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山月記後日談

作者: 折口遥斗

高校の授業で山月記を読みました。その中で後日談を書くことにして投稿してみることにしました。初めて書いた小説なので上手くできたかは、分かりませんが見ていただけると嬉しいです。この話は、李徴の妻と子供たちが虎になった李徴を探しに行く物語です。


「すいません」

一人の男性が家の前に立っていた。

「はい。どうされましたか」

男は肩で息をしながら、玄関先に駆け込んできた。額には汗が滲み、目は何かを失った者のように虚ろだった。その顔には、言葉にできないほどの悲しみが刻まれており、まるで世界のすべてが彼を拒んだかのようだった。

「私は、袁傪というものです。こちら、李徴のご自宅で間違いありませんか?」

「はい。李徴の妻です。」

見覚えのない男だった。

「李徴とは旧知の仲で、長らく旅を共にしておりました。本日は、どうしてもお伝えしなければならないことがあり、こうして訪問いたしました。実は……李徴は、ある日を境に人の姿を失い、虎となってしまいました」

最初は、何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

「虎……?動物の、あの虎ですか?」

彼の言葉は、まるで夢の中の話のようだった。

「これは、まことの話です。ですが……どうか一つだけ、聞いてください」

袁傪は、しばし言葉を選ぶように沈黙した。

「李徴は、確かに人の姿を失いました。けれど、彼の魂は、まだ存在します。必ず、どこかであなたのことを見つめています。そう、あの夜、私に語ったように——」

その顔には、長い旅路と、言葉にできぬ哀しみの影が落ちていた。 袁傪は深く一礼し、重い足取りで門を後にした。

 私には双子の子供がいた。息子、優李と娘、瑠李。私は迷っていた。この子たちに、父が虎になったなどと、どう伝えればいいのか。

 しかし、伝えないまま五年がすぎた。

「お母さん、なんで私にはお父さんがいないの?」

十歳になった瑠李と優李が、夕暮れの静けさの中でぽつりと尋ねてきた。

私は、胸の奥が少し痛むのを感じた。あのことを話す時が、ついに来たのだと思った。少しだけ躊躇したけれど、この子たちならきっと、お父さんのことを受け入れてくれる。

「信じるか信じないかは、あなたたちに任せる。でも、聞いてほしいの」

二人は黙って私の顔を見つめていた。

「お父さんは……虎になったの。人間じゃなくなった。でも、まだどこかで生きている。虎として、あなたたちを見ているのよ」

「とら……?動物の?」

瑠李が目を丸くした。

「そう。虎。でも、心はお父さんのままなの」

その瞬間、子どもたちの瞳の色が変わった。 まるで、遠くにある何かを見つけたような、そんな光が宿っていた。私は思った。 

この子たちは、お父さんを見つけるつもりなのかもしれない。

 しかし、何の手掛かりがないままさらに五年が過ぎた。

夕食の時間だった。

「お母さん」

優李が箸を置いて、私の顔をまっすぐ見つめた。

「お父さんは……まだ生きているのだよね?」

私は一瞬、言葉に詰まったが、静かにうなずいた。

「うん。まだ、きっとどこかにいるはずよ」

優李は少しだけ目を伏せ、それから小さく息を吐いた。

「僕、お父さんに会いたい。……だから、お父さんを助けたい」

そう言って、立ち上がり、無言のまま部屋へ戻っていった。

「瑠李、一緒にお父さんを探しに行かない?」 優李が、ぽつりと声をかけた。

瑠李は、少し驚いたように顔を上げた。

「……私も、お父さんに会いたい」

