「第二話」地獄の家族会議
まず見覚えのある天井が目に入った。多分ここは、屋敷の一室だ。
次に順を追って思い出す。家を出たこと、山に入ったこと……それから。
「──ライカ!」
そうだ、ライカ。ライカはどこだ!? 無事なのか、どこにいる!? ──誰かが部屋の戸を開けて入ってきた……フウカだった。ほとんど突っ込んでくるような勢いで、布団の上の私に駆け寄ってくる。
「姉さま! ああ良かった、このまま目を覚まさないかと……」
「ライカは!? あの子、私よりもボロボロで……」
「心配ご無用です。骨は折れていましたが、ライカ姉さまならちゃんと生きておられます」
「そ、そう。なら、よかった……」
ぽふっ、もう一度枕に倒れ込む。よかった、あのとき頑張ったおかげで、あの子を助けることができた。
達成感が、すごい。
「あ、あの。姉さま」
「ん? なに?」
「かっ、神とのご契約っ! おめでとうございます!」
空白。次になだれ込む、記憶。
何故あんな化け物を相手に自分が助かったのか、微妙に抱いていた違和感の答えが、最悪の答えが出てくる。──”自分は祟神と契約してしまった”という事実。一気に、血の気が引いていく。
「……なんで、それを?」
「えっ? なんでって、見れば分かりますよ? ほら、神と契約した巫女って、他の人と違った霊力の流れが見えるじゃないですか」
「へ、へーそうなんだー」
落ちこぼれの私にはそんなの見えるわけねぇだろ。
「私、姉さまに力を貸してくれた神様に会いたいです!」
「エッ!?」
「お願いします! 直接会って、ちゃんとお礼が言いたいんです!」
「えっ、ええーっとぉ……?」
見せられるわけがない。見せたら死ぬ、国に殺される。
こうなれば頑張って”契約なんてしていない”というウソでもぶちかましてやろうか? そう思った矢先、廊下の奥から誰かが部屋に入ってくる。
「私も、ぜひともその御柱に会ってみたいものだな」
(クソ親父ィっ……!?)
ゆったりと近づいてきて、布団の前に正座で座り込む。
フウカもキラキラとした目で私を見てくる。やめろ、そんな目で見られたら……っ!
(どうしよう、どうしよう……!?)
布団の中で一生懸命考える。もうこうなればマジで一か八か、とびっきりのウソで乗り切ろう、うん、それしかない。さぁ、言うぞ……言うぞ……っ! あれ?
(なんか今、霊力がちょっぴり削れた気が……?)
「そこまで言われちゃしょうがねぇな」
その瞬間、一瞬にして充満する穢れた神性。
親父とフウカの背後、私の視線の先には、一柱の祟神……カゲルが笑っていた。
「「!?」」
親父は刀の柄に手をかけ、フウカは掌印を組み上げた。それは最早迎撃とか戦うとかそういったものではなく、私には反射的な……そう、恐怖に対して身体が行った最適解のように見えた。
「祟神!? そんな、何故こんな近くにまで……全く気付けなかった」
「そんなことよりもアレを鎮めるぞ。──いい機会だ。ヒナタ、お前も手伝え!」
「……え?」
えっ、今なんて?
