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「第十四話」太陽神様からの勅命

 

 そう、私は確かに”落ちこぼれ巫女”だった。

 認めよう。私は霊力も術もマトモに使えない落ちこぼれだった。──その上で言おう。”今は違う”と!

 

 祟神と化した【山神】を鎮め!

 神格の簒奪者を成敗し、【水神】を神へと還した!!


 ここまでやってのける私が、最早”落ちこぼれ巫女”と馬鹿にされる理由はないのだッ!!


 「うへへ……巫女、巫女ぉ……」

 「……こん、のっ」


 愚か者がぁ!!! 

 炸裂ッ、ゲンコツッ!!!


 「っ、た”ぁ”!? なにすんのクソ親父ィ!?」

 「寝ぼけたことを宣いおって! なんだその気持ち悪い顔は、背筋を伸ばせ背筋を!!!」


 うひぃっ!? 怒鳴り声が左耳から右耳へと迸る。

 まるで雷にでも打たれたかのような衝撃を受け、私のぼんやりとした浮かれ気分は吹き飛び、代わりに少しイライラが溜まる。……目の前には、いつも通り厳格な父の顔があった。


 「お前が巫女として上々な一歩二歩を踏み出したことは認めよう。だが忘れるなよ、巫女とは常に死と隣り合わせ……一時の油断が死に直結する」

 「んなもん──」


 怒りのままに言い返そうとして、数日前のライカの顔がチラつく。


 「……はい、ごめんなさい」

 「よし、では朝餉の支度をするぞ。まずは粥を用意してくれ、私はフウカの様子を──」

 「姉貴ぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」


 親父の静かな声をぶっ飛ばすかの如き大声。玄関を開け放ち、草履も脱がないまま廊下を走ってきたのは……なんと先程出かけに行ったはずのライカだった。


 「あっ、姉貴! 姉貴姉貴! 姉貴ぃ!」

 「ライカ! 私が話している途中だぞ!」

 「ワリィってでもそれどころじゃねぇんだよマジで!!!」


 ライカの慌てぶりを見るに、どうやら只事ではなさそうだ。なにかあったのだろうか? 悪い知らせでないといいが……私を呼んでいるということは、否が応でも私宛ての内容だろう。


 「とにかく、これ見てくれよ!」

 「これは……折り鶴? もしかしてこれ式神?」


 式神とは、巫女が使えるお手軽便利使役術の総称である。

 付喪神から動物神、下級の神だったり霊力を込めて動かす折り紙、藁人形……まぁとにかく用途や目的に応じた汎用性とそれにしては扱いやすいアレコレが揃ってるのもあり、巫女がこぞって重宝する術である。なお私は使えない。


 「裏見ろ! 裏!」

 「裏? ……太陽の印? えっこれ、えっ!?」

 「姉貴宛てだぞ、意味分かるか!? 姉貴宛てにヒノワ様から勅命が出たってことだぞ!?!?」


 びっくり仰天。言葉が出ない、口をパクパク魚みたい。

 

 ウソでしょ? ねぇウソでしょ?

 いやそりゃ、最近の私の活躍は物凄いよ? 理想の巫女としての階段駆け上がってるよ? でもこれは流石に飛び級が過ぎるんじゃないかな……いや勿論嬉しいし相応ですけどぉ!?


 「なっ、中身見た? 見たの?」

 「見てねぇし見れねぇよ姉貴充てなんだぞ!? だからほら早く開けてくれよ、早く!」

 「うっ、うん」

 「……うーん、うるさいですねぇ。なにかあったんですかぁ……?」

 「あっフウカ! 丁度よかった、こっち来い早く!」

 「えっ? まぁ、はい……?」


 丁度家族全員が揃ったところで、胸がドキドキお披露目会となった。

 どんな内容の依頼が来てるんだろうか? この国の最高神が、数多の巫女を束ねる存在が、私のことを認めてくれた上での……直接の依頼。


 「……開けるよ」


 ごくり、喉を鳴らす。──ぺりっ。折り鶴を開くと、そこには。


 『天道ヒナタに命ずる。近隣の村付近にて祟神が出現したため、これを鎮めよ』


 書いてある内容を、何度も見つめ直す。

 祟神。鎮めろ。

 ウソじゃ、ない。本当に、本当の本当にヒノワ様からの勅命だ。


 「……や」


 嬉しさは、爆発した。

 

 「やったぁ! やった、やったよライカ、フウカ!」

 「っ~~! 姉貴ぃ!」


 年甲斐もなくはしゃぐ私に、ライカは思いっきり抱きついてきた。フウカは冷静ではあったが、目元に滴る涙をそっと拭いながら……静かに笑ってくれていた。


 そして有頂天の中、私はちらっと目線を移す。

 

 「……親父」

 

 厳格な顔のまま、私を見ている。厳格ではあるが怒りもなく、代わりに喜びといった感情の起伏があるわけでもない……強いて言うなら、苦そうな顔をしているか?