「でも、もし見つかってもどうやってお父さんを人間に戻すの?薬とかがあればいいのに」

優李が眉を寄せると、瑠李はふっと微笑んだ。 「薬なら、私に任せて」

「薬、作れるの?」

「うん。少しずつ勉強している。……きっと何か方法がある」

優李は、妹の目を見つめた。そこには、かつて父が持っていたような強い光が宿っていた。

「頼めるか」

「任せて。一緒に会いに行こう。お父さんに——虎になったままじゃなくて、人間として、もう一度」

「でも、なんで薬なんて作れたの?」

優李の問いに、瑠李は少しだけ目を伏せてから、静かに語り始めた。

「ここだけの話だからね……私、実は前世の記憶があるの。その時、私は製薬開発者だったの」

優李は息をのんだ。瑠李の声は、遠い記憶をたどるように静かだった。

「その頃、一人の男の子がいてね。新型の病気にかかっていたの。私は必死に薬を作ろうとした。でも、間に合わなかった。その子は、何もできないまま……死んでしまったの」

瑠李の目に、涙はなかった。ただ、深い決意が宿っていた。

「だから、もう目の前で人を失いたくないの」

優李は、静かにうなずいた。

「僕も……前世がある。瑠李の前世は、僕の前世と似ている。僕は、医者だった。目の前の命を、何度も救えなかった。そのたびに、自分を責めた。僕も、瑠李と同じ気持ちだ。だから、前世の僕と瑠李の気持ちに、今こそ応えよう」

二人は、静かに目を合わせた。

「「絶対に——お父さんを」」

その言葉は、誓いだった。

兄妹は、過去と現在を越えて、父を救う旅へと歩み出す覚悟を決めた。

「お母さん、僕たち——お父さんを探しに行ってくる」

優李の声は、これまでに聞いたことのないほど真剣だった。その隣で瑠李も、静かにうなずいていた。

私は、言葉を失った。こんなに本気な姿の子どもたちを、今まで見たことがなかった。

「本気なのね……わかった。気をつけて、いってらっしゃい」

そう言ったものの、心の奥では迷いが渦巻いていた。この子たちだけで行かせていいのだろうか。もう、これ以上——大切な人を失いたくない。

「……私も、ついて行っていいかな?」

 優李と瑠李は、顔を見合わせてから、笑顔で答えた。

「もちろん。みんなで——お父さんに会いに行こう」

その瞬間、家の中に差し込む朝の光が、三人の影をひとつに重ねた。旅は始まる。それは、過去を越え、未来へとつながる旅だった。

 「明日の朝、出発しよう」

優李の声は、静かだけれど揺るぎなかった。

お父さんに会いに行く旅の始まりだ。

「お父さん、まだ生きているのかな?」

瑠李がぽつりとつぶやく。

「わからない。でも、生きているなら——必ず見つけたい」

優李の言葉に、母はそっとうなずいた。

しかし時間は過ぎ半年がたった。なかなか見つからなかった。

そんなある日だった。

「……あれ、虎だよね」

森の奥、月明かりの下に、静かに佇む虎の姿があった。私たちは息を呑んだ。心臓が耳元で爆ぜるように脈打ち、足が地面に縫い付けられたように動かない。しかしようやく訪れたチャンス。逃すわけにはいかない、その思いで走った。

「今しかない」

瑠李が薬の小瓶を取り出し、優李が虎に近づいた。

すぐに薬を打った。その時虎は硬直した。その瞬間、虎がゆっくりと倒れた。呼吸はなく、目も閉じていた。

「……死んだ、みたいだ」

私たちは言葉を失った。

「なんで……薬、効いてないのか」

優李が震える声で尋ねると、瑠李は静かに答えた。

「この薬はね、満月の夜にしか咲かないタイガーフラワーと—— それに、血液型が一致していて、血がつながっている人の血が必要なの。この薬に使ったのは、優李の血。つまり……お父さんにしか合わない薬なの」

