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「第二十三話」狂った怨念

 

 「……ツバキ」


 夢を見ていた。感触も、心も、目元が縮こまった時に感じたあの灼けるような痛みも……全部覚えてる。──アイツの首を斬ったことも、手の震えが訴えているぐらいだ。


 「久遠……!」


 全てとは行かないが、繋がるものは多かった。

 ツバキは久遠を殺した。間接的にではあるが自分が招いてしまった悲劇を、これ以上膨らませないため……なにより友の背負う罪が重くなる前に。


 彼女は無慈悲に殺したわけじゃなかった。

 寧ろ逆。殺す前も後も、ずっと穢れてでも友の手を握ろうという最悪の覚悟を決めようとしていたんだ。


 私がツバキの生まれ変わりだというのはどうやら真実らしい。そうでなければあんな夢は見ないし、こんなに知らない誰かのために心を震わせ涙を流すわけがない。


 (……あれ?)


 違和感。

 袖で目元を拭いながら、自分がなにかとんでもない矛盾に気づきかけていることを感覚的に察した。


 (記憶の中では、ツバキは久遠を殺した……でも、それは)


 久遠の最後の願いによるものだった。

 最終的に殺す決断を下したのはツバキだが、そこまで誘導したのは久遠自身だ。ツバキは直前まで殺すかどうかを迷っていたし、なんなら殺さないという結論に至ってさえいた。


 そう、これは双方の合意のもとに決定された結末だ。

 ではなぜ、久遠の魂は今になって最愛の親友であるツバキへの怨恨を煮やす

”久怨”として姿を現したんだ?


 「……」


 仮に、死んだ際の未練があったとしても、それはツバキを憎む理由にはならない。

 だが、本来ならとっくに成仏しているはずの千年以上前の魂があれだけの力を保ったまま暴れられる理由としてはそれぐらいしか思いつかない。


 理由がないのに、結果だけがある。

 少なくとも私が見たツバキの記憶の中では、そう言い表すより他になかった。

 

 わからない。このまま考えていても、頭が痛くなるだけだろう。

 

 (なら、本人に直接聞けばいい)


 手を動かすとからん、と。なにかに触れたと思って目をやると、そこにはご丁寧に私の刀が置いてあった。


 周囲を確認すると、そこは既に神域ではなく現実だった。陽の光が入らないような洞窟……にしては、音が上へ上へと反響し続けている。


 久怨は私を気絶させた。神域の中で、カゲルも誰もいない……殺すなら絶好の機会だったにも拘らず、何故か私は生きている。──敢えて、殺さなかった。殺さずにここに連れてきた。


 これで、彼女の目的がより一層分からなくなってきた。

 ただ分かるのは、彼女の目的が単なる殺しによる復讐ではないということだ。


 (なにか、別の目的があるはず)


 話し合う。

 以前の私なら有り得ない選択肢がよぎる。


 妹にあんなことをされてもここまで腑抜けたことを考えられるのは、私がツバキの生まれ変わりだからか?


 違う。胸を張って、自分自身に答える。


 (これは、私がそうしたいからするんだ)


 歩き出す。目的のために。


 そりゃあ怒りはある。目の前にいたらまずぶん殴って泣かせたいぐらいには。

 だが、それとこれとは話が別だと今の私は思う。私は今、姉でも巫女でもなく……ただ一人の天道ヒナタとして、綺麗に終われたはずの過去の延長線上を生きる人間として、あの女と話がしたいのだ。


 「目が覚めたようだな」

 

 声の主は刺々しい岩の上に腰を下ろしていた。その姿を見てまずは怒りや警戒を覚えるものの、やはりあの夢を見た直後だとどうしても哀しさが上回ってきた。


 「……なんで、私を殺さなかったの?」

 「気絶したお前をいたぶったところで悲鳴も命乞いも聞けないだろう? 私はな、お前を殺したいんじゃない……なるべく苦しめてから殺したいんだ」


 恨み、殺意、敵意全開。どこからどう見ても穢れ塗れの悪霊だ。

 彼女は自覚しているのだろうか? 自分が抱いているその負の感情の数々が、本来ならば不当で出てくるはずがないものであるということを。


 「大人しく逃げていればいいものを……まぁ、そうすればお前の妹は確実に呪殺されるのだがな。──もっとも、逃げたところで逃がすわけないが」

 

 切れ味の悪い殺意、とでも言おうか。

 ”殺す”ことが目的なのではなく、”苦しませる”ことを最重要に置く漆黒の意思。殺害など彼女にとっては目標の最終到達点でしかなく、その目的はどれだけ遠回りをして、どれだけ時間をかけながら相手を恐怖と苦しみに沈められるかでしかない。──敢えて切れ味の悪い刃物で、憎い相手をゆっくりと殺すのと同じだ。


 「さて、虐殺の時間だ。死ぬ前になにか吠えることはあるか? 天道ツバキよ」

 

