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正義の味方の1人娘ですが、悪の組織に就職しました ~今日も脅迫動画を父に送ります!~  作者: うちうち


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19/24

「ニシャプール様が。わたしの友達だからです」

 俺の前に立っていたのは、完璧な姿勢で構えた父だった。腰に下げた無線機から、「1人で勝手に行くなって言ったろ!」という声が微かに聞こえる。




 越界災害が父を見て、わずかに動きを止める。まるで、天敵を見つけたみたいに。

その瞬間、ニシャプール様が軽く地面を蹴って、彼の隣に並んだ。


「……何しに来たわけ?」

「感謝する。お前が耐えてなければ、間に合わなかった」


 一瞬、2人の視線が交差した。火花が散ったわけじゃないけど、空気にピリッとしたものが走った気がした。


「ま、あなたの顔は見たくなかったけど……今は後回しにしてあげる」

「ふん。……そっちこそ、足を引っ張るなよ」


 ニシャプール様が、ふっと笑う。

 それは、これから命を賭ける人の顔じゃなくて、悪戯を仕掛けようとする子どもの笑顔。




「……リズンスター。あなたの言う正義の力とやら、見せてみてよ」

「言われなくとも」








 その瞬間、風が吹いた。

 次に見えたのは、父が巨大な黒影に向かって駆け出す姿だった。


 飛んだ。


 ニシャプール様の背中を足場に、父が飛び上がる。音速に近い速度で加速した父の拳が、巨大な越界災害の顔面に、真正面から叩き込まれた。


 ――ごぉんっ、と金属の鐘を鳴らすような衝撃音が、空を裂いた。


 巨体が仰け反った。頭部が横に弾け飛ぶほどの衝撃。

 さらに空中で体勢を変え、今度は真上から拳を落とす。


 左肩の装甲が、粉砕された。


「……は?」


 思わず声が出た。

 さっきまで、ニシャプール様があれだけ斬りつけても傷一つつかなかったのに――。





 越界災害が咆哮を上げる。背中の棘から稲妻を放ち、父を迎え撃とうとする――が、駆け寄ったニシャプール様がその足に蹴りを入れたことで、僅かに照準がズレる。


 刹那、父の脚が唸りを上げ、左膝を跳び蹴りで粉砕した。




 ズズン、と巨体が片膝をついた。


 30メートルの怪物が……拳一つで。




 越界災害が、天を揺るがすような咆哮を上げた。

 耳の奥が震え、思考が飛ぶ。背中に伸びた突起が、変形し、砲門となる。


 飛び退った父が一瞬だけ、こちらを振り返った。





 次の瞬間。

 世界が白く染まった。


 越界災害の背から放たれた光の奔流が、大地をえぐる。こちらに向かって熱と衝撃が押し寄せた。




 俺の前でニシャプール様が手を広げると、せり上がった岩と金属が空中で重なり、盾を成した。


 けれど、足りない。


 金属が焼け、焦げた匂いが鼻をつく。


 視界の端で、ニシャプール様の膝が、少しだけ、沈んだ。


「……くっ……!」







 そのときだった。

 何かが降下してくる。

 黒い閃光。巨大な影。


 ズズン、という天地が反転したような衝撃。着地と同時に、地面が砕け、砂塵が舞う。


 巨大な腕と盾が、正面からその光を受け止めていた。


 ロボが立っていた。越界災害と同じサイズ、あるいはそれ以上の巨躯。まさにこの戦いのために存在するかのような構え。






 いつの間にか姿を現していた司令官が、ロボの巨体を見上げ、そっと目を細めた。



「おや、格納庫は凍結しろと言ったはずだったが」


 すると、戻ってきた父が応じる。


「司令官が怪しいのは分かっていましたから。出られるように、ひそかに準備を。若手がみな燃えていましてね。予定よりずっと早く進みましたよ」

「命令に従わないとは、なんて駄目な部下たちだ」

「悪い上司ですから」

「それを言われると耳が痛いね」





 機体の胸部が開き、父が跳び上がった。

 空中で半回転しながら操縦席へ飛び込み――ガシャン! と音を立てて閉じる。


 即座に、全関節が蒼白く点灯し、駆動音が地を鳴らす。


 ロボが、拳を振りかぶる。

 機体が軋みを上げる音と、残響を引き裂くように――拳が放たれた。


 大きな拳は越界災害の肩口に直撃し、爆煙が上がる。骨のような装甲が砕け、巨体がぐらりと傾いた。








 地表でその様子を見つめていた司令官が、そっと呟いた。その口調はどこか、手に入らないおもちゃを見つめる子供みたいだった。



「素晴らしい……それだけに癪だな。ここには私の勝ちはない、か。なら、別の場所に行くまでだ」



 そして、司令官はふっと姿を消した。今そこにいたはずなのに、周囲を見回しても、どこにもいない。






 

