(おまけ)授業参観に行ってみよう!
おまけの日常ものです。その後の生活みたいな。
日常もの……かなぁ……? はい。たぶん。
新しい街での生活は、おおむね平穏に進んでいる。父との関係もちょっと前進した気がするし、いきなり20mもある巨大バッタが現れて町を破壊したりもしない。
そう、「おおむね」平穏だ。それはつまり、そうじゃない部分もあるということで……。
今の俺の悩みごとは、主に女子小学生との付き合い方だった。
何せ今まで放課後はずっと補佐官さんやってたから。女子小学生が普段何してるかが全然わからない。友達と遊ぶとかなかったし。「気難しい上司とのコミュニケーションの取り方」という話題なら俺も事例を大量に提供できるのだが、女子小学生はたぶんそんな話で盛り上がったりはしない気がする。
それに比べ、男子は良い。遊ぶにしても鬼ごっことか。分かりやすい。1回参加した時に俺があんまり楽しそうにしてたからか、男子たちがよく遊びに誘ってくれるようになった。うれしい。ということで、最近の俺は、ふわふわしたスカートのままで男子たちと山を駆け回ったりしている。
なんでも男子の間では組織ごっこが流行ってるのか、なんか不可侵条約(?)みたいなのが結ばれてるんだって。楽しそう。俺も仲間に入れてほしいと言ったのだが、断られてしまった。他の女子はともかく、俺だけは絶対に入れてもらえないのだそうだ。ちょっぴりさみしい。
グラウンドの隅、体育倉庫の影。そこが彼らの「会議場」になっているらしく、放課後になると男子たちだけが輪になって、低い声で何やら話し合っている。
俺が遠くから寂しげに眺めていると、ふと何人かがこちらを見て、バツが悪そうに視線をそらされた。くそう。罪悪感にまみれろ。
ということで、現在、俺は男子女子の両方から微妙な距離感を保たれた状況で小学校生活を送っているのだった。
手持ち無沙汰な時間も多いので、とりあえず、大量のプリントを運んでいたり、雑用で困ってる子がいたら手伝ったりはしているが……。今の俺だと、サッカーゴールとかも肩に載せて運べるからね(やらないけど)。でももっぱら最近の趣味は、教室のメダカの飼育かな。
でろでろになってた水槽の水を少しずつ替えて、フィルターを掃除して、水草を植えて……ようやく、ガラス越しにメダカがはっきり見えるくらいには透明になってきた。冬に校舎裏の水道で、冷たい水をホースで流しながら水槽をゆすいでいたら、近くを通りかかった子に「罰掃除?」と聞かれた。こっそり変身していたので別に寒くはなかったけれど、もちろんそんなことは言えなかった。
そして、今日。
俺は、珍しく、女子の集まりに誘われて参加していた。絶対に失敗する訳にはいかない大事な社交の場である。「我が代表堂々退場す」なんてことにならないよう、細心の注意を払わねば。
場所は、級友の櫻子ちゃんの家。三階建ての小さなマンションの一室で、玄関を上がると、すぐに甘いお菓子の匂いと、柔らかい柔軟剤の匂いがした。
リビングの真ん中には丸いローテーブル。そのまわりにクッションがいくつか並べられていて、俺たちはそこに円になるように座っている。テーブルの上には、ポテチやクッキー、ジュースの紙パックがぎゅうぎゅうに並んでいた。
テレビは音を消してニュース番組が流れていて、その下の棚には家族写真と、よく分からない犬の置物。ふかふかのラグの上で、みんながじゃがりこをポリポリかじっている。
「莉名ちゃんって大人しいから、まだどんな子かよく知らないかも」
曇りなき目で放たれた櫻子ちゃんの一言が、俺の心に、ぐさっ! と音を立てて突き刺さった。い、いや、どう出たらいいか分からないからちょっと様子見してるだけで? そんなに大人しくはないと思うんだ。大人しい子は巨大バッタをかかと落としで沈めたりしない。
「でも莉名ちゃんって、この頃よく男子と放課後いるよね」
「う、うん」
「何して遊んでるの?」
櫻子ちゃんがストローでジュースをちゅーっと吸いながら首をかしげる。他の子たちも、ポテチの袋の手を止めて、じっと俺を見る。
何して、かぁ……。この前なんて、隣の席のちょっとやんちゃな男子の秋月くんに、山の中の秘密基地に案内してもらって感動した。こんなのほんとにあるんだ、って。