 言い残すことはあるか、とのことだった。


 「……質問をさせてほしいの」 

 「ほう、なんだ?」


 それなら、聞きたいことがある。どうせ戦い、殺し合うより他に道がないのであれば……私は、せめて彼女の中にある真実が聞きたかった。

 

 「私の弱点か? 戦法か? 妹の呪いを解く方法か? いいぞいいぞその答えを大事に抱えながら死ん……」

 「あなたは、ツバキになにをされたの?」


 単純で、しかし核心を突くであろう一手。

 どういうわけか知らないが、久遠はツバキを恨んでいる。初めは自分を殺した相手を恨むのは当然だと思っていたが……あの夢の中で、久遠は自分からツバキに頼み込んでいた。


 「……なにを、されたか?」


 なぜこんな、逆恨みですら成立しないような、滅茶苦茶な恨みが凝り固まっているのか。

 その答えが今、本人の口から明かされる。──ごくり。喉を鳴らすと同時に、彼女は。


 「覚えていないのかぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!」


 激昂。

 凪いでいた湖面がいきなり沸々と煮えた溶岩に変わるような豹変ぶりだった。彼女は攻撃こそしてこなかったものの、反射的に私が刀に手をかけるほどの叫声をあげていた。


 「お前はぁ! お前が私にしたことを忘れてはならないんだ、振り返り省みそしてその重さ愚かさに震えながら私に殺されるべきなんだぁあああああああああ!!!!!」


 冷ややかな理性を帯びた狂気の印象が音を立てて崩れ去る。髪を掻き毟り、契り、歯を剥き出しにしながらこちらを睨みつけている……莫大な穢れた霊力を吹き出すそれは、海の中に現れた大渦のような異常そのものであった。


 「ふぅ、ふぅ、忘れたなら教えてやる……お前が、私になにをしたのかぁ……」

 「っ!」


 じゃらん。手元に握っているのが鎖だと気づいて、即座に抜刀し構える。


 (──来る!)

 「お前が、私を嵌めたんじゃないかぁッ!!!」


 振るわれる鎖。遠心力を味方につけた先端の速度は根本とは比べ物にならず、刃で受けるのが精一杯だった。──受けて、すぐに、目の前に修羅の顔。


 (疾い!)

 「私は弱ったお前を気遣って! 来ていた任務を肩代わりした……お前に元気になってほしかったから! あの祟神よりも、私がお前の隣に相応しいと証明したかったから! だが!」


 数発の連撃の末、受けきれずに一撃を腹に受ける。軋み、歪み、広がる……中心から喉へ口へとせり上がるそれは、吐瀉物を交えながら血反吐として久怨の顔面に吹き散らされる。


 (これ、はぁっ……)

 「任務は偽りだった! 沢山の神と巫女に嬲られて、多勢に無勢だった。それだけならよかったさ……私は他の巫女から嫌われていたからな、だが!」


 吹き飛ばされ、岩を砕きながら岩盤に叩きつけられる。

 痛み。──触れた拳から、とんでもない濁流の如き”流れ”が視えた。


 「あれはツバキ、お前が仕組んだモノだったんだろ」


 凄まじい、怒り。


 「うざったかったんだろう? 邪魔だと思っていたんだろう? 表では友達だの親友だのほざいておきながら、心の中では自分よりも弱いくせにと笑っていたんだそうだろう!?」

 

 それは全て硬く結ばれていた絆と信頼、なにより愛が反転した結果だった。……彼女はかつて心の底から幸せだった。そしてそれは、唐突に全て憎しみへと裏返ったのだ。


 「あの祟神と……カゲルと契約したから、用済みだったんだろ。なぁ、そうなんだろ!?」

 

 放たれる二対の鎖。岩を砕き、デコボコした地面を平らにしながら迫る破壊の二刃。


 「滅茶苦茶にしてやる! 神も、人も、あの忌まわしき太陽の国ごと全て鏖殺だ!!!!」


 禍々しい霊力は留まることを知らず、彼女の内側からとめどなく溢れ、それは乱雑に鎖へと流し込まれていく……それは、触れずとも分かる”流れ”であった。


 やはり強すぎる。初めて戦った際の経験が全く活きない……だが、これで確信した。


 (アイツ……記憶が滅茶苦茶になってる!)


 どうしてそうなったのかは定かではないが、彼女が言っていることは全くのデタラメである。私が見た記憶の中での久遠は間違いなく介錯を頼んでいたし、頼まれた側のツバキは泣きながら彼女の首を切っていた。


 にも関わらず、彼女は偽りの記憶の中にいるツバキを恨んでいる。

 神を穢し、自らの手中に収めてしまうようなデタラメな力を有するほどに。……そしてそれは狂気であり、同時に話し合いでの解決は不可能だということを証明していた。


 私とカゲルが死ねば、次は国そのものが標的になる。

 ライカ、フウカ、親父……家族がみんな、殺されてしまう。


 (そんなこと、させない!)