 「えっと、その……私」

 「ヒナタ」


 響き、通る声だった。

 思わず私も、ライカもフウカもその場でだまり、妙な緊張感が走った。


 「必ず、帰ってこい」

 

 私はその時初めて、親父の唇が少し震えているのに気づいた。

 この人は強い。人が何人かかってこようがどんな神だろうが平気で切り捨てるほどの実力を持つ……誇りもあって、なにかを恐れることなんてないと、勝手に思い込んでいた。


 「……はい!」

 だから私は、この人が”最悪の事態”を怖がっている……怖がってくれていることが、どんな称賛の言葉よりもたまらなく嬉しかったんだと思う。


 「ライカ、着いて行ってやれ」

 「……へへっ、おうよ」


 ライカはそのまま自分の部屋の方へと走っていった。


 「姉さま、お気をつけて」

 「うん! フウカも早く身体治してね」

 「はい!」


 お行儀よく頭を下げ、そのまま部屋に帰っていくフウカ。

 廊下に残されたのは、私と親父だけだった。……しかしもう語ることはない。お互いに背を向け合い、親父は廊下の向こう側……私は出発の支度をしに自分の部屋へ。


 「……行ってきます」


 必ず帰ってこい。

 その言葉が、私の脳裏に重く深く響いていた。

 




 ◇





 私とライカは共に任務へと赴いていた。目的地は近くの村……そこに出たという祟神を鎮めることができれば、今回の任務は達成だ。


 「いやぁ、まさか姉貴の付き添いで任務に赴く日が来るとはねぇ……感慨深いぜ」

 「……今更だけどさ、ライカは着いてこなくてよかったんじゃないかな」

 「あ? なんでだよ」

 「だってそりゃ、私に来た任務だし。……それに、まだ病み上がりでしょ?」

 「おいおい、このまえあんだけドンパチしといてそりゃねぇだろ。もう元気ピンピンだし、心配いらねぇよ」


 それに。歩きながら、ライカは私の肩に手を置いてきた。


 「一番近くで見てぇのさ」

 「……ライカ」

 「まぁ? 巫女としては私のほうが先輩だしぃ? 色々教えてやらないといけないことだってあるだろ? な?」

 「ライカ……」


 でも、嬉しい。

 だってライカが、あの天才巫女が私を同じ巫女として認めてくれたんですもの。

 

 「……その、ありがと。私、頑張る。死ぬ気で!」

 「死んだら殺すって言っただろうが。親父にも言われてたろ」

 「う、うん。以後気をつけます……」


 それでも胸が高鳴る、息が荒くなっていく。

 私は、もうちゃんと”巫女”なんだ。

 

 「……おっ、見えてきたな。んじゃあ早速気を引き締めて────あ?」


 ライカが立ち止まる。

 見るとひどい顔だった。青ざめていて、息は荒くなっていて、たらりと汗が額を伝って地面に滴り落ちる……なにか、あったのか? 


 「ど、どうしたの?」

 「……ここで待ってろ。動くなよ、いいな!?」


 そう言って、ライカは私を置いて一目散に走り出す。

 待て、と言われたがここで待てるほど私は大人じゃない。私は即座に彼女の背中を追いかけた。


 「ッ! テメェ、待っとけって言っただろ!」

 「お姉ちゃんに向かってなんですかその口は!」

 

 どうやら本当にただ事ではないらしい。私にはなにもわからないが、多分あの子は感じているのだろう……霊力を、しかも穢れた祟神が放つ霊力を!


 (近くにいる? だとしたら、離れたら危ない……)


 いざとなったらカゲルを呼ぶ。最悪の場合に備えた心積もりをしながら、私はやがて辿り着く……恐らくは、村だったであろう場所に。


 「なに、これ」


 地獄絵図と言うにはあまりにも生温かった。