中にも入らせてもらえた。狭くって、体をお互いくっつけないと入れなかったっけ。あ、でも「2人だけの秘密だからな」って言われたし、あれは言っちゃ駄目か。
「でも莉名ちゃん、モテてるよね」
「モテてる。大人っぽいし」
「小林も森くんも莉名ちゃんのこと好きらしいよ」
小林くんとは家庭科の授業で一緒の班になった男子である。確か、向こうが料理を盛大に失敗してたから一緒にフォローしながら作った。森くんとの絡み……? なんだ……? この前の雨の日に傘を押し付けて貸したくらいか? いや、俺って雨を超音波で弾いたらそもそも濡れないし傘いらないかなって……。
「ね、ね、誰が好き?」
そうか俺、今は女子だから恋愛対象って男なのか……。無理だぞそんなの。しかも男子小学生? みんな知ってるか? マイナスにマイナスを足してもプラスにはならないんだ。
「特にいないかなぁ」
「うっそだぁ」
「本当だって」
「黙秘するならお客様とて許さないよ!」
「櫻子ちゃんが千尋みたいなこと言い出した」
「それ千尋の台詞じゃないでしょ湯婆婆じゃん。……で? どうなの莉名ちゃん?」
テーブルの上のスナック菓子の袋が、誰も手を伸ばさないせいでしんと静まり返る。さっきまでわいわいしていたのに、話題が恋バナになった途端、空気がねっとりと押し寄せてきた気がした。
「同級生は恋愛対象に見られない。弟みたいな感じ」
「大人だ……」
「あえて言うなら?」
「少なくとも小中学生は無理かな……」
「おおー……」
小さな悲鳴みたいな声があちこちから上がって、スナックの袋がまたカサカサと揺れ始める。櫻子ちゃんちのリビングが、さっきより一段階、騒がしくなった。
「そういえば、莉名ちゃんの家族ってどんな感じ?」
「今度の授業参観来るの?」
「あー……来ないと思う。仕事が忙しいんだって」
――その話は、少し前に家でしたばかり。父にはいちおう連絡したが、外せない任務が入ってるらしい。歯ぎしりして悔しがっていた。大の大人が泣くんじゃない。また、ニシャプール様にも伝えたのだが……。
「私、行くわ! 行きたい!」
「だって、学校まで1kmくらいあるんですよ? 今のニシャプール様、すぐそこのコンビニにも辿り着けないくらいですし……」
両手を上げて参加を表明していたニシャプール様は、ソファーをゴロゴロと転がりながら不満を表現した。
ニシャプール様は、歩けるようになったが、まだ段差が苦手である。特に階段がうまくいかないらしい。
我が家から教室までの間にいくつ段差があるかを考えると、授業参観に行けるかどうかの答えは明らかであった。絶対無理。
すると、ニシャプール様は部屋の隅で膝を抱えて丸くなった。明らかにしょんぼりしている。
「せっかくの莉名の晴れ舞台なのに……」
「晴れ舞台って。授業参観ならまたありますから。ほら、元気出してください」
「小学5年生の授業参観は1回しかないの!」
「それはそうですけど……そうだ! ここから教室の様子を見たらよくないですか?」
「それじゃ参加してる感じがしないじゃない! ……置いていかれたマシロが怒ってた気持ちが分かった気がするわ……。でも仕方ないわよね……」
その後もじめじめしていたニシャプール様だったが、急にぱぁっと顔を明るくした。
「そうだ! いいこと思いついちゃった!!」
「いいこと?」
「そう! 莉名には内緒ね。アハハ! 楽しみ!」
そして機嫌を直したニシャプール様は、テレビを見始めた。リモコンを握る手つきが、さっきまでよりわずかに軽くなっているのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。よし、授業参観が終わったら、代わりに何か美味しいものを買って帰ろう。
「じゃあここの登場人物の台詞で出てくる『タッセル』って何かな? わかる人、手挙げて~」
担任の先生が、普段より5割増しの笑顔で、俺たちを見回した。後ろには大勢の大人たち。先生も緊張しているのだろう。
ひょっとしてニシャプール様がどこかから遠隔で見ているかもしれないので、俺は授業に真面目に向き直った。
タッセルって確か、雪をかきわけるブルドーザーみたいなやつ……?