 越界災害の背中から伸びた触手が、唸りを上げてしなる。

 細く、鋭く、鞭のような動き。けれど、先端が地面をかすめた瞬間――。


 バリッ。


 音とともに、地面が白く、硬質に変質する。

 地面の草が、大地が、一瞬で大理石のように石化した。



 「接触型の石化……!」


 ニシャプール様が低く呟いた。触れたものすべてを石に変える触手。


 その一本が、鋭くロボの右肩に叩きつけられる――!


 ゴッ!!!


 瞬間、衝撃と同時に肩の外装が白く変色し、ヒビが走った。

 次の瞬間、砕ける。


『右肩、石化。関節、損傷!』


 次の瞬間、背中の装甲が展開され、差し替え用のアームパーツが射出される。

 壊れた右腕を機体ごと切り離し、新たな関節が機械音を鳴らして接続される。


『予定の範囲内だ。問題ない。戦闘を続行する』


 短く、静かな父の声。





 その後も、ロボは越界災害と格闘戦を繰り広げた。巨体同士の激突が続くたび、山の傾斜はならされ、森は削れ、戦場は次第にただの平地へと変わっていった。ロボの攻撃は何度も越界災害を削り、砕き、切り裂いた。


 でも、それでも――越界災害は倒れない。


 いくら打ち込んでも、歪んだ肉体はたちまち修復された。まるで、不死身、みたいに。


 そのとき、ふと、思い出した。あのとき、首領はこう言っていたのではなかったか。


 ――「その本体は、この世界の人間には見つけられない場所にある」。






 俺はそっと、耳を澄ませる。


 ――触手の風を裂く音。


 ――金属の軋む音。


 ――岩盤の爆ぜる音。


 ――刃の火花を散らす音。


 全ての音が混ざり合うこの場所で、ひとつだけ、『沈黙』があった。




 風が流れない。空気が鳴らない。その場所だけが、まるで世界の継ぎ目みたいに、静かにゆらめいていた。それは、ちょうどさっき、司令官が姿を消したあたりだった。




 父とニシャプール様は気づいていない。きっと、誰にも見えない。


 でも、俺には、あの裂け目が見える。聞こえる。前世の記憶も、今の体も、両方ある俺だけが……触れられる場所。


『――押されています!! このままではダムが……!』

『再生する前に、全てを消し去ってしまえばいい。――分子分解砲、準備』

『……戦闘しながらでは、充電が間に合いません!』




 すると、そのとき、ニシャプール様がロボの肩に飛び乗った。


「あーあー、聞こえる? あいつ、再生する時にちょっと時間かかるわ。だからある程度、大規模に砕いちゃえばいいんじゃない?」

『無茶を言うな……! それができれば……!』

「なんだ、「予定の範囲内だ」とか言ってもう1つ新兵器が出てきたりしないのね……つまんない。こっちは予定の範囲内だってのに」


 ニシャプール様はがっかりしたように肩をがっくりと落とし、どこか芝居がかったように溜息をついた。そして胸を張って、今まで聞いた中で一番大きく「アハハ!」と高笑いをした。


「ならリズンスター、感謝しなさい! 駄目なあなたの代わりに、私が時間を稼いであげるわ!」

『何を、言って……!』





 明らかにすごくヤバい感じの話が進んでいる……! 急げ!!


 そして、俺がさっき見つけた裂け目に飛び込む直前。ニシャプール様が不意に俺を呼び止めた。


「莉名! こっちのことは心配しないでいいわ。……いい? 覚えておきなさい――」


 振り向いた。そこには、かつての三者面談の時よりボロボロになりながら、ロボの上で笑って手を振るニシャプール様。







「――これが、ver.7よ」








 その台詞を背に、俺は、足を踏み出した。


 風も、音も、すべてが遠のいていく。

 それは扉でも、膜でもなかった。ただ、空間がひっくり返っただけだった。


 ――気づけば、俺は立っていた。


 世界の裏側に。


 そこは、無音の空間だった。

 色も、温度も、方向すら曖昧で。

 足元も、空も、区別がつかないほどに、何もなかった。



 すぐそばに大きな影があったので振り返ると、そこにいたのは、石化している司令官だった。驚いたような顔をしている。どうやら「他の場所」とやらに行くことはできなかったらしい。





