです。頑張ろうとしている自分を、否定しないであげてください。ここには、あなたを責めるような人はいません。僕は、斎藤さんに働いていただけて、感謝しかないです」

 私を見つめる俊さんの目は、ただただ温かかった。途中からその顔がぼやけていくのを感じ、私はお礼もそこそこに、その場を離れてしまった。俊さんの優しさに、自分の情けなさに囚われたまま、その日は終わっていった。



 働き始めてから一か月が経とうとしていた。今後の話をするために早めに帰ってきた俊さんに、ダイニングの椅子に座るよう促される。

「今日で試用期間が終わりますが、斎藤さんはどうしたいですか? 僕としてはこのまま続けてくれると嬉しいんですが」

 ずっと考えていた。私はどうするべきか。

 スカートを握る手に、力が入る。

「辞退、させていただきたいです」

 どう思われるか不安で、私は目を伏せた。頭の中で繰り返し練習した言葉を口に出す。

「その、お仕事はやりがいもあって、お二人とも優しい方で、このまま働きたい、です。だけど、ここで働けているのはご厚意であって、自分の力で手に入れたものじゃなくて。これ以上、その優しさに甘えるのは、申し訳なくて」

 用意していた全てを言い終わると、俯いて俊さんの言葉を待つことしかできなかった。

 ううう、気まずいっ。俊さんずっと黙ったままだけど、もしかして怒らせた? でも、それもそうかもしれない。働いてほしいって言ってくれてるのに、私の都合で断ったんだから。

 心苦しくなって少し顔を上げると、俊さんと目が合った。

「もし、斎藤さんがこの契約に後ろめたさを感じているのであれば、こちらから一つ提案があるのですが」

 そう切り出した俊さんの顔は、どこか明るかった。

「斎藤さんがこのままここで働く代わりに、僕の恋人の振りをしてくれないでしょうか」

 …………へ? ……こいびと? 鯉、人、……恋人? なんでぇぇぇ⁉

読んでくださってありがとうございました

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