すると、脳内でイマジナリーマシロさんが「莉名さん莉名さん、それラッセルです」と訂正してくれた。ああそうだった。じゃあなんだ……?
「……はい! 心温まる、いいお話でしたね! 先生も犬が飼いたくなっちゃいました。じゃあ次は……」
その時、廊下の向こうからけたたましい悲鳴が聞こえた。ざわざわと揺れる生徒と父兄。……なんだ……?
俺も耳を傾けてみた。校舎内の音が一斉に飛び込んでくる。「暗くてお靴が分からないわ」「正岡子規」「夫がオオアリクイに殺された妻の気持ちを考えましょう」「階段に四つん這いになってる人が!?」「だ、大丈夫ですか?」「ぱたぱた」「うわなんかデカい蛾がいる!?」……。
「あの」
「戸倉さん? どうしました?」
「わたしちょっとお手洗いに行ってきます」
行ってみると、階段で四つん這いになってプルプルしているニシャプール様がいた。
三階と二階の踊り場。その真ん中で、スーツ姿の金髪の女性が、スカートを気にする余裕もなく、四つん這いの姿勢で階段に張りついている。どう見ても、途中まで降りてきてから動けなくなった格好だった。
手すりの所にはモッちゃんがゆっくりと羽を上下させて止まっている。
その前に、困ったような顔をしている学年主任。片手を差し出しかけては引っ込めて、完全にどうしたらいいか分からない顔をしていた。
たぶんモッちゃんに乗ってきて屋上にでも降りたはいいが、階段で動けなくなったのでは……。俺は場違いにも、四つん這いで幽霊が階段を降りてくる邦画ホラーを思い出した。
「戸倉、危ないから下がりなさい」
「ニシャプール様! 来てくれたんですね!」
「え? この人、戸倉の知り合い?」
「どうも先生。こんな格好でなんだけど、莉名の保護者よ」
ニシャプール様が、そこで膝をぷるぷるさせながらも、モッちゃんで体を支えながら、ゆっくりと立ち上がった。背筋を伸ばし胸を張り、首だけすっと下げる。
「ほ、保護者!? なんで様付け……?」
「私が首領だからよ」
「首領……?」
不思議そうな顔をしている学年主任の先生はひとまず置いておいて。
俺は手を貸してニシャプール様を階段からそっと降ろす。
「ニシャプール様、来ていただいてありがとうございます。あっちがわたしの教室です。モッちゃんは……」
すると、モッちゃんは俺の頭に止まり、ぱたぱたと羽ばたいた。そして、がっしりと掴まり、離れようとしない。
「ふふ、授業参観したいの? 教室の端の方で見る?」
モッちゃんは俺の頭の上で、キュッキュッ、と嬉しそうに鳴いた。
まあ、モッちゃんってステルス性能あるし、別にこのまま戻ってもバレないんじゃ……?
