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「第六話」神威代行

 既に再生を終えた【山神】の周囲を飛び交う侍が一人。

 刀一本を握りしめ、己の身一つで神に抗う強者がいた。


 「親父!」

 「っ、ヒナタか!」


 こちらに気づいた親父は安堵したような、しかしすぐに険しい顔に戻る。背後に迫る木の根を斬撃で振り払ってから、カゲルに並ぶように飛んでくる。


 「この祟神はなにかがおかしい……私達程度ではどうすることもできん! フウカを連れて逃げろ、ここは私がどうにか……」

 「待って! 分かったの、コイツを倒す方法! だから協力してほしいの!」

 「たわけたことを言うな! こうなってしまった以上、お前たちだけでも……」


 言いかけて、親父は【山神】を見て歯噛みした。

 そうだ。逃げ場なんて、とっくに無くなっているのだから。


 「フウカもカゲルも、私だってまだ諦めてないから」

 「……手短に話せ」


 頷き、私は事の経緯と大逸れた作戦の内容を伝えた。


 「……成程、確かにそれならこの出鱈目な再生や”権能”の規模にも納得がいく。だが……できるのか? あの巨体を、フウカ一人で空に打ち上げるなど……」

 「そのために私たちが頑張るの! 削れるだけアイツの身体を削って、できるだけ軽くするの! ……それに、ほら」

 

 この期に及んで少し恥ずかしくなる。でも、それでも言う。


 「あの子はアンタの娘で、私の自慢の妹で……お母さんの娘なんだから」


 才能でも、契約した神の力でもない。

 私があの子を信じる根拠は、たったそれだけだ。


 「……そうだな」


 親父の笑みは絡んだ糸がほぐれたような、そんな柔らかな笑みだった。

 

 「ならば、私たちも報いねばなるまい」


 握りしめた刀を再度構え、先行して空を蹴り飛ばし前進する!


 「私は右腕を斬る! お前たちは左をやれ!」

 「──うん! カゲル、行くわよ!」

 「ああ!」


 二手に分かれ、親父は右の方の方へと上昇していき、私たちは木の根を掻い潜りながら左肩の方へと向かう。──空を裂く音。視線を移すとそこには、巨体から繰り出される大質量の拳が迫っていた。


 「【天喰】ッッ!!!」

 

 それを真正面から受け止めるのは圧縮された黒炎。私を抱えながらの片腕で放つ一撃ではあったが、それは直撃までの時間を僅かに稼ぐ。

 その隙に急上昇。拳はなにを殴ることもなく、虚しく空を切った。──そして大振りな攻撃の直後に生まれた大きな隙を、研ぎ澄まされた剣閃は見逃さなかった。


 「──お父さん!!!」

 

 空を蹴りながら駆け上がる姿が一つ。上段の構えを取りながら、しかし飛びかかるように海老反った姿勢のまま……回転! 一回転、二と三回転、四と五と六……遠心力を以て回る刃は、そのまま伸び切った肘の裏辺りに突っ込んだ!


 「【独楽嵐】ッッ!!!」


 斬るというよりは削る。肉を裂き骨を削りながらも増していく刃の回転は、そのまま【山神】の腕を斬り落とすにまで至った。再生しようとするが、傷口があまりにも荒くグチャグチャに潰れていたため遅い。


 殺るなら今だ。


 「もう片方もやるよ!」

 「わーってる!」


 苦し紛れに迫る木の根を焼き、振り払いながら、私たちはとうとう【山神】の反対側の肩の真上へと躍り出る。ぼうっ、カゲルの片足に黒炎が収束していき、広がり、包まれ、空は歪み炎は淡く光る! 


 「【漆哭星】ッッ!!!」


 天から地へ、神を叩き落とす黒い流星が放たれる。いとも容易く肩を貫いたその直後、傷口が黒い炎に苛まれ、広がり続け……やがて、再生しようとする【山神】の身体全体を燃やし始めたのだ。


 カゲルはそのまま地面に着地する。


 「これで暫くは再生できねぇ! 両腕も落とした、あとは……」

 

 燃え盛る【山神】から、吹き荒れる風の中心に佇む一人の巫女を見据える。私でもわかるぐらいの莫大な霊力が、行使されている【風神】の”権能”が、彼女を中心に集まってきているのだ。


 「フウカ……」

 「呆けんなよ。アイツがやることやったら、次は俺たちの番なんだ」

 「……うん」

 

 そう言ってカゲルは空へと躍り出る。私は彼に抱きかかえられながら、爆風の中心にいるフウカから目が離せなかった。


 分かってる。分かっているのだが、なんだろうこの胸騒ぎ。

 彼女が才能に溢れた巫女だということも、契約した神の力がとんでもないことも知っている。だからあそこに渦を巻いている力の奔流の規模が大きいのは当然であり、なんらおかしなところはない。


 「──神威代行」


 それでも私は、あの覚悟の決まった顔から目が離せなかった。


 「畏み、畏み申す」


 フウカの声色が透明になる。それは歌声のようで、もしくは彼女自身が楽器として奏でる音色と言うべきかもしれない。


 「我、神の御使なり。今、神託に基づきその神威を代行する」


 宣言と同時に風の流れが変わる。周囲の風向きは一斉にフウカの方へ向き、それは彼女が天に掲げた掌の上で球状に……不可視ながらも”視える”ほどの密度と威力を以て集積されていく。


 彼女が今まさに操っている力は神そのものと言っても差し支えなかった。それもそのはず、今の彼女は神そのものへと変化……いいや神化を遂げているのだ。

 神威と呼ばれる神の神格を象徴する最上位の”権能”。それを一時的に借り受けることにより、巫女のその身を一時的に神と同等の存在へと昇華する。

 本来ならば神が下すべき神罰を代行する。──それ即ち代行。フウカは、神の代行者としてその力を奮っているのだ。


 「空を裂き、地を抉り、吹き荒ぶ星の息吹、神の御心は此処に在り」


 風の支配者、いいや代行者はそれに大量の霊力を注ぎ込む。膨張する力の塊は、勢いよく振りかぶり……そして、葬るべき敵に向けて放たれた。


 「──【壊嵐】」

 

 激流、いいや風の龍! 視えぬ軌道を描きながら【山神】の方へと突っ込んでいく生きた大竜巻は、いとも容易く【山神】の巨体を丸呑みにし、そのまま天空へと突き上げたのだ!

