勝手に押し付けられた婚約者が既婚者で、しかも五ヶ月限定の貸与契約でした
「アリシア、我が家の未来はお前にかかっている」
父の声は震えていた。
身に覚えのないとある嫌疑から、爵位が返上されそうなのだという。
アリシアは行き遅れ令嬢だ。
年頃になっても地味な見た目のせいで嫁としての貰い手がなかった。
そこへ、隣国のとある侯爵の息子へ経済支援をする代わりに、爵位保持に口添えをするという契約が持ち込まれた。
隣国の使者が提示した条件は、想像を絶するものだった。
“隣国の貴族と婚約を結ぶこと”
その代わりに、侯爵家の爵位保持に口添えをしてもらえるという。
現れた青年、ルシオンは優雅で、どこか憂いを帯びていた。
「どうかよろしく」
その微笑みだけで、アリシアは救われた気がした。
彼は優しかった。
散歩を共にし、手紙を残し、まるで本物の恋人のように。
――けれど、五ヶ月目の夜。
春の月が満ちた晩、ルシオンは告げた。
「そろそろ約束の期日だ。借金は返済された」
アリシアは微笑みながら彼を見上げた。
「……終わり、ということ?」
ルシオンは軽く笑った。
「そうだ。君の血筋を“借りた”だけだ。子ができていれば、それは王家の系譜の一部として引き取られる。君は……必要ない」
世界が、音を立てて崩れた。
愛と思っていたものが、ただの取引だった。
彼の優しさも、笑顔も、指先の温度も――すべてが、買われた時間だった。
静かに、アリシアは言った。
「あなたは、あの夜に言ったわ。“私を愛している”と」
「演技だよ。君は本当に純粋で、助かった。君は未婚なのに、不貞行為として社交界から爪弾きにされる…妻もこれで借金が返せると大喜びだ」
ルシオンはアリシアを突き飛ばして出ていく。
寝室を出ていく姿を見届け、アリシアは泣いた。
翌週。
ルシオンは自邸の夫婦のベットで目を覚ました。
金も手に入ったし、不貞の罪はすべてアリシアに被せて社交界に噂を流しておいた。
他の不倫と賭け事で作った借金も、夫婦のための自由な金も手に入ったし、これで完璧だ。
そこへ、朝一番の新聞が配達される音がする。
まもなく家礼がドアをノックし、朝一番のお茶と新聞を二人の寝室に 運んでくる。
次の瞬間、杯が床に落ちる音が響く。
ルシオンの顔から血の気が引いた。
「……なにを」
ルシアンは目を見開いた。
「ある貴族令嬢の告白……『ある男性貴族が婚約と詐称し、既婚者にもかかわらず性的関係を未婚の私に強要した、その妻もこの関係を強要した』
『5ヶ月の間、何度も教会で愛を宣誓するようお願いしたがその度に睡眠薬で眠らされて無理やり犯された』
『つまり、結婚という約束を履行しなかったあなたは性犯罪者です』」
そこには目線入りで、ルシアンの顔写真が掲載されている。
あれ程の醜聞がすべて告発という形で記事になっていた。アリシアもルシアンも仮名にされているが、社交界の人間が見ればすぐにわかる内容だ。
「顔写真、あんなものしかなかったけど良かったかしら…?」
アリシアは自室で新聞を手に取り、眺めていた。
「一面記事ではないけれど、あなたが自分の思うがままに金を私の親から強請り、私の純情を弄んだから……」
アリシアは短い期間だが、ルシアンのことが好きになれると思っていた。だが、ルシアンは一度もアリシアに茶会へ誘ったり、夜に夫婦生活と称して睡眠薬を飲ませ、暴行する以外に恋人らしいことをすることはなかった。
「あれが【夫婦】だと信じ込まされていた私は、愚かだったわ。だってまだ、恋も何も知らないのだもの」
アリシアがルシアンの愛人として生きる以外の道を与えないために、あんな真似をされたのだ。
父も当然怒っていた。
貴族との結婚が無理なら、庭師でもいい。
アリシアは何も期待しなくなったが、ただ愛をくれる人をこれからは探したいと願った。




