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「第四話」勝つよ


 黒い流星に吹き飛ばされた【山神】の頭部から、黒い煉獄が湧き出てくる。

 空中に吹き荒ぶ風にあおられながら、祟神と成り果てた巨体が黒炎によって蝕まれ、焦がされていく。


 「……はぁ?」


 そう、私は勝利を確信していた。

 焼けた側から再生する【山神】の巨体を見るまでは。


 「まぁ、そう簡単にはいかねぇよな」

 「……ちょっと!? アンタ手ぇ抜いたでしょ!?」


 信じがたい、っていうかどうやって信じればいいかわからない。思わず私を抱えているカゲルの服を掴んで喚くものの、返答は至って冷静だった。

 

 「だったら良かったんだけどな。まぁアレだろ、”攻撃自体は効いてるけどそれを上回るで速度でデタラメに回復されてるから結果的に……”ってとこじゃねぇか?」

 

 サラッと言ってくれるが、私にしてみれば血の気が引くような考察だった。

 もしもこいつの言うことが当たっているのであれば、眼の前にいる巨神は”あの”カゲルの攻撃でさえ効かないことになる。


 「まぁいいか、それよりも……」

 「……えっ? うわぁああああ!?」


 急に加速、揺さぶられる脳と視界。

 上下左右の感覚が麻痺してきたところで、視界の端に奇妙なものが見える……それは、ぐにゃぐにゃとした長い木の根のようなものだった。


 「なにあれ!?」

 「【山神】の”権能”だ! 地中の植物を操って攻撃してきてる、当たったらまぁ致命傷だから腹括れ!」

 「わぁああああああああああ!!!!」

 

 視界ぐるんぐるん、平衡感覚グッチャグチャ。

 端々に見える木の根とそれを燃やす黒い炎。


 「【塵旋風】ッ!」


 烈風。迫りくる木の根を吹き飛ばす一迅の風。

 かろうじて目を開けると、そこには風を従えた巫女がいた。


 「姉さま!」


 フウカだった。ああそうだ、あの子も親父もここに来ているんだった。

 とりあえず無事で良かった。──向けられる怯えたような、歯噛みするような目線。


 「祟神……!?」

 「あっ、えっと。……私が頼んだの! 一緒に、戦ってほしいって」

 「は、はぁ? なんでそんなことを……」

 「私だって巫女としての勤めを果たしたいの!!!」


 駄々をこねる子供みたいな私を見てフウカは驚き、なにか言おうとして目を逸らし、瞼を閉じて……それから再び開き、私の方を見てきた。


 「駄目です。認められません」

 「っ……」


 どうすればいい、どうすれば、一時的にでもこの子を納得させられる!? 

 【山神】を倒すためにはカゲルの力が絶対に必要だ……考えろ、考えろ。


 (──あ)


 い、いけるか?

 これでいけるか? いいや、もうこれぐらいしか方法がない……一か八かだ!


 「とにかく、その祟神との契約は断じて認められません。だから──」

 「おっ、お団子っ!」

 「えっ?」

 

 押し切れ! 私!


 「かっ、カゲルとの契約を認めてくれないならっ、もうフウカのためにお団子作ってあげないからっっ!!!」

 「……!?」

 「なぁ、お前やっぱバカだr

 「カゲルは黙ってて!!!」

 

 威圧。その気迫をそのままに、フウカを睨みつける。


 「なっ、なにを……なにをっ、恐ろしいことをっ!?」

 「そんな泣きそうな目で見てきてもムダよ! 私本気だから、さぁ返事を聞かせて頂戴!!!」

 「……わっ、わかりましたよ! 許しますっ! 許しますからそれだけはやめてくださいっ!」

 「っしゃあ!!!」

 

 思わず声を上げる。やったぜ。


 「……なぁ、もしかしてお前の家族ってみんな”こう”なのか?」

 「ええそうよ! みーんな私の作るお団子が大好きなのよ!」

 「あっ、ふーん」

 「あ、疑ってるわね? いいわ、アンタにも帰ったら作ってあげるわ!」

 「あーはいはい、ありがと……なっ!」


 ぎゅるん、いきなりぶん回される視界。端々に映る木の根の攻撃。

 その勢い、物量は先程とは比べ物にならないほどに殺意を増しており、黒炎を放ちながらカゲルは舌を打った。


 「頭吹き飛ばされた後でコレか……おい風巫女! アレのカラクリを解かねぇとジリ貧で負けるぞ!!」

 「うるっさいですね今考えてるところですっ!」


 燃やしても吹き飛ばしても地上から迫ってくる木の根の攻撃。

 そのうち一本が、カゲルの黒炎の壁をすり抜けて目の前に迫る。

 

 (やばっ──)


 唐突に迫る死。カゲルの拳も、黒炎も間に合わない。

 根が私の首を締めようと、あるいはしなる鞭のように頭蓋を砕こうと、迫る。


 ──キィン。

 迫ったところで、それは急に勢いを失って地上に落ちていった。


 「──助かったぁ!!」

 

 死ぬかと思った、終わったと思った。

 いや、なんで急に止まったんだ? 攻撃をやめたというよりは、なんというか急に元気がなくなったというか……なんだ?


