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「第八話」命懸けの姉妹喧嘩②

 「──っぅ!!!」


 反射的に懐に手を突っ込み最初に掴んだものを投げた。それは護身用に携帯していた小刀だった……バチィ! 放り投げたそれが避雷針となり、私はどうにか雷の直撃を免れた。


 「まぁ、姉貴ならこれぐらい余裕か」

 「なに考えてんのよアンタ!!」


 本気だった。本気の本気、脅しでもなんでも無くマジで殺しに来ていた。

 そのあまりにも冷静すぎる口調に、なんで? とか、怒りとかよりも今の私の中では、もうなにがなんだか分からなくて叫びだすしかなかった。


 「同じ事言わせんじゃねぇよ。母ちゃんは巫女として死んだ、姉貴は母ちゃんにそっくりだ……だからこのままだと死ぬんだよ。巫女として、誰かの幸せのために」

 「意味がわかんないっつってんのよ!!! お母さんも巫女も……ってか、なんで私が死ぬ前提で話進めてんのよ!!!」

 「だって、アタシのこと助けてくれたじゃん」


 自分の声でかき消せそうなほどの声だった。

 しかしそれは私の叫びを貫き、ただ静かに自問自答を促してきた。


 「命懸けで、捨て身で、自分にできることぜーんぶやり切る。ああ、嬉しかったよ。でもさ、アタシはそれ以上にやっぱり、怖かった」

 「ライカ、あんた」

 「巫女に一番求められているものを、姉貴は十分すぎるほど持ってる」


 バチィ! 再び彼女の周囲を、眩い光が迸る。


 「だからこそアタシは、あんたを巫女になんてさせちゃいけねぇんだよ!!!!!」


 放たれる雷撃。乱れた心を取り繕う暇もなく、私はふらついた足と心のままに走った。


 (あいつ、私の足ばっかり……!)


 人間の出せる速度を遥かに超えた雷撃が、一発目、二発目以降と何故こんなにも当たらないのか……それが私自身の力によるものだと自惚れるほど、私はバカではない。

 アイツはご丁寧にも、私を”殺す”のではなく”動けなくする”ことを狙っているようだった。足ばかり狙うのは、それが駄目になればもう巫女になんてなれない、諦めるだろうと考えたうえでの作戦なのだろう。


 「やめてよライカ!!!」

 「巫女やめるってんなら今すぐにでもやめてやらぁ!!!」


 全く聞く耳をもってくれない。雷撃の勢いはどんどんと増していき、ところどころ服を掠めて焼けている。身体に直撃なんてしたら、重症はまず避けられない。


 どうすればいい。

 この雷の猛攻を封じたうえで、ライカと落ち着いた話ができる状況を作るには。


 ──じゃ、じゃあ……このおかゆを”あーん”ってしてほしいんです!


 (あっ)


 思い、ついた。

 いやいや、いやいやいやいやおかしい。こんなモノが通るわけがない、様子見で雷を打たれればそれでおしまいじゃないかこんなモノ。


 「オラァ!!!」

 (──もう、これしかない!!)


 放たれる雷撃。足元に直撃、浮遊感を覚えながら宙を舞ったところで、私はもう決断を下すしかなかった。

 受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられた私は、動かなかった……っていうか動けなかった。──じゃり、じゃり。ライカが小石を踏みしめながら、私の手が届くほどの位置に立った。


 「悪ぃな。でもやっぱ、姉貴には死んでほしくな────っぅ!?!?」

 「つっかまえたぁああああああああああああ!!!!」


 秘技! 死んだふりからの最速脱力抱擁攻撃!!!!!

 それが生み出したのは一瞬の隙で、まともな戦闘ではまずなんの意味もないような時間だった。──だが、作り出せたぞ。完全に密着したこの状態を!!!


 「テメェっ……こらっ、離しやがれ!!!」

 「はぁ!? 照れてんの!? ケチケチすんじゃないわよぜぇぇったいに離してやんないんだから!」


 この状況で雷を使おうものなら、私だけではなくライカをも巻き込んでの攻撃になる。加えてこの状況では狙いが定まらず、私の足だけを狙うことはできまい。我ながら完璧で、しょうもなくて情けない作戦である。


 「テメェ真面目にやってんのか!? 離せ! 離せって!!!」

 「大真面目に決まってんでしょブツわよ!? なーにが”姉貴には死んでほしくない”よ! この前殺されかけた挙げ句私に助けられたあんたに言われても説得力ないわね!!!」