「ただいま帰りました」
「莉名ちゃんがなんかでっかい蛾に寄生されてる……!?」
「と、戸倉さん? それはなに?」
「…………」
ダメだった。冷静に考えると当たり前かもしれない。
「……あっ! あれは!?」
俺は窓の外を見て、驚いたように小さく叫ぶ。教室中の視線が一瞬そちらに向いた。その瞬間、モッちゃんは素早く飛び上がり、天井に平べったくぺたりと張り付いた。あ、ちょっと模様変えてる。何も言わずとも意図が伝わるとは、さすがニシャプール様の腹心の部下であった。
「ととと戸倉さん……? 今1mくらいある大きな蛾が乗ってなかった……?」
「やだ先生。そんな大きな蛾がいるわけないじゃないですか。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから」
だってモッちゃんは50cmちょいだし。俺もさすがに1mは見たことないなぁ。
そしてその隙に、ニシャプール様がぎくしゃくしながらも教室に。そして、ニコニコ笑いながらそっと手を振ってくれた。スカートの裾を少しだけつまんで会釈する仕草を見て、クラスメイトたちはぽかんとしていた。後ろで見ている保護者の列から、「綺麗な人ね……」という小さな囁きが漏れる。
そのとき、教室の後ろでドアが再びそっと開く音がした。
視線がいくつもそっちに向く。廊下側から、きちんとしたスーツ姿の男子高校生が半歩だけ顔を出し、担任の先生に軽く会釈してから、遠慮がちに教室の中へ入ってくる。
「あー!? えっ!? なんで!?」
絶対にいるはずのない相手を見つけ、思わず俺はその場で立ち上がった。……兄じゃん!!
「戸倉さん!? いきなりどうしたの!?」
「すみません。世の中の不条理に突然叫びたくなったんです」
「急に!? ……授業中だからね?」
「すみません……」
正装した兄が、教室の後ろに立った。しかめっ面で、でもこちらを見て、ネクタイをわざとらしく直しながら、いたずらっ子みたいにニヤッと笑う。
あ、あいつ……! 来るなんて言ってなかったくせに……。前に俺が授業参観行ったの絶対根に持ってる! わざわざスーツなんて着てるし! 俺がちょっとよそ行きのワンピース着て行ったからって!
そして、授業終了後。
俺が誰よりも素早く立ち上がり、兄をぐいぐいと教室の外に押し出していると、ポケットのスマホがプルル、と鳴った。こんな時に誰……って!? 父さん!?
「もしもし? どうしたの? ……え? 今から来る? 大丈夫?」
背後から、「リズンスター! どこへ行くんですか!? 授業参観!? ロボで!?」という声がかすかに聞こえた。絶対大丈夫じゃなさそうな雰囲気だった。
「来ないで。もう終わったから。来たら嫌いになる。こっちの街にロボとかそういうのないから」
『わ、わかった……すまない、誰も来なくて肩身の狭い思いをさせてしまって』
「あ、それは大丈夫。お兄ちゃんが来たから」
「おまっ……お前!!! バラすなよ!!! 親父が知ったら……」
『ハイランドリール。帰ったら話がある』
「ほら面倒なことになるんだって!!!」
兄が校舎を出ていくまで見張り。モッちゃんがニシャプール様を乗せてぱたぱたと飛び去っていくのを見送り。
俺がようやく席に戻ると、前の席の櫻子ちゃんが、机に身を乗り出してきた。目がきらきらしていて、完全に「面白いものを見つけた」時の顔だった。
「わかった。莉名ちゃんってちょっと変わってるんだ」
「いや普通だよ?」
「少なくとも大人しくはなさそう。ねえ、お兄さん紹介してくれる? 格好良かった」
「しない。それにお兄ちゃん好きな人いるよ」
「ちぇっ」
……やっぱり、女子との距離の取り方は、まだよく分からない。
ほのぼの日常ものを書いたはずなのに、情緒を狂わせられている被害者が複数出ている……どういうことなんだ……。1級フラグ建築士かな?
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