「神と契約を果たしたのだろう? ならばお前はもう立派な巫女だ。巫女ならば、課せられた使命を果たせ!」
「えっ、あっ。えっと」
「姉さま。こんな時に言うのもアレですが……私、同じ巫女として姉さまとお勤めを果たせること、とても嬉しく思います!」
「う、うううん……ううん」
言えない。
”私が契約したのは眼の前にいる祟神なんです”だなんて言えるわけがないだろ、この状況で。
「はーっはっはっはっはっ、ははっ……ははははははっ!」
だがしかし、祟神はそんな私の葛藤など気にもしないと言わんばかりの爆笑をぶちまけた。下品に、たった少しの遠慮をする素振りも見せず。
「なにが可笑しい……祟神風情が!」
「ふーっ、ふーっ。……悪い悪い、そっかまだ言ってなかったんだな。そりゃそうか」
嫌な予感がする。
私は二人の背中越しに”絶対に私の名前を出すんじゃねぇぞ”という合図を出した。ああ頼む、ホントに頼む、マジで言うんじゃねぇぞホントに。
「おい、言ってやれよヒナタ。お前が契約した神サマが、一体どこの誰なのかをさ」
言いやがった、言われてしまった。これでもう、私は”あんな祟神知りません”という類のシラを切ることはできなくなってしまった。……こうなってしまえば、残された道はただ一つ。
「何? それは……どういうことだ、ヒナタ」
「姉さま……?」
言いたくない。黙れば黙るほど、部屋の中の沈黙というか気まずさと言った全てがより一層濃くなっていき、ついに私は人差し指で祟神を指さした。
「……?」
「……?」
私、カゲル。私、カゲル。
あっちを見たりこっちを見たりを繰り返した果てに、両者の視線は縮こまった私に向けられた。ああ、もう駄目だこれ。言うしかない。
「……ははは」
片手で「ごめんなさい」の構え、上目遣いで苦笑い。
「ごめん、やっちゃった」
「……」
「……」
言葉の意味を理解したフウカが先に青ざめる。それとは真逆で、親父は徐々に顔を真っ赤にしていき……やがて般若のような顔から猛烈な怒気を開放した。
「なにをっ……考えているのだこの大馬鹿者がぁ!」
「っ痛ァ!?」
鋭い拳骨が叩き込まれる。頭頂部から顎に至るまでジーンと伝わる振動、衝撃は、もはやどこをぶん殴られたのか忘れてしまうほどに痛みを伝播していた。
「自分が何をしたのか分かっているのか!? ……祟神だぞ。人を恨み人に害を成す為に在る存在と、お前は契約をしてしまった! お前がやっていることは黒巫女……いいや、それを遥かに凌駕するほどの蛮行なんだぞ!?」
「ふ、不可抗力だったの! 仕方なかったていうか、いつの間にか契約してたっていうか……でもああしなきゃ死んじゃってたっていうか……」
「っ〜! ……ならばもう用済みだ。今すぐあいつとの契約を解除しろ!」
怒鳴り散らす親父。それができたら苦労しないんだよなぁと頭を抱える私。
「できねぇよそんなの。昨日言ったろ?」
その会話の輪に無理やり入り込んできたカゲル。──次の瞬間、キラリと光るなにかが風を伴ってカゲルの首元に放たれ、そして綺麗に静止した。
遅れてやってくる風とともに、目視にて理解する。──親父の放った居合を、カゲルが受け止めていたのだ。
「……ええっ!? ちょっ、ちょぉ!?」
「ただの侍にしてはやるなぁ、お前」
「私の娘をどうするつもりだ!? 今すぐ契約を解除しろ、さもなくば……斬る!!」
腕に力を込め、押し切る形でカゲルを部屋の奥に突き飛ばす。それを見たフウカが前に出てきて即座に印を組み上げると、天狗を彷彿とさせるような姿をした【風神】息吹宙巡神が顕れ、風を巻き起こす。
「──【塵旋風】ッ!!!」
フウカの叫びとともに、イブキの持つ扇から放たれる風、不可視の斬撃。初見ではまず対応不可能にして一撃必殺の”最強の初見殺し”が、カゲルの方に放たれ──なにを断つこともなく、霧散した。
「っ!?」
「不可視の風刃、ねぇ。初見殺しが破られてビビったか?」
「このっ……祟神風情が……!」
背中越しでも二人の殺意、敵意は大きく今も膨らみ続けていた。それを当の本人であるカゲルは嘲笑うように眺めており、むしろ楽しんでいるようにも見える。
(……あれ)
この状況、不味いのではないか?
契約の解除、それを話し合いではなく暴力でカゲルに強要しようとしている。カゲルにだ、”あの”カゲルにだぞ?
