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「第十五話」駆け巡る憤怒

 「……天道、ツバキ?」


 私はその名を知っている。というより、彼女の名をこの国で知らぬ者などいないと言っても過言ではないぐらいの人物である。


 天道ツバキ。

 それは、天下無双にして史上最強の巫女と呼ばれている巫女の名前であり、私たち天道家のご先祖様に当たる人物の名だ。

 

 その力は祟神の群れである百鬼夜行を単独で鎮圧し、神の力を借りずとも巫女としての力のみで多くの祟神を屠り鎮めてきた……らしい。とにかく百戦錬磨全勝無敗、その生涯を最強の二文字で初め、そして締めくくった彼女は、知らぬ者無しの伝説なんだとか。


 その名が、目の前にいる外道から飛び出てきた。


 「どーでもいいんだわ」


 バチィ! 私の隣に炸裂する雷、迸る雷鳴!

 見るとそこには冷静、それでいて明確な殺意を抱いたライカが立っていた。


 「らっ、ライカ!?」

 「いきなり知らねぇ祟神に助けられて、襲ってきたのが黒巫女……んでもって会ったこともねぇご先祖様への愚痴聞かされて……くどいんだよ、なにもかもくどいんだよ」


 目の前にいる黒巫女は不気味に小首を傾げていた。鳥肌が立つほどの霊力、ナルカミの圧倒的な神としての格を見せつけられていても平然とした態度である。


 「……それで? ツバキの子孫よ、お前はなにが言いたい?」

 「テメェは妹の仇でぶっ殺すには十分っつーことだよクソアマ」


 静かに、音をも追い越して突っ込んでいくライカ。

 彼女の雷を纏った飛び蹴りは久怨が反応するより前に炸裂し、蹴り飛ばす。


 「──くふ、やるな小娘。一回持っていかれたぞ」

 「【雷霆】」


 告げられる勝利宣言。天より下される紫電の雷霆が、黒巫女一人を殺すためだけに振り下ろされる。轟音! 視界が眩い光に覆われ、それが晴れた先に広がっていたのは破壊の跡だった。

 周囲の地面は抉れ、木々には炎が灯り……丸焦げ。あれが直撃した存在がどうなったかなど、考えるだけで私は恐ろしかったし、絶句していた。


 「……つっ、よ」


 分かってはいたが、やっぱり強い。強すぎる。


 「テメーだろ。最近ヒノワ様が言ってた”黒巫女の怨霊”ってのは……んまぁ、あのお方がアタシに直接名指しにするほどのモンだったかどうかは疑問だが──」


 流石天才と呼ばれるだけはある。山では不意打ちで負傷したものの、やはり真っ向勝負でコイツの右に出られる巫女はそういないだろう。


 「成仏してろ、クソ悪霊が」


 そう吐き捨てた彼女がふぅ、と。やや不満げな息を漏らし踵を返し、私の方に向かって歩いてくる。

 冷静、平然。──強者としての風格が漂うその瞳孔が、押し広げられたようにかっ開いた。


 「ら、ライカ……?」

 「……げろ」


 様子がおかしい。

 手を、震える手を、彼女は自分の背中の方に持っていこうとして、突然、顔面から地面へと倒れていった。……天に向けられた彼女の右肩には、一振りの刃が突き刺さっていた。


 「ライカぁぁぁぁ!!!!」


 なにが起きた、なにがあった!? 誰にやられた、なんでなんでなんで!?


 「三回、といったところか」


 森の奥から現れる人影には見覚えがあった。

 だが、そんなはずはない、あり得るはずがない……しかし認めるしかない。私は、真実をこの眼で目撃した後に、その名を吐き捨てた。


 「久怨……!」

 「一人の巫女にここまで殺されたのは、何年ぶりだろうな」


 雷によって焼き尽くされたはずの久怨が、涼しい顔をして立っていた。

 それよりなんだ、なんだ……あの黒く燃え盛っている右腕は!? あの黒炎はまるで、まるでアイツの操る煉獄じゃないか!


 「俺の、右腕……? テメェ、まさか」

 「そのまさかさ。いやぁしかし君の力の一部とはいえ、元人間の私が片腕を貸し与えられただけでここまでになるとはねぇ……」


 貸し与えられた? カゲルの、身体の一部を? 誰から?

 分からない。だが思考をする暇もなく、久怨は再び歩き出す。


 「まぁ、思っていたよりも力のある巫女だった。流石、忌まわしきツバキの末裔……だが」


 地に伏しているライカの隣に立ち、片足を上げ……踏みつける!!!

 彼女の右肩に突き刺さった、刀の柄を!!!!