優李はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

「じゃあ……この虎は、お父さんじゃない」

その言葉に、私は少しだけ——ほんの少しだけ、ほっとした。

虎に薬を打ったとき、何も起きなかった。 それは「お父さんではない」という証明だった。けれど、倒れた虎の目には、どこか人間のような悲しみが宿っていた。

もしかして——この虎も、かつて人間だったのではないか。

李徴だけではなく、志を持ちながらも報われず、心が歪み、獣となった者が他にもいたのかもしれない。

瑠李は、虎の亡骸にそっと手を合わせた。 「この人も、誰かにとって大切な人だったのかもしれない」

優李は黙ってうなずいた。

「今日で探し始めて一年か……」

少しずつ、「お父さんはいないのでは」という不安が心を蝕んでいた。

その時だった。

「うしろ、危ない!」

獣の叫び声。

振り返ると、巨大な虎が今にもこちらに跳びかかろうとしていた。

ドン!

不意に、銃声が森に響き渡った。

虎は、その場に崩れ落ちた。

瑠李が地面に倒れ込んでいた。その顔は苦痛に歪み、声にならない呻き声をあげていた。

突然の出来事に優李と私は体が固まった。そのあと、私が応急処置を施した。

幸いにも、傷は浅く、数日で回復した。だが、心の傷は深かった。

「誰だ?虎を撃った奴……」

優李は拳を握りしめた。

「そして、あの虎も……人間だったのか?」

瑠李は、静かに言った。

「お父さんは、私なんか襲ったりしない。だから、あれは違う」

五日後、三人は再び荷物をまとめた。

「行こう。まだ終わってない」

そう言って、僕たちはまた——お父さんを探す旅へと出かけた。

なかなか見つからず、月日は静かに流れた。 気づけば、旅を始めて三年が経っていた。

季節は秋。涼しい風が頬を撫でる朝の六時過ぎ。

私はふと目を覚まし、外を見た。山と山の間に、光を失った白い月が浮かんでいた。

「……残月だ」

その月は、まるで誰かの記憶を映す鏡のようだった。

「お父さんも、どこかでこの月を見ているのかな」

私は、そっとつぶやいた。

「見ているなら——出てきてよ。また、会いたいな」

その瞬間だった。木々の間から、静かに一匹の虎が姿を現した。

「と、虎だ……!」

私は叫びながら、まだ眠っていた優李と瑠李を揺り起こした。三人で外へ飛び出すと、虎がこちらへ向かってくるのが見えた。その足取りは重く、確かに僕たちを狙っているように思えた。

「もうダメ……」

私は思わず目を閉じた。

しかし、次の瞬間――何も起こらなかった。

恐る恐る目を開けると、虎はすぐ目の前に立ち止まり、私たちを見つめていた。その瞳には、怒りでも飢えでもない、どこか人間らしい感情が宿っていた。

嬉しさと悲しみが入り混じったような、複雑な表情だった。これはお父さんだと三人は確信していた。

「お父さんだよね……やっと会えた」

瑠李は、震える手で自ら作った薬を虎に打った。その瞬間、虎の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「優李……見つけに来てくれたのだね。ありがとう」

虎――いや、李徴の声は、かすれていたが確かに人のものだった。

「お父さんなの?やっと会えた……嬉しいよ」 瑠李の目にも涙が浮かんでいた。

虎は三人を見つめ、優しく微笑んだ。

「瑠李、大きくなったな……俺は、三人に会えて本当に嬉しいよ」

「私も会えて嬉しいよ!」

瑠李は笑顔で答えた。

「この薬、私が作ったんだよ」

こんな幸せな日が来るなんて――誰が想像できただろう。

「やっと会えた……ずっと、ずっと心配してたんだから」

私は声を震わせながら、李徴の前に駆け寄った。その瞬間、感情が一気にあふれ出し、足元がふらついた。嬉しさのあまり、私はその場にへたり込んでしまった。

「今まで、子どもたちを見守ってくれてありがとう。俺も……会えて、本当に嬉しいよ」 父が微笑んだ。——それは、私たちが初めて見る、穏やかな笑顔だった。長い旅路の果てにようやく辿り着いた、かけがえのない時間。 その瞬間、世界が優しさに包まれたように感じた。

しかし——幸せな時間は、長くは続かなかった。

ドン!