 そして、この空間には、ただひとつだけ、存在していた。

 浮かんでいた。

 ――心臓のような、目のような、何かが。





 黒く、濡れた様に輝く塊が、静かに脈打っていた。ぬめりのある光沢を帯びて、ふわりふわりと浮かんでいる。



 形は……決まっていないようだった。人の顔のようでもあり、鳥の骨のようでもあり、巨大な心臓のようでもある。


 ――ここにあるのに、存在していない。


 異様な『本体』を、誰も見つけられないのは当然だった。

 この世界の常識では、形すら保てないのだから。





 でも、俺は一歩近づいて、笑った。


「……ハチノスツヅリガって、知ってますか?」


 返事はない。


「なんでも食べられる虫なんです。ティッシュでも、布でも、骨でも。なんだって」


 ふと、ゆらりと本体が揺らいだ気がした。





「音でも、言葉でも、呪いでも。――他の世界から来た、災害でも」






 俺の体は、この世界のもの。でも俺の感覚は、この世界じゃないものも知っている。


 能力とは、イメージだ。


 そして、この不定形の、本来なら存在できない異物に触れられるのは、きっと俺だけ――。





 本体が震える。触れられることを、拒んでいる。存在が揺らいで、世界ごと崩れそうになる。


 俺は近寄り、静かに手を伸ばす。


 そして口を開いた。何かを食べるときは、そう……。




「――いただきますっ!」










 世界が、裂けた。

 空間が震える。


 「それ」を飲み込んだ瞬間、世界が悲鳴をあげた。


 空間がぐにゃりと曲がって、足元から光と音が逆流していく。

 重力がひっくり返る感覚。

 皮膚の裏から、空気がめくれていくような震え。

 耳をふさいでも、届いてくる低いうなり。


 ただ目を閉じて耐えた。自分がどこにいるのかも分からないまま、声も出せず、音も聞こえないまま……。


 ――それでも、知っていた。


 俺が帰るのはあの場所。あの人たちがいる、あの世界だ。













 次に目を開けたとき、俺は地面の上にいた。焦げた空気の匂いが、肺に突き刺さる。耳の奥で、まだ低く何かがうなっている気がした。




 辺りは静かだった。石化した司令官が逆さになって地面に突き刺さっている。






 風の音も、戦いの音も、どこにもなかった。











 ――地面が、まるで大きな手で抉られたみたいに、深くえぐれていた。




 土が黒く焼けていて、中心には何もない。


 ただの空白。何かがあったはずの場所。








 俺は、周囲を見渡す。……あ、父がいた。ロボからは既に降りている。





 父は、少し離れたところで、立ち尽くしていた。俺が現れたことにも、まだ気づいていない。少し離れたところに佇むロボと、そして――。






(……ニシャプール様が、いない)






 いればすぐにわかるくらい、明るくて騒がしい人。

 俺を『ニシャプール団』に入れてくれた人。

 正義の味方が嫌いで、でも、共闘してくれて……。


「……いない」


 びゅう、と風が吹いた。








 俺は、空を見上げた。

 ちょっとだけ、雲がちぎれていた。







 ニシャプール様の笑い声が、どこかで聞こえたような気がして――。


 すぐに消えた。











「……よかった。ここにいたか」


 声がした。振り向かなくても、誰か分かった。リズンスター。俺の父さん。正義の味方。


 父は俺の隣に立ち、しばらく何も言わずに空を見ていた。そして、ぽつりと語り出した。


「……あいつが、見たんだ。越界災害の最後の動きを。ダムを壊そうと向かってた。止めなきゃ、街ごと危ない。だが……こちらの武器は充電中だった。あいつは、『時間を稼ぐ』って言って……」


