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「第二十五話」【神骸】

 久怨の細腕は腹部を肘まで通るほどに貫通していた。どす黒い鮮血に混じって、黄色だったり濃い赤色だったりとにかくいろんな色彩が”死”を連想させてくる。


 「……か」


 ぼちゃぼちゃと零れ落ちるはらわた。


 「カゲル……!」

 「……ぁ、が」


 目の前で、今ここでなにが起きているのかをようやく理解した。

 あの時の私は既に攻撃を避けることも受けることもできなかった。久怨の反撃の拳はそのまま腹の部分へと向かっていって……それで、もう駄目だと思ったのに。

 

 割って入って、カゲルが庇ってくれて、それで。


 「どこまでも腹の立つ神だな、お前は」


 カゲルの腹部を貫通した拳が、怒りのままに握りしめられる。

 ごふっ、と。たったそれだけの動作により、カゲルは痛みに耐えきれず血反吐を吐き散らした。

 

 「ぐ、お”ん”……」

 「黙れ」


 グッ、ブチィベキィブチィィッ!!!

 千切れる折れる潰されるを交えた音が岩の空洞に響き渡り、カゲルの腹部にはそのまま虚空が生まれていた。空洞からは久怨が見えた、血染めの久怨が……そしてそのまま、カゲルは糸の切れた人形のように地面へと落ちていった。


 「ああ、嫌だ嫌だ」


 衣服で返り血を拭い取りながら、久怨は下を覗き込んでいた。


 「最後まで”ツバキの隣は俺だ”とでも言いたそうな仕草、行動、発言! 不快だ……故に、最初に殺して正解だったのかもしれん」


 攻撃とか、回避とか、ちょっとそういう事は考えられなかった。

 なんで? というのがまず率直に浮かんだ疑問符だった。なんで、なんでこんなことができるんだ? お前らは仮にも友達だったんじゃないか? 


 「お前もそう思うだろう? なぁ……」

 

 なんで、そんな。

 そんな……一点の憂いも躊躇いもなく、踏み躙れるんだよ。

 

 「ツバキ?」

 

 眼前に迫る久怨。直後吹き飛ばされる私の身体。


 「……」


 ギリギリで後方へ飛んでおいたおかげで威力をいくらか殺せた。骨は逝ってないからまだ戦えるだろうが、それでも背中全体から伝わる痺れるような痛みにはくるものがあった。


 「……そっか」

 

 あと、うん。 

 私は気づいてしまった。気づいちゃったよ、カゲル。──宙に対空する怨霊を見上げながら、私は静かに呟いた。


 「アンタはもう、久遠でもなんでもないんだね……」

 

 久遠は死んだ。

 あの日、あの瞬間、ツバキが最後まで”最高の友達”として想いながらその一生の幕を下ろした。あの頃の久遠という人間は、もうこの世のどこにもいないんだ。


 なにを、期待していたんだろう。

 もしかしたら、私はツバキとは違う選択ができるんじゃないかって……どこかで、思っていた。卑しくも確信していた節さえあるよ。


 「さて、あとはお前を殺すだけだな」


 組み上げられる掌印。歪む周囲の霊力の”流れ”の中心には彼女の手が組み上げる印の中心の虚空……集められ、押し込まれ、圧縮されたそれは空気に慟哭を強制させている。

 

 (あれは……)

 「【封神】【穿神】【走駆神】……神格融解、霊力変換、弾丸圧縮生成」


 私は知っている。彼女が口ずさむ詠唱が、一体なんなのかを。


 圧縮霊力弾【神骸】

 神を霊力に変換して生成される狂気の弾丸。


 云わば”神を生贄に放つ”破壊そのものであるそれは、多重に展開された精密かつ堅牢な結界を小規模に展開し……そこから生成した神の弾丸を放つといったもの。巫女としての技巧が至る果ての果てに在る神業であり、神に仕えながら神を冒涜する最悪の禁術を、私は目撃している。


 以前戦った【山神】の肉体の大部分を吹き飛ばせるであろう威力が見込まれるそれが、私一人に向けて放たれようとしていた。


 「終わりだ、天道ツバキ。──【大殺界・神骸】」


 掌印の中に空いた虚空が、握り潰されるようにその形を変えた。

 次の瞬間、彼女を中心とした穢れた霊力の”激流”が迸る。目に視えないはずの霊力は、光の反射すら許さない底なしの”黒”として放たれたのだ。


 直撃したら間違いなく死ぬ。

 だが避けても死ぬ。直感で分かるのだ、半端な回避行動を行ったとしても……あれは余波でさえも即死級の災厄なんだと。


 (相殺しか、ない)


 だが当然この無理な体勢から……しかも折れた刀から繰り出せる技の中でアレをどうにかできるものはない。霊力も張り続けられている結界のせいで乱れていて、完全な相殺をすることはまず無理だろう。


 (……なんだろう)


 黒い死が迫る。

 打つ手がない。そんなことは、分かっているのに。


 (すごく、遅いな)


 折れた刀を握るこの手は、何故か”無理だ”とは少しも思わなかったんだ。

 

 死の間際であるからか、それはどうにもゆっくりと視えて仕方がなかった。……日常では一瞬で過ぎる一秒が、こういった命の駆け引きの場においては何十秒何百秒或いは永遠にさえ感じることが、私にはよくあった。


 そして何故だろうか。逃れられぬ死を悟ったと言うのに、脳裏をよぎるのは家族の顔でもカゲルの顔でもなく……つい最近、夢の中で出会ったばかりのご先祖様であった。

 巡る記憶。忘却から蘇る断片たちは、主に彼女の戦いの全てを映し出していた。


 太刀筋。霊力の扱い。──そして、現人神としての特権である【伏魔霊纏】を。


 その一太刀は脱力から放たれる純粋で鋭い破壊。物理的にも、霊力的な意味でも全てを斬り伏せる無敵の巫女刀術。


 【伏魔霊纏】の仕組みも、彼女を思い出せば思い出すほど私は半分も理解できていなかったことを痛感させられる。体の外と内側を循環するように巡り流れるそれらは、云わば”不可視の鎧”とでも言うべきなのだろうか? 事実、彼女の鎧は全盛期のカゲルからの攻撃も難なく凌いでいた。


 ……防御、なんて生温いことは言わない。

 仮にその要塞とも言える防御力を、全てこの刀一本に集中させられるとしたら。


 (できる?)


 やったこともない。

 っていうか、それは霊力の扱いという観点からすると誰が聞いても口を揃えて”無理”と言うような絵空事でしかない。……だが、それぐらいしか思いつく策がない。


 今の私では、ツバキの編み出すような【伏魔霊纏】を再現できない。

 ならば、見様見真似の不完全な出来の薄い鎧に頼るぐらいならば。


 ……構える。踏ん張り、折れた部分を天に掲げるように。

 霊力を身体から、刀に全て流し込む。刀は体の一部であり、私の身体から切り離された骨のようなもの……そう思うことにより霊力の”流れ”は滑らかになる。

 

 莫大な霊力を、流し込んだ。

 いつ刀が爆散してもおかしくない。それどころか、こんなチンケな霊力の練度ではなにもかもが足元にも及ばない。──それでも、だ。


 (諦めない)


 こんなところで、死んでたまるか。


 「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 振り下ろす。叫びとともに、感情の昂ぶりとともに霊力が内側から溢れ出す。

 付け焼き刃もいいところの短い刃はそのまま【神骸】に直撃した。



 「ぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁっぁぁ!!!!!!!!」


 そして。

 そして、そして。

 そして────。

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 ────そして。

 周囲一帯は、極光と共に消し飛んだ。

 

 




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