銃声が森に響き渡った。父の身体が、大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。

「お父さん!」

私は駆け寄り、震える手で父の胸に触れた。 血が、止めどなく流れていた。

「出血がひどい……腹部からの出血……これは、腹部大動脈損傷か……くそ……何もできない……」

時間だけが、無情に過ぎていった。

「優李、瑠李……見つけに来てくれて、ありがとう。久しぶりに会えて、本当に嬉しかったよ」

父の声は穏やかで、どこか懐かしさを帯びていた。

「将来、君たちは何をするのかな?どんな道を選んでもいい。なにをするにせよ、元気に、幸せに過ごしてほしい。そして——ちゃんと、お母さんを守ってあげてくれ」

その言葉を聞いた瞬間、私ははっきりと悟った。お父さんは、ずっと生きていた。姿は見えなくても、心は私たちのそばにあった。 ずっと、ずっと——私たちを見守ってくれていたのだ。

「お父さん……もし死んでも、ずっと僕たちのことを見ていてね」

優李は、涙をこらえながらそう言った。

そのとき、少しずつ——本当の別れが近づいていることを、私は実感した。そして同時に、自分がまだあまりにも無力であることも、痛いほど感じていた。

少しずつ、父の呼吸が浅く、弱くなっていっているのがわかる。

「……一緒にいてやれなくて、ごめんな」

父は、かすれた声で言った。

「これからも……子どもたちのことを、頼む。ずっと、ずっと……大好きだったよ」

そう言って、父は最後の力を振り絞るように、優李の頭をそっと撫でてくれた。その手のぬくもりが、心に深く染み込んでいく。

きっと、これが別れなのだ。最後に撫でてくれたから。だから、わかる。もう、会えないのだと。でも——幸せだった。父に会えて、言葉を交わせて、触れられて。それだけで、十分だった。

「僕たちの名前……お父さんが考えてくれたのだよね。『李』って字を、ちゃんと受け継いでいる。だから、僕たち、これからも頑張るよ。お父さんの気持ちに、応えられるように」

……そのとき、父の呼吸が止まった。静かに、穏やかに、まるで眠るように。

お父さんは——逝った。

その時、東の空が淡く染まり、朝日が昇りはじめた。

僕は思わず、目を閉じた。

「お前は何もできなかった。また、大切な人を失った。この先も、何もせず、ただ生きていくのか?」

誰かの声が、頭の奥で響いた。それは他人の声ではなく——過去の僕自身の心の叫びだった。

「……そうだ。僕はまた、人を救えなかった」

優李は、静かに呟いた。

次に目を開けたとき、一匹の虎が血を流し、倒れていた。その姿は、あまりにも静かで、あまりにも悲しかった。

「さっきまでのは何……幻想だったのか。お父さんの魂が……?」

でも——この虎は、絶対にお父さんだ。僕の心が、そう確信していた。

「やっぱり……生きていたんだ」

僕は、思わずその場に泣き崩れた。

悲しみが胸を締めつける。父を救えなかった自分への悔しさが心の中に残った。

「帰ろうか」

短い時間だったけれど——お父さんに会えて、本当に幸せだった。

それから僕たちは、毎朝早起きして、月の入りを見つめるようになった。月が沈むその瞬間、どこかで父の気配を感じる気がしたからだ。

そんなある日のことだった。

「優李君……だよね?」

見知らぬ男が声をかけてきた。

「僕は袁傪。君のお父さんが虎になる前まで、ずっと一緒に旅をしていた者だ」

僕たちは驚きながらも、静かに耳を傾けた。 それから、父の話を——飽きるまで、いや、飽きることなく、聞き続けた。




今回は読んでいただきありがとうございます。前書きでも言いましたが初めて書くので自信はありません。けどこれからもオリジナル作品を出して行きたいと思っています。また投稿するので読んでいただけると嬉しいです。

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