 聞きたくなかった。


 ほんとうは、いっぱい言いたいことがあったはずなのに。

 なぜか、何も出てこなかった。


 ただ――胸が、痛かった。














 こうして、巨大化した越界災害は、開発されていた新兵器の分子分解砲で、倒された。


 ……ニシャプール様は、越界災害に特攻して、持っていた爆弾で自爆し、戻ってこなかった。


 遺体は発見されなかった。


 全部が吹き飛び、遺品の1つも残らなかった。

















 俺は保護され、担架で病院に運ばれる途中で、マスコミと思われる人たちから、一斉にマイクを突き出された。ぱしゃぱしゃ、とフラッシュが焚かれ、目の前がチカチカと瞬く。


「悪の幹部であるニシャプールに何度も誘拐されて、そのたびに家に戻ったということでしたが! どういうことなんですか!? 父上のリズンスターに相談できましたよね」


「できたと、思います」


 できるわけがない。あのときの父と俺は、そもそもそういう関係ではなかった。でも、もうどうでもよかった。






「相談すれば、ニシャプールをもっと早く倒すことができた。悪の組織の人間なんですよ! どうして、そうしなかったんですか?」


 ……いや、どうでもいい、と思っていたが……。

 どうでも、よくはないな。

 俺は、あっさりと自分の考えを翻す。




 俺は、身を起こして、質問した相手を睨みつけた。びくりと相手が身を震わせる。


「友達だからです」

「えっ? な、何が、ですか?」


「ニシャプール様が。わたしの友達だからです」











 病院に搬送された俺は、検査後に緊急手術を行うと言われ、病室で検査結果が出るのを待った。いちおう重症だったらしい。



 マシロさんはどうしているだろう、とぼんやりと考える。

 モッちゃんもいつの間にか病室にいて、俺の頭の上に止まり、ぱたぱたと何度も羽ばたいた。相変わらずのステルス性能だった。




 ベッドに横になり、ぼんやりとテレビを見ていると、俺たちの基地が映った。これから、突入するらしい。



『――怪人が1人、立てこもっていますね、何か騒いでいます。ハイランドリールが、突入に反対しているようです』




 姿は見えなかったけれど、叫び声が聞こえた。それは、泣いてはいなかったけれど、明らかに悲痛に溢れた、喉が割れんばかりの慟哭だった。





『出て行ってください! ここは、ニシャプール様と、あたしと、莉名さんの! 3人だけの、秘密基地なんだからぁ!』








 ……。行かなきゃ。


 俺はベッドから降り、そっとモッちゃんを見上げる。今の俺は消耗しすぎて、変身もできない。でもそれは、行かない理由にはならなかった。


「モッちゃん、お願い。わたしをあそこに連れていって」







 モッちゃんに基地に連れていってもらった俺は、マシロさんの隣で、悪の基地を守る側に立つ。


 両手を広げる俺を見て、マスコミと、正義の味方陣営は、ざわざわと騒いだ。


 そして、人だかりが2つに分かれ、父がゆっくりと出てくる。俺は、ぎゅっと拳を握った。説得なんて絶対されてやらない。ここはマシロさんと俺が守るんだ。





「みんな、聞いてくれ」





 よく通る声だった。騒いでいた周囲は、しん、と一斉に押し黙る。




「ニシャプールは、悪の幹部なんかじゃない。自分の身を犠牲に、俺たちを守ってくれたんだ。爆弾を抱えて、最後の敵に特攻していった。あれがなければ負けていた」


「……リズンスター。それはいったい……?」


「ニシャプールは、それまでも、俺の相談によく乗ってくれていた。大事な友人だ。彼女こそが正義の味方と呼ばれるにふさわしい。俺は、きっとあいつがいなければ、正義の味方を続けられなかったよ」


「あの、リズンスター?」


「俺は、駄目な親だった。家出した莉名を、ニシャプールが保護してくれたんだ。この基地は、あいつが大事にしていた場所だ。だからみんな、どうか踏み込むのはやめてくれないか」




 そう言って、父はその場にいる全員に、深く深く頭を下げた。


 その後も、自分がいかに駄目だったかについて大きな声で話し始めた父を、兄がどこかに引っ張っていった。その後ろについて、みんなはこちらを気にしつつも、ぞろぞろと去っていく。









 そして、その場には、マシロさんと俺だけが残された。


 マシロさんは、俺を見て、何かを言おうとし、何度も口を開いたり閉じたりした。


 その目には、痛々しいものを見る色と。それと同じくらいに、自分の手の届かない何かを持っている羨ましさに、溢れていた。……マシロさんが思っていることは、手に取るようにわかった。




 ――「あの場で一緒に戦って、自分も一緒に死にたかった」。そう、思っている。俺が逆でもそう思うから。




 だから俺は、そっと、口を開く。


「マシロさんがいたから、あそこまで戦えたんですよ」


 ぴくり、とマシロさんの肩が震えた。


「わたしたち、3人一緒に戦ってました。あの場にいなかったとか、そんなの関係ありません。ニシャプール様も言ってました。『マシロさんはさすがだ』、って」






 マシロさんは、俺の胸に縋り付いて、声を出さずに泣いた。俺も抱きしめながら、もう涙が枯れてもいいというくらいに思いっきり泣いた。いくら泣いても涙が止まらないのが、なぜだか無性に悔しかった。前のドッキリの時と違い、ニシャプール様はいつまでも姿を現してはくれなかった。








