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「第二十六話」【伏魔霊纏・巫剣】

 繰り返される記憶を何度も何度も見つめるうちに、私は【伏魔霊纏】がなんなのか……その片鱗を少しだけ掴むことができた。


 先述ではあれは自らの霊力の”流れ”を内側と外側にかけて高速循環させることによって生み出される”見えない鎧”だと述べた。──しかし、これは誤解だ。私は過程ではなく結果のみに釣られていたのだ。


 【伏魔霊纏】とは、それすなわち”神へと至らせる神業”のことを指す。

 体内の霊力を最高効率で内側と外側に循環させることにより、対象の魂から存在そのものを一時的に上書きする……これにより肉体はより強く、霊力もより洗練されたものになる。


 無論これは自爆行為に等しい。

 霊力に適性のある巫女だろうと、基本的には霊力とは身体の外に弾いて結界術などとして打ち出すものだ。……当然だ。普通の人間の肉体が、神と同じ霊力の奔流を受け止めきれるわけがない。

 

 霊力の扱いが下手だったが故に身体を鍛え続けていた私でも、使えるのは短時間かつ天道ツバキの完全下位互換でしかない。

 久怨に勝つためには、足りない。──だから、私は敢えて賭けに出た。


 「……なぜ」


 目を開けると、そこには宙に浮かぶ久怨がこちらを凝視していた。にわかには信じられない、といったような表情で。


 「なぜ、生きている。貧弱な霊力、折れた刀で、私の【神骸】が直撃したんだぞ……いや有り得ないだろ、有り得るはずない!!! しかもなんだ、なんなんだ……その……」


 分かるよ。

 だって、私が一番驚いてるんですもの。


 「お前が握っている、蒼く光る刀身は!?!?」


 言われてから、視線を自分の足元にやってようやく気づく。

 私は一振りの刀を握りしめていた。お父さんから託された刀だ。……でも、その刀身は折れているはずだった。何故ならば先程の捨て身の反撃により噛み砕かれたから。


 「……これは」


 だが、その刀は過不足なく一振りの刀として地面に突き刺さっていた。

 無造作にそれを抜いて見てみる。その刀身は既に鉄ではなく、代わりに蒼い光によって形成されていた……根本から折れたはずの部分から切っ先までが、循環する霊力の激流を帯びていたのだ。


 ただの鉄塊に過ぎなかったはずの一振りの刀は、今、私の霊力の循環によって【神器】としてその本質を変性させていたのだ。──魂なき無機物に、神格とも云える魂が宿っていた。


 「これは、【伏魔零纏・巫剣】……私の、私だけの剣よ」

 「馬鹿を言うな! 如何にお前とはいえ、たかが一人の巫女の霊力のみで命を持たないモノに魂を……しかも付喪神としての性質を与えるなど不可能だ!」

 「でも、ツバキは自分を神様にしてたよね?」


 衝突による余波で天井は崩れ、私は爽やかな蒼い空と深い青の海に囲まれている孤島にいるのだということを理解する。

 綺麗だ、と。そう思えるぐらいには思考が澄んでいた。……私の指摘に対し、久怨は頭を抱えていた。


 「……なにを言ってるんだ、お前はツバキだ。お前には無理なんだ、できるわけがないそんなこと」

 「私は天道ヒナタだよ」


 ひゅっ。

 喉笛が鳴るような音が、久怨から聞こえてくる。首を横に振りながら、瞳孔が開いていく。見てはならないものを、聞いてはならないものの存在でも知覚してしまったかのように。


 「わたし、は。お前に……ツバキに、カゲルに、私を裏切ったこの国の全てに復讐するために、やってきたんだ。だから、お前は、ツバキじゃないといけなくて」

 「私は天道ヒナタだよ。聞こえないなら何度でも言ってあげる」

 「……はは」


 ──じゃらっ。


 「お前ごときがツバキの隣に立つなぁぁああぁぁぁぁああああああっッ!!!!」


 振るわれる鎖。分かる、”流れ”が、目に見える鎖刃以外にも複数の鎌風が振るわれている。一つ一つが即死級。当たれば四肢が消し飛ぶ、そして次の瞬間には嬲り殺しだ。


 しかし、それでも私の集中が途切れることはなかった。

 ただ、なにをすればいいのか、それだけが凪いだ脳裏から浮かんでくる。


 「……【巫剣・独楽嵐】」


 振るわれる不可視の二迅。……まず横薙ぎに腕を振るい、そのまま回転とともに第二迅をも斬り伏せる。

 直後、鎖刃が眼前に振り下ろされる。……またもや回転。これは身を捻り躱し、ただすれ違いざまに【巫剣】の刃を”当てる”。これで十分だと自然に思ったし、案の定【神縛りの鎖】は硝子が弾けるような音を立て、断ち切られた。