 向かってくる鎖刃をギリギリで回避。粉塵が舞い散る中、私は真横に走り出す。

 体中を巡る”流れ”を意識するんだ。アイツに勝つためにはツバキと同じ力を……【伏魔霊纏】による現人神の力を使いこなすしかない!


 「【殺界・乱】」


 ──響く声。周囲一帯を伝播し、すり抜ける”違和感”の波動。

 痛みも苦しみも一切感じなかったそれは、しかし別の意味を以て牙を剥いてきた。


 (なに、この気持ち悪い”流れ”……!?)


 体中の霊力の流れが不規則になっていた。

 

 生命維持への支障も害もないが、”流れ”の知覚による霊力操作はこれでもかというほど邪魔され続けている。さしずめそれは針穴に糸を通そうとしている横で、前が見えなくなるほどの暴風雨に遭うようなものだった。


 恐らくは久怨による結界術だろう。自らの霊力を広範囲に散布することにより、外界から敵の体表にかけてを掌握。そのうえで適当に霊力を動かしまくるだけで、究極の嫌がらせが完成するというからくりだ。


 (不味い、これじゃマトモに霊力が使えない!)


 ──風切り音。


 「っぅぅぅぅぅ【逸落とし】ぃぃッ!!!!」


 咄嗟に刃のみで受け止める。

 霊力による身体強化もなにも無いまま、気合と根性と技巧のみで鎖を地面に逸らし落とす……体勢が崩れた。だが、まだもう一本来ている!!!


 「四肢を順にもぎ取ってから嬲り殺しだ!」


 地を這うような破壊だった。既に間合い内に入りこまれているものの、体勢を崩されたせいでまともに刃を降ることは出来ない! 

 加えて今の私は片足のみが地面に着いている。要するに踏ん張りが効かず、【空舞】による空中脱出を試みることも出来ないのだ。……避けるにしても、範囲が広すぎる。


 不可避。即ち、逃れられぬ死。


 (こんな、とこで……)


 終わってたまるか。しかし既に鎖刃は速度を以て眼前に迫っており、避けるにも受けるにも……ましてや刃でどうこうするなどとは考えられない。


 ────【天喰】ッッ!!!


 業ッ! 突如視界を埋め尽くす黒い炎。

 それは迫る鎖を包み込み押し返す。ブスブスと煙を帯びながら、それは持ち主である久怨の方へと戻っていく。


 「……ぁ」



 粉塵が舞っている。──その奥に、長身の人影が一つ見える。


 「悪い、遅くなった」

 「……お」


 視界が晴れる。

 そこにいたのは、頼もしい白髪の祟神だった。


 「おっそいのよ、バカ!」


 カゲルが背を向けてくれていて良かった。こんな顔見られたら笑われるに違いない……目元を拭い、即座に刀を拾って立ち上がる。


 「でも助かった! ありがと!」

 「どういたしまして」


 カゲルは私と同じ方を向いていた。岩に囲まれた閉鎖空間……その真正面に立つ、狂った怨霊を。


 「……久遠」

 「日蝕神……」


 錆びついた金属が軋むようながなり声だった。血管をビキビキと浮かび上がらせた彼女を支配しているのは、誰が見ても怒りだった。


 「お前のせいで……お前のせいで……私は、私は」

 「久遠は千年以上前に死んだ」


 ──だから。

 黒炎が彼の拳から零れ出る。垂れるように、滴り落ちるように……まるで、ドロドロの血涙のように。


 「これ以上、俺の友達を侮辱するな」

 「お前になにがわかるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッヅッ?!」


 放たれる鎖刃。周囲の岩石を砕きながら迫るそれを、私たちは空中に飛び出ることにより回避した。


 「ヒナタ」

 「なに!?」

 「悪い、巻き込んじまった」


 ……。

 ……ああ。

 こいつもツバキと同じように、”救う”覚悟を決めてここにいるんだろうな。


 「……今更でしょ、そんなの」


 例え部外者でも、ほとんど関係なくても。


 「私たちはもう、一心同体なんだから」

 「──」


 驚いたような、でも目元が緩むような。

 でも彼は、それらを全部飲み込んだうえでちゃんと笑った。


 「──あぁ、そうだな」

 

 決着を、付けねばならない。

 彼を縛る鎖は固くて、長くて、私一人ではすぐにほどいてあげられないかもしれないけど。


 「……私は、天道ヒナタ!」


 それまでずっと一緒にいたいとは、思うから。


 「我が祖先、天道ツバキの意思と願いを継ぎ……アンタを、今度こそ救う!!!」


 もう、蚊帳の外なんかじゃない。

 共に戦う仲間で、相棒で、家族なんだ。


 






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