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「第十七話」無力な叫び

 目を開けると、空の色は青に戻っていた。


 「……戻って、きた?」


 久怨でもカゲルの神域でもない。ここは現実だ、紛うことなき現実だった。


 「うっ……ぐぅ……」

  

 平手打ちをされたような衝撃。

 呻き声がする方には、刃が突き刺さった自分の右肩を血まみれの手で押さえながら苦しんでいるライカがいた。


 「ライカ……!」


 駆け寄ってはじめて、その凄惨さを理解した。傷口から滴る血液が、石やら地面やらに染み込んで赤黒い……負傷してからどれぐらいの時間が経った? 


 手遅れという言葉が、よぎる。焦る。


 「……止血しないと」


 どうやって? 

 それを考えるよりも前に、背後から足音が聞こえてきた。振り向いてそこにいたのは、カゲルだった。

 

 「退いてろ」


 そう言ってカゲルはライカのそばにしゃがみ込み、刺さっている刃を引き抜く。そしてすぐさまその手で傷口に触れる……ジュワッ!!


 「がぁっ、ぐぅ……っ」

 「ちょっ……!?」

  

 なにをしてるんだと思ったが、すぐに彼は手を離した。触れていた傷口は焼けていたが、同時に出血も止まっていた。


 「焼いて止血した。早めに手当てすれば、まだどうにでも……なる」

 

 それを聞いて、私は唐突に今この瞬間の生を実感した。見えるし聞こえるし、痛いけど……生きてる。

 私も、ライカも無事だ。目の前に立っている、カゲルの背中も────突然、カゲルが地に膝を突いた。


 「ちょ、カゲル!?」

 「触るな!!」


 背中を擦ってやろうと手を伸ばしていたが、私はその喝に手を引っ込めた。そして私はすぐに、何故彼がこんなに声を荒げたのかに気づいた。

 

 「アンタ、さっきからなんか焦げ臭い……ってか、煙出てない?」


 カゲルの身体から、白濁した煙がほんのり立ち昇っていたのだ。それだけではなく臭いが、肉が焦げたような強烈な匂いが肺に入ってきて、むせる。

 加えて、彼の顔にはいくつもの玉雫があった。嫌な汗だと、苦しんでいるのだということは一目で分かった。 


 「はぁ、はぁ……大丈夫だ、とにかく触んな」

 「……えいっ」


 じゅうっ。

 背中に手を触れてやると、冷感と似て非なる感触と、肉が一気に締まるような痛みを覚える。


 「あっつぅ!?」


 たまらず私は手を離した。息を吹っかけ続けた掌は、少しではあるが火傷を負っていて痛々しい。ジュクジュクと痛む自分の掌を見て、私は確信した。


 「テメェなにやって……!」

 「アンタ、自分の火力に耐えられないんでしょ」

 

 カゲルは黙ったまま、今にもぶっ倒れそうな顔で私を睨んでいた。汗をダラダラに垂らしながら、ぶつけるべき言葉を探しあぐねている様子で。

 まるで、図星だと、馬鹿正直に言われてるようなものだった。


 「あの黒い炎を使えば使うほど、多分アンタの身体は焦げていく……ってとこかしら、違う?」

 「舐めんなよ人間。俺は神だぞ? 自分の”権能”に振り回されてちゃ世話ねぇんだよ」

 「久怨はアンタのこと、”弱くなった”って言ってた」

 「アレは……」

 「ねぇ、なんで言ってくれなかったの? 無理しすぎると辛いんでしょ? 今までずっと無理してくれてたんでしょ? ……ってか、あの久怨ってヤツとどういう関係なの? アイツとアンタと、ご先祖様との間で一体なにがあったのよ……ねぇ」


 教えてよ。

 なにも知らない、なにも教えてくれない相棒に対して、私は悔しい気持ちと無力感でいっぱいいっぱいだった。

 

 「もう少しだけ、心開いてよ……」


 分かってる。彼が頑張ってくれなければ今頃私たちは久怨に為す術無く殺されていた。

 それでも、なんでもかんでも背負ってもらってるのに、なに一つコイツを背負えないのは……嫌だ。

 

 慰めも、同情も聞き飽きた。


 私はもう、一人の巫女なんだ。

 巫女ならば、自分が契約した神様と向き合うべきで、なにより私はコイツのことを知りたいんだ。


 ──じゃらじゃらん。風を切り、金属が鈍く擦れる音。


 「っ……!」


 カゲルは再び立ち上がった。内側から焼け焦げているであろう満身創痍の身体を無理やりに動かし、放たれた鎖を真横に弾く。 


 「テメェ……!」

 「自分の力に苛まれるとは……どうやら落ちぶれたのは私だけではなかったようだなぁ……!」


 私から見た久怨の肉体はもはや死に体というよりも肉塊という表現がピッタリだった。肩から腰を繋いだ斜め右から上、その全てが吹き飛んでいて……かろうじて残っている半身でさえもほぼ黒焦げで、なおもまだ動いている。

 

 大怨霊。彼女が、自分自身をそう名乗るのも頷ける。

 こいつは、その恨みを晴らしきるまで終わらない厄災だ。


 「しかし、お互い手酷くやられた……ここは一つ痛み分けと行こうじゃないか」

 「黙れ、テメェは、ここで終わらせる……!」

 「そう言うなよ古い付き合いじゃないか。──ぬぅん!!!」


 半身のみで鎖を引っ張り、カゲルを前方に引き倒す。顔面から地面に突っ込む彼は、今まで見たことがないほどに弱々しくて見ていられなかった。


 「【鳥神】」


 片手だけで指を結び、彼女の影から出てきたのは鳥のような姿をした首無しの祟神。久怨がそれに素早く飛び乗ると、祟神はすぐさま翼をはためかせて空へと上がっていく。


 「あの場所で私は全てを終わらせる! カゲル、ツバキ……私を止めたければ、報いたければ来るがいい!!」

 

 逃げるのか。


 「……待て」


 あれだけのことをして、多くの神を弄んで、これだけ私の家族を傷つけたのに?


 「待てぇ! 逃げるな、降りてこい!」


 立ち上がり、足腰に力を込める。

 さっきの感覚を思い出せ。【空舞】さえ使えれば、あんな距離すぐに……がくっ、立ち上がってすぐに膝から崩れ落ち、立てない。


 「っ、くぅっ……ううっ」


 立ちたい、立てない。報復するべき相手が目に写っているのに、追いかけてその顔面を殴り飛ばせない……どんどん、遠ざかっていくその姿を、私は見上げて睨みつけるしか無かった。


 「うぅぅぅぁぁあぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ただ、叫ぶしかなかった。

 


 


 


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