 「油断とは、感心しないな」

 「うっ……あぁ、ぁああああああああああ!!!!」


 藻掻き苦しむライカ。いつもの彼女からは想像もできないような悲痛な声が、泣きじゃくる子供の声が響く……久怨は楽しそうだった、湯悦に浸っていた。むしろこうなることを予測したうえで、わざと殺されたやったんだぞと言いたげに。


 「くぅううぉぉぉおおおおおおおんんんっっっッッヅッ!!!!!!」

 「っ、ヒナタやめろ! 待て! 行くな!!!!」 


 カゲルの叫びも虚しく、遂に怒りが恐怖を上回った。直線上にてライカを嬲る外道の顔面を、斬りたい! 斬り刻みたい! 許さない、許せない!


 「単純だなぁ。──【沼神】」


 足元に違和感を覚えた頃には、私は前のめりに転んでいた。顔面が小石が散乱する地面に叩きつけられ、ぐわんぐわんとした鈍い痛みが伝わってくる。

 

 (足元が、ぬかるんで……これは、神の”権能”!?)

 「分かりきっていたことではあるが、いやぁ貴様の前世を知っている私からすれば拍子抜けもいいところだ……だが、まぁ悪くないな。なんたって──」


 首袖部分を掴まれ地面に叩きつけられる。背中からの衝撃は体中の骨という骨に伝わっていき、手足に微かな震えを誘発させた。


 「──か、ぁっ」

 「こうやって、弱いお前を思う存分いたぶってやれる」


 強い、強すぎる。

 多分コイツ、一人で複数の神と契約している! 一柱や二柱どころの話ではない、悍ましい数の祟神がコイツの腹の中に収まっているんだ!


 「あの神と契約した怨霊としての私の穢れは、あらゆる神の神格を穢し……祟神として堕天させる。そしてそれは、忠実な私の駒として片膝を付く」


 ああ、そうだ。

 そう言って、久怨はにんまりと笑った。 


 クソ野郎が袖から取り出したのは、一枚の札。穢れて、古ぼけた、怨念まみれの札。

 

 「コイツにお前を殺させよう。私が直接手を下すよりも、ず~ぅっといいだろうしな」

 

 動けない私に背を向け、悶え苦しむライカの方に近づいていく。

 私は、痛みとかそういうのよりも先行して、純粋な殺すという感情だけが理性を埋め尽くしていくので、肉体に溶け込んでいる魂が震えていた。


 霊力が、焚べられた怒りを薪に燃え盛る。

 魂から溢れ出すそれらは、如何に巫女といえども全てを溜め込むことはできない。内側から増え続けたそれらは肉体を圧迫し、最終的には破裂する。


 故に巫女の戦闘は、霊力を術として体外に弾き出すのが基本であり、冷静であることは鉄則である。特に怒りは、魂から湧き出る霊力の量を爆発的に増加させてしまうから。


 故に、私は今この瞬間、怒りを無理矢理にでも抑え込むべきだった。──だったのだが。


 (いや、これでいい)


 真逆。

 そう、真逆だった。私は怒りを抑えるのではなく、寧ろそれを加速させた。

 許せないという感情を煽り、蓄積させ、魂を揺する。霊力が肉体を内側から圧迫していくにつれ、体中に痛みが走る。──死が、少しずつ引き寄せられていく。


 足りない、まだ足りない。

 ああ、何故だろうこんなことをするのは。自殺行為だと分かっているのに、私の奥にあるなにかが……これが正解だと叫んでいる。事実、理性の叫びよりも本能に近いなにかの訴えに耳を傾けている。


 溜まる、溜まる、溜まる。

 痛い、痛い、痛い。──それが今、羽のような軽さに変わった。

 

 「──ッ”」


 全てが、すごく、遅く見えた。

 反応も掌印もなにもかもを置き去りにして、私は素早く迅速に目の前にいたクソ野郎の顔面を蹴り飛ばす。吹っ飛んでいくその姿でさえも、遅い……一秒を十分割したぐらい遅い。


 「……なるほど。転生を経たとはいえ、魂の質は同格だ。貴様に”それ”ができても何ら不思議ではない……か」


 いいや、違う。

 私が早いんだ。


 「丁度いい、ただ一方的に殺すだけでは味気ないと思っていたところだ──」


 そう言って、ノロマは両腕の人指し指と中指を絡ませる。

 するとどうだろうか、今までの鈍さを吹き飛ばすような”疾さ”でなにかが一斉に射出されてきた……それは、カゲルを拘束した錆びた鎖。虚空より顕れたそれらが、私に向かって放たれたのである。

 

 「──来い、現人神の力を持つ者よ」


 避ける、避ける。四方八方から襲いかかってくる鎖の攻撃を。

 しかしそこに危機感はない、恐怖もない。あるのはただ、自分が広がっていくような拡張する全能感だけだった。……拾う、刀を。そして溢れる霊力を纏わせる。


 ああ、今なら何でもできる気がする。


 「ぶっ殺す」


 目の前にいる女の頭蓋を、卵みたいに、握り潰すことだって。 



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