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闇の反射  作者: Mavi


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第15章 ― もう一人の私

夜は、必ずしも安らぎをもたらすものではない。

世界が沈黙するとき、人の内側に潜む声は、かえって鮮明になる。


ひかりは、長い間その違和感と共に生きてきた。

鏡の中の自分が、ほんの一瞬遅れて動くような感覚。

誰もいないはずの場所で、確かに感じる視線。


それが“誰か”であることを、ひかりはまだ知らない。

だが、境界はすでに揺らぎ始めていた。


これは、自我と影、身体と意志が交差する物語。

鏡が映すのは、もはや「自分」ではなく、

隠され続けてきた真実そのものだった。

夜の静寂が、家の中を包み込む。

ひかりは浴室の鏡の前に立ち、冷たいタイルの床に足を踏みしめる。

手は震え、呼吸は荒い。

鏡に映る自分の姿は、かつてのひかり――でも、もう完全には自分ではないことを告げていた。

「……本当のことを言って……何を望むの?」

ひかりの声はかすれ、小さく震える。

鏡の中で、自分自身と向き合う。

その背後には、りんの存在が、影として確かに息づいている。

鏡が微かに揺れる。

空気の流れに反応して、りんが輪郭を帯び、影と光でできた幽霊のように現れる。

その瞳は、冷たく、しかし不思議な安心感を与える光を放つ。

「常に私のものだったものを手に入れる」

りんの声は、浴室全体に響くように低く、しかし澄んでいた。

ひかりは足を一歩後ずさり、体が硬直する。

「いや……いや……やめて……」

声は震え、床に反響する。

しかし、りんは微笑み、揺るがない。

「君の身体」

その言葉が、ひかりの胸を貫く。

心臓が激しく打ち、冷たい汗が額を伝う。

鏡の中で、ひかりは自分自身を見つめる。

その瞳には、混乱、恐怖、そして理解しきれない感情が渦巻く。

りんの影が少しずつ、ひかりの動きを模倣しながら、現実世界に少しずつ侵入してくる。

「……りん……どうして……?」

ひかりの声が小さく漏れる。

「ずっと……私の中に……いたから」

りんは答える。その声は柔らかく、しかし鋭く胸を刺す。

「あなたは……私……」

ひかりの言葉が途切れる。

理解しようとしても、理解はすぐに崩れる。

自分が誰で、誰が自分を操作しているのか、境界線が曖昧になる。

鏡が内側からひび割れ始める。

冷たい水のような音が微かに響き、ガラスの亀裂は光を歪ませる。

りんはそのひび割れの隙間から、ゆっくりと現実世界へと歩み出る。

「……これで、終わり」

ひかりの声を借りて、りんが囁く。

その瞬間、浴室の空気が重く、ひかりの身体を押し潰すように感じる。

ひかりは目を閉じ、必死に抵抗する。

「いや……いや……私は……ひかり……!」

しかし、りんは手を伸ばすことなく、影と光の波に包まれるだけで、ひかりの意思を徐々に押し流していく。

一瞬、二人の存在が融合する。

ひかりの心は震え、思考は溶け、時間は止まったかのように感じられる。

「これは……私……? それとも……」

答えは出ない。

ただ、りんの意思が確かに体を支配していることだけが、現実として存在した。

やがて、ひかりはゆっくりと目を開ける。

そこに映る瞳は、もうひかりのものではなかった。

冷たく光を宿す瞳――それはりんのものであり、同時にひかりの記憶と体を宿していた。

「今度は私の番」

鏡に映った笑みは、苦く、しかし誇らしげに輝く。

ひかりの声はもはや出ず、身体は静かに震えるだけ。

浴室には静寂が戻ったが、その沈黙は重く、圧迫感を伴っていた。

ひかりの身体の中で、二つの意識がゆっくりと絡み合い始める。

りんは支配者として立ち、ひかりは観察者として存在する。

恐怖と理解が同時に押し寄せ、夜の静けさが、全てを包み込む。

「……これから……どうなるの……?」

小さな声が空気に消える。

答えはない。

ただ、鏡の中のりんの微笑みだけが、今後の全てを物語っていた。


朝は、何事もなかったかのように訪れた。

浴室の鏡はひび一つなく、淡い朝日を静かに反射している。


外から見れば、すべては日常のままだった。


ひかりは家を出る。

足取りは落ち着き、表情は穏やかで、誰の目にも不自然には映らない。

挨拶をし、微笑み、言葉を返す――完璧に。


ただ、その瞳の奥に宿る冷たい光に、気づく者はいなかった。


意識の最深部で、ひかりは目を覚ましたまま存在している。

叫ぶことも、抗うこともなく、ただ見つめている。


りんは新しい器の中で、世界を味わっていた。

呼吸、鼓動、感触――すべてが確かで、確実な支配の証。


しかし、ひかりは消えてはいない。

沈黙の中で、機会を待っている。


鏡に映る完璧な微笑みが、静かに語りかける。


――物語は終わっていない。

ただ、語り手が変わっただけだ。

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