 

 「──へぇ、やるじゃねぇかあの巫女。うっし、じゃああとは俺らが決めるだけだ!」

 「う、うん!」


 目の前で見せつけられた妹の絶技は凄まじかった。あれほどの神威をその身に宿し、そして完璧に制御しながらやり遂げたのだから、誇るべきだった。

 誇るべきなのだが、私は見てしまった。


 (え……?)


 風の代行者、いいや今やその役目を終えた巫女の周りに風が吹いていないということ。

 そして無風を、凪を覚えた次の瞬間、彼女は頭から地へと堕ち始めたのだ。


 「──ぁ」


 親父。いいや、無理だ。あの人はフウカの一撃に他の巫女が巻き込まれないため避難させているはずだ。近くにはいない、間に合わない。


 カゲルはもう大技の準備をしている。これを取りやめさせたところで間に合うわけもないし、なにより……この機を逃せば【山神】は倒せない。


 そうだ、考えてみればそうじゃないか。

 あんな規模の神威を行使しておいて、器である巫女が耐えられるわけがない。霊力は底をつき、空中に留まることすらできずに落ちるのは必然だろう。


 そしてそれを、当の本人であるフウカが事前に知らなかったなんてことは有り得ない。

 覚悟の上でアレをやった。


 「ざっけん、なっ……クソ妹ぉ!!!!」

 「はぁっ!?」


 カゲルを蹴っ飛ばすように振り払い、一人空中へと躍り出る。


 「テメェ……!」

 「来ないで! 私は大丈夫だから、アイツを仕留めて!!!」


 歯噛みしたようなカゲルの顔に背を向け、私はフウカの方へ向き合う。大丈夫だ、アイツならきっと全部どうにかしてくれる。


 (だから私は、私がやるべきことをやるんだ!)

 「フウカ!!!」


 ジタバタと藻掻くように手足を動かす。一歩でも、一秒でも早くあの子のほうへ。

 無様? 滑稽? 知るか、こっちはそんなこといくらでも言われてきたんだっつーの!


 「っ!」

  

 フウカの袖を掴み、ぐったりとした彼女の身体を引き寄せる。やっぱり気絶している、顔色も悪い。……でも、まだ生きてる。

 それでも安堵はできない。地面がどんどん近づいていく……このままでは落下死は免れない。生き残るためには、私も親父のように【空舞】を決めるしかない。


 やれるのか、私が。

 霊力を上手く扱えない私が、基礎の基礎をすっ飛ばして【空舞】なんていう絶技を使えるのか?


 「わた、しは」


 知るか、そんなの。

 迷う暇があるならやれ。だって、私はこの子の。

  

 「お姉ちゃんなんだぁぁあああああああ!!」


 足に力を、詰め込めるだけの霊力を込めて【空舞】を放つ。地面ギリギリ、威力も不十分で不完全。しかしそれは、落下時の衝撃を即死から超痛いぐらいに済ませるには十分だった。

 

 痛い、超痛い。よし、生きてる。


 「……へ、へへっ」


 背中からフウカを庇って落ちたからか、体全体が痛いし頭がぐわんぐわんする。

 でもどうだ、やってやったよ。私めっちゃ頑張ったよ、できないなりに命かけて頑張ってみたよ。どうだいこんにゃろ、私だって”できる”お姉ちゃんなんだぞ。


 「……さぁ、私はやることやったわよ」


 ヘトヘトになりながら見上げる、青い空。


 「次はアンタよ」


 そこに浮かぶ二つの太陽。──その内、黒く輝く太陽。いいやそれと見紛うほどの黒い炎獄を放つ一柱の神が、苛立った舌打ちをしたのが見えた。


 「テメェみたいな自分勝手で、命知らずな人間は初めてだ」


 身体から放たれる黒炎は練り上げられ、彼の掌に一気に収束していく。それは遠目からでもこれまでの技とは比較にならないほどの火力、神としての気迫……祟神としての穢れが霞むほどに、その力は凄まじかった。


 「だがまぁ、その無謀な勇敢さには……一応敬意を払っといてやるよ」


 片手に収まりきらない炎は、もう片腕によって拗られ、引き伸ばされ……それは丁度細長く鋭い槍のような形に収まった。あまりにも禍々しく、駄目なのに惹かれてしまう神々しさ。


 「──【煉霆】」


 黒い炎の槍は放たれる。静かに空を裂き、漆黒の軌道を描きながら……空へと放り出されていた【山神】の巨体を貫こうと迫る。

 最後の足掻きとでも言おうか、大地から巨木を呼び起こし盾とする……が、全ては無駄なこと。最早直接触れずとも焼き焦がされた巨木を貫き、その肉体に着弾し、そして。

 

 「くたばれ、三下」


 ……そして、蒼空が闇に一瞬塗り替えられ、【山神】の巨体が黒い煉獄に葬られた。

 闇が晴れる頃には、黒炎を帯びた燃え滓だけが舞い落ちていた。

 

  


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