 その後、2人で、基地の片付けをしたが、すぐに手が止まった。どの物にも思い出がありすぎて、どう片付けていいか分からなかった。



 ホールの隅っこに放置されていたドッキリ大成功の看板を見て、マシロさんはまたずっと泣いていた。


 出発前、ニシャプール様は、マシロさんをベッドに押し込んでぐるぐると素体で縛り、そのまま閉じ込めたのだという。










* * * * * * * * * * * *




「あたしはいらないってことですか!?」

「マシロはこの基地を守って。マシロにしか、頼めない。だって、ここはいろんな思い出がある場所だから、誰にも荒らされたくないの。ねえ、マシロ。2人でいたときも、莉名が増えて3人になってからも、楽しかったわよね」

「そんな、最期みたいな言い方……!」

「マシロ。もし、私が負けちゃっても、解剖しないでね。約束よ?」




* * * * * * * * * * * *








 それが最後の会話だったと言って、また、マシロさんは、ぽたぽたと大粒の涙をこぼした。






 しかし、肩を揺らしているマシロさんの話を聞いて、引っかかることがある。




 ニシャプール様の最後の言葉だ。だって、マシロさんは、ニシャプール様の遺体が運ばれてきても、解剖なんて絶対にしない。そんなことくらい、わかっていたはずだ。なんで、そんなこと、言ったんだろう。ニシャプール様が、らしくない言葉を口にするときは、いつも何か、理由があった。




 何度も、さっき聞いたマシロさんの話を、頭の中で反復させた。ニシャプール様が俺に最後に言った言葉も。





「――これが、ver.7よ」









 ……もしかして、と思うことがある。

 ニシャプール様が、あんなに自信満々で死地に向かった理由。ひょっとして、あの人は、誰よりも、フラグの持つ影響を理解していたのではないだろうか。だったら、あれは、俺を安心させるためだけの言葉じゃなくて……。






 でも、俺じゃ駄目だ、とも思う。「これってフラグ?」と思ってしまった瞬間、フラグは効力が弱くなってしまうような、そんな気がする。台詞が運命を引き寄せるくらいの力を持つためには、フラグと認識していない誰かじゃないと。俺が気付いたんだ。マシロさんなら、きっと、辿り着く。












 俺は、うずくまってしまったマシロさんの隣に、そっと座った。


「そういえば、マシロさんって、目玉焼きに何かけるのが好きですか? ちなみにわたしは前も言ったとおり、お醤油派なんですけど」

「莉名さんは、なんで急にそんなこと気になったんです……」


 頭も上げず、マシロさんは弱々しい声で呟いた。俺は気にしない風を装って、そのまま、できるだけ明るい声で続ける。


「いえ、本当に、楽しかったなって」

「そんなこと、言わないでください」

「3人で会議したり、基地を探検したり、新年会も楽しかったですね。死んだふりのドッキリは悪趣味すぎていただけなかったですけど」

「……」







 いっぱい、いっぱい、話をした。この基地での思い出なら、いくらでもあった。


「毎回のビデオ撮影も、だんだん上手になってましたよね。わたしも、この基地は他の人には入ってほしくないなって思います。だって、隅から隅まで荒らされるの、嫌ですもん。大きなテーブルのある会議室に、地下に並ぶ無数の透明のケース、隠し部屋まであるんですから!」






 力なくうつむき、膝を抱えたままのマシロさんは、ずっと、ぼーっと俺の言葉に頷いていた。こくこく、と反射的に首が縦に動いている。








 ……しかし、不意に、マシロさんの動きが、ピタリと止まった。


 俺は、固唾をのんで見守る。






 ――お願いします、マシロさん。まだ、可能性はあるんです。






「そういえば……」




 そういえば、なんですか。何か気になることがあるんですか。なら、言葉に出してください。フラグは、思っているだけじゃまだ弱い。外に出してこそ、より力を持つのだから。









 マシロさんは、じっ、と床の模様を見つめた。その目に、次第に焦点が合っていく。






 そして、ゆっくりと、マシロさんは、口を開いた。




「なんで、ニシャプール様は……あんなこと言ったんだろう……」


 マシロさんの声が、わずかに震えていた。

 それは、祈りのようだった。














「…………まさか」


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― 新着の感想 ―
うぉぉおおお!フラグ回収だぁ!何でフラグとかいうこんなありきたりな設定でこんな熱くて面白い展開書けるんですかぁ!マシロさんも思ったより心に熱いもの持っててめっちゃ好き!
1%を引き当てているか?
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