「へぇ、やる気満々じゃん」
無理だ、絶対に無理だ。彼は明らかに格が違うのだ。
【雷神】鳴神猛雷神と契約した巫女であるライカでさえ刃が立たなかったあの祟神を、カゲルは瞬殺してみせた。
神としての歴史が、格が、桁違いにもほどがある。
例えこの場にいる全員が一斉に襲いかかったとしても、この白髪の祟神は涼しい顔で笑っているのだろう。
自らが引き裂いた獲物の返り血を浴びた、真っ白な笑顔で。
その時の私はきっと何もできない。
今度こそ、蹲ったまま怯えることしかできないのだ。
「じゃあ、こっちも遠慮なく──」
「……ちょっ、ちょっと待って!」
思わず立ち上がる。視線が一気に私の方に向いてきて、まるで猛獣が閉じ込められた檻の中に放り込まれたような心持ちになる。
それでも、私は言わねばならない。
「ヒナタ、離れていろ! コイツは私とフウカで殺す!」
「戦わなくていい! 私決めたの、カゲルと契約するって!」
「ねっ、姉さま!?」
「……お前、自分がなにを言っているのか分かっているのか」
「祟神だって神様だよ!」
自分でもびっくりするくらい、叫ぶ。
カゲルも、親父も、妹たちも……私自身も、黙ってしまう。
「……あっ」
特に考えがあって立ったわけじゃないし、叫びに関してはもうほとんど反射的にやった。
続けるための言葉が見つからないから、身振り手振りで目を逸らしながら、私はどうにか言葉を紡ぐ。
「何を馬鹿なことを言っているんだお前は。いい加減にしろ!」
「だ、だってさ。カゲルは私とライカを助けてくれて、私なんかと契約も結んでくれたんだよ!?」
本心だった。本当に、本当に感謝していた。
それに、この場においてカゲルの意に反することは、それ即ち私以外の家族全員が惨殺されるということだ。
考えなんて無い、だが……ここで動かなきゃ絶対に後悔する!
「……それは、なんの理由にもなっていない」
親父の顔が、段々と曇る。
怒っているだろう、今すぐ大声を上げたくてたまらないのだろう。
でも、それが私のためだって知ってるから……怖くない。
ううん、寧ろありがとうって言いたいぐらい。
でも、今は。
「いいかよく聞けヒナタ、この世には見過ごしていい悪と決して見過ごしてはならない悪が存在する! 大体そいつがお前の言う事を全て聞き、従う保証はあるのか!?」
「──だったら!」
腹なんて、とっくの昔に括った。私は布団の上から飛び出し、カゲルの前に立ち……そして、カゲルの襟首を掴む。怖いとかそういうのは、全部興奮で吹き飛んでいた。
「証明させてよ、私達のこと」
「証明……? 何をだ」
体中が熱い。
興奮で頭のネジが緩んでいる。
──それでいい。
私は、言い放つ。
「カゲルがいい神様だってこと、私が……こいつと巫女としてやっていけるってこと!」
親父は豆鉄砲でも食らったかのような顔で片眉を痙攣させていた。なにを言うべきか、どんな感情を表に出すべきか、吟味しているようにも取れるし抑えつけているようにも見える。
やがて、そのきつく結ばれた口元が破れたように開く、その瞬間に。
震ッッッッッッッッッ。
揺れる、平衡感覚が歪む。
(地震!?)
睨み合っていたはずの私と親父は、ひとまず姿勢を低くした。大きい揺れだ、しかも長い……待て、これいつになったら終わるんだ?
ぞわり、ひやり。
魂をいやらしく撫で回すような気配が、全てを教えてくれた。
「っ!」
「ヒナタ!? どこへ行く!?」
「姉さま!?」
外にいる。そう理解した時には、既に庭へと飛び出していた。ほとんど体当たりのような勢いで門をこじ開けて飛び出て、私は気づく……充満している穢れた神性に。
(濃い……祟神の本体はどこに……)
探そうとしたところで、私は簡単に”それ”を見つけた。
それは遠くに立っていた。それはそもそも探すなんて行為自体バカバカしくなるほど存在感があって、もうなんていうか、こう。
「……でっ、か」
驚きや恐れよりも、呆れ。
山ひとつ分はある超巨体の祟神が、呪いや怨念の類を撒き散らしながら進撃していた。