 「……は?」


 久怨がああなるのも無理はない。今の私がやったこと、引き起こした結果はこの世界の道理に反していたからである。

 まず【神縛りの鎖】は神格に対して絶大な拘束効果を発揮する。それは私が知りうる限りで最強の力を持つ黒い太陽の神でも例外ではなかった……それが、ヒトの手で生まれたばかりの付喪神風情に対して、なんの効果も示さなかった。


 「……まさか、お前」


 この蒼い刀が今や神であることは間違いない。

 にも拘らず、鎖が反応を示さなかった。……なら、考えられるのは。


 「【神縛りの鎖】を、神の”権能”を斬り捨てたのか……!?」

 「……そう、みたいね」


 驚きはあった、しかしそこに喜びだとか興奮とかはなかった。

 この、風が吹いているのに揺らめきすらしない湖面のような……決して外界からの影響を受けない不動、奇妙な落ち着きは、私の霊力を知覚する第六感を深く研ぎ澄ます。


 「なんでだ、なんでそんな眉一つ動かさない!? お前はたった今、神の力を殺したんだぞ!?」

 「……ぁあ」


 私の【巫剣】は、あらゆる霊力によって構成される対象・引き起こされる現象を無力化する。──要するにあの久怨に通じる。その事実だけで今は、十分だ。


 「どうでもいいわ、そんなの」

 「──……ふざけるな、ふざけるな……ふざけるなふざけるな私をこれ以上見下すな天道ぅぅぅぅぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 叫び、久怨の両手が次々に掌印を組み上げていく。一つ組み、そして解かれまた組み上げられていく……その繰り返しの中で、周囲の空間が視覚的に変化していく。


 神域だった。それは、次々に広がっていく数多の神の領域だった。

 

 「殺すッ! お前も、お前の家族も……神も、国も! なにもかも消し去ってやる!!」


 するとどうだろうか、怒りのままに印を組み続ける久怨の内側に、複数の大きな”流れ”が出現する。それは彼女の整っていたはずの”流れ”に割って入るようにボコボコと次々に自己を主張し始め……周囲の霊力は盲信したかのように彼女の身体に吸い込まれていった。


 「神威簒奪、強制執行。恨み、妬み申す……」

 

 それはまさしく蠱毒であった。怨霊としてその存在を変質させたとはいえ、たった一人の巫女の細い身体の中に複数の神格がいくつも渦を巻いている。


 「ぁぁあっぁぁああああああ!!!! ……ぁ、我ぇ、神を恨みし怨霊なり。今……この怨恨に基づきその神威を簒奪する……!」

 「久遠……」


 彼女は今、自らの身体を無理やり複数の神格を持つ神へと神化させようとしていた。

 理由は簡単だ。神の持つ権能の最上位である神威は、神格そのものにしか扱うことはできない。そして彼女は複数の神威を同時に使うべく、服従させている祟神の神格をすべて取り込んだのだ。


 そんなことをすればどうなるか、彼女だってよく分かっているだろうに。


 「許さない……」


 だが、それさえも彼女を思い留まらせる鎖には成り得ない。


 「お前らだけは、絶対に……殺す……!」


 もう後戻りなんか出来ないんだ、とでも言いたげな形相である。

 血の混じった涎を垂らし、鼻血を無様に垂らし……血涙なんて当たり前。とにかく顔面のあちこちから出血するその様は、怨霊というよりは執念の復讐者だ。


 「……大地を穢し! 天を引き摺り降ろし! 我が怨嗟は全てを踏み潰す否定する鏖殺るぅぅぅぅうぅう!!!!!」


 私には彼女がそうしたいというよりは、もう……そうするぐらいしか無かったように見えたのだ。死んでも忘れないぐらい全部大好きだったから、死んでも消えないぐらい恨んで、憎んで、殺すしかなくなってしまった。


 もう、彼女の意思では終わることなんて出来ない。──なら。


 「……終わろう。もう、全部」


 かつてツバキがそうしたように。

 そんな彼女と同じように、カゲルがそうしようとしたように。


 私が、ここで終わらせるんだ。


 「ぅぅぅぅうああああぁぁあああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 骨が折れる音、肉が潰れる音、血が吹き出す音。

 激痛に激痛が重なろうが、彼女は止まらない。……歪んだ権能のカタマリが、彼女の眼前に揺れ動きながら形成されていく。どす黒い、彼女の胸中を表すような漆黒。


 「──────かむい──────けっかい、かいほう──」


 受け止める。全部。

 怒りも、恨みも、憎しみも、悲しみも。……全部ッッ!!!!!!


 「────【辜界】」


 ……向かってくる、彼女の全部。

 退かず、避けず、私は私の持てる全てを蒼い刃に託し……立ち向かった。




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