 「うぐっ!? あ、アレは不意打ちだったからだよ! アタシはな、目に見えてできないって分かってるくせにわざわざ死にに行こうとするのを止めたガアッ!?!?」

 「ナメんじゃねぇ──っ!!」


 抱きついた状態から海老反りからの、頭突き! 皮越しに骨と骨が当たる音が響き、ライカはふらついてそのまま地面に倒れ込む。


 「ぁ、がぁ……テメ、マジでいいかげぇゲフッ!?」

 「目に見えてるってなんだ! 分かったような口聞くんじゃないわよ!!!」 


 馬乗りになり、胸ぐらを思いっきり掴む。頭に血が昇っていることを自覚しながらも、私は私自身を律すること無く吹き出る想いをぶつけた。


 「周りから散々言われたわよそんなこと! 霊力無くて頭も悪い私が、巫女になれるわけがないって! 馬鹿にされたし、笑われたし……だから、だからっ……」


 ああもう、クソ。

 煮立っていた怒りが目元から吹き出る。


 「どうして……」


 火加減を間違えてしまった。

 もう、これは止まらない。


 「どうして、アンタたちは応援してくれないのよ……」


 滅茶苦茶言われた。気が狂ったのかと嗤われた。 

 だからこそ、身内だけにはしっかりと応援してほしかった。頑張れの一言だけでもあれば、多分私はもっともっと頑張ることができる……だが現実に投げつけられた言葉は、やめろやめろと応援どころか真逆の言葉ばかり。

 

 有象無象の戯言なんて、今更無視すれば済む話だ。

 でも流石に、ここまで露骨に”やめろ”と示されてしまっては、辛いんだよ。


 「違う!」


 胸ぐらを掴んでいたはずが、胸ぐらをつかみ返される。


 「違うよ、そうじゃない。姉貴には無理だとかそういうんじゃない!」

 

 涙でぼやけた視界の向こうはよく見えなかったが、胸ぐらをつかむ腕が震えていたので、察するには十分だった。


 「なれるよ、姉貴は巫女になれるよなれちまうんだよ! だから駄目なんだよ、あんたはきっと母ちゃんみたいな巫女になっちまう! アタシ達を助けるために死んだ母ちゃんみたいに!!!」

 「──っ」


 目の前で叫ぶこの子が、駄々をこねる子供のように見えた。


 ああ、そうだ。お母さんは、天道アメノは巫女としての役目を全うして殉死した。

 最後のお勤めは人助けだった。なんてことはない、いつもと同じ……ただ助けた相手が自分の愛娘たちであり、まだ駆け出しの見習い巫女だったのだ。


 想定外の強さを持った祟神と遭遇してしまったフウカ、ライカ、そして私を逃がすために、お母さんは一人で祟神と戦って足止めをして……そして、消えた。嵐が過ぎ去った翌日に親父が一人で確認しにいくと、そこには両者が相打ちになったであろう痕跡があったとのことだった。


 「怖いよ……」

 

 胸ぐらから手を離し、両手で目元を覆う。


 「いなくならないでよ……」


 年相応の女の子が泣いている。行かないで、一人にしないでと駄々をこねている。

 傷の深さは同じだと思っていた。この子も、私やフウカと同じ覚悟を心に決め、そのうえで日々を生きているのだと、勝手にも決めつけてしまっていた。


 だが実際には、彼女はひどく怯えていたのだ。

 いつ自分が、家族が、あの日の母がしたのと同じような選択の果てに消えてしまうんじゃないかと。


 「……私だって、怖いよ」

 

 涙を拭う彼女の指と指の間から、鋭い眼光が向けられる。”じゃあどうして”と問い詰めるような圧が、剥き出しの感情と一緒に。


 「ライカやフウカが死ぬのは怖いし、私自身が死ぬのも怖い。今まで散々巫女になりたいなりたいって言ってきたけどさ、まぁ……確かに、あの日のことを思い出すと、ちょっと迷う時もあるよ」

 

 でもね。そう言って、私は少し言葉を選んでから、ちょっと大人気ないことを言った。


 「憧れちゃったから、諦められないんだよね」

 「……なんだよそれ」


 潰れたような声で蹲るライカ。

 私は本当に大人げないことをしたと思う。こんなあからさまな図星を突いてしまえば、それに気づいてしまった彼女はもうなにも反論することなんてできないじゃないか。


 憧れたから、その背中に追いつけるように手を伸ばす。

 自覚してようがそうでなかろうが、私たち三人はそうでしかなかったじゃないか。


 「なんだよ、それ」

 「……ごめんね」


 死ぬのも、死なれるのも怖い。

 それでも憧れてしまった私は、開き直ってこう言うしかなかった。


 「なるべく死なないように頑張るからさ。まぁ、許してよ」

 

 ここで抱きしめてくるのは卑怯だろ。

 言葉ではなく更に強い抱擁でそう訴えかけてくるライカに私は、そうだね、と。撫でるように優しい抱擁を続けるしかなかった。


 「死んだら、ぶっ殺してやる」

 「うん」


 フウカの体調が良くなったら、お母さんのお墓参りに行こう。

 ちゃんとみんなで、家族全員揃った状態で。

 

 いい加減、傷に向き合おう。

 ライカを、大切な妹をなだめながら……そう思った。




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