 「間一髪だったな」

 「あっ、アンタねぇ……!」

 「悪い悪い。ってか、あの斬撃を飛ばしたの、お前の親父さんじゃねぇか?」

 「えっ?」

 

 ほぼ反射的に、私は視線を地上に向ける。

 そこには。


 「ヒィィイイナァアアアタァアアアアア!!!!!!!!!」


 鳥にしては大きすぎる、強すぎる。あれはなんだ、神か!? 

 いいやアレは! 空を踏んで跳躍する、屈強なる侍親父だ!!!!!


 「おっ、親父ィ!?」

 「チェェェェえいッ!!!!」


 声を上げながら上段の構え。突っ込んでくる親父は、そのままカゲルの脳天へと刃をぎゅるんと振り下ろす……無論、カゲルはそれを難なく避ける。


 「おのれ……おのれ祟神……!」

 

 足をボンッ! ボンッ! と鳴らしながら当たり前のように滞空している親父。

 まぁ、霊力を使ってはいるとは思う。でも親父の霊力の量は一般的な巫女よりはやや劣るはずだ。ということは、この人は足りない霊力を持ち前の筋肉や身体性能で補っているのだろう。


 (うげぇ……ちょっとだけの霊力で【空舞】? アレって確か相当な霊力がないとできなかったよね……えぇ……?)


 乾いた笑いが出てくる。

 やっぱ、この人もバケモンだ。

 

 「ヒナタ! 何故お前がここにいる!?」

 「えっ。……そっ、そりゃあもちろん巫女としての役目を果たすために……」

 「馬鹿者が! 貴様ごときが来たところで何ができる!? 死にたくなければとっとと失せろ!!!」

 「は、はぁっ!? なによその言い方! アンタこそ足腰衰えた爺のくせに出張ってきてんじゃないわよ!!!」


 吹っ掛けられたから言い返してしまったが、もっと話すべきことがあるのはよーく分かっている。──親父の背後に、地上から伸びてきた木の根が迫る。


 「危──」

 「【裏輪】」


 裏拳の応用とでも言おうか。空中にて振るった拳が握りしめた刃は、【空舞】による加速と遠心力をも味方に加えて背後に放たれる。微かな霊力を帯びたそれは、飛ぶ斬撃として木の根を全て吹き飛ばした。


 「……状況が状況だ、致し方あるまい」


 おい、祟神!

 振り返らないまま、親父はカゲルを呼ぶ。


 「貴様を斬り殺すか否か、今この場では問わないでいてやる。──だが、それには条件がある」


 ブゥン! 振り返りざまに振るう太刀が巻き起こす爆風の先に、切っ先を向ける親父がいた。


 「私の娘を守れ。もしものことがあれば、私はお前を斬り殺す!」


 その台詞があまりにも、あまりにもまぁあの親父から出てくるようなものではなかったので、私は口をぱかっと開けて呆けていた。


 「……ああ、任せろ」


 私を抱える腕の締め付けが、ちょっとだけ強くなったような気がした。

 親父はしばらくそんなカゲルを睨みつけながら、渋るように刀を下ろした後に、再び猛威を振るう【山神】の方へと向かっていった。


 「……親父」


 認めてくれた、ということだろうか。いや、そう結論づけるにはあまりにも早い判断だと思うし、こんな状況だからこその苦渋の決断だと考えるのが自然だろう。


 「おいおい、なにボーっとしてんだよ」

 「えっ?」

 

 ゆさっ。

 まるで赤ん坊をあやすような優しい揺さぶりが、カゲルの腕から伝わってきた。


 「証明、するんだろ?」

 「──うん」


 ああ、そうだ。

 巫女になる、なりたいんだ、私は。


 見据える。自分が倒すべき、鎮めるべき荒れ狂う祟神の姿を。

 そこにはかつての存在としての威厳こそあれど、母なる大地の化身としての優しさや強さは見る影もない。


 風を纏い戦う妹、侍として剣を振るう親父。

 二人も、そしてこの場にいる他の巫女たちも自分のやるべきことを果たすべく戦っている。必死に、健気に、命懸けで全力で。

 

 「勝つよ」


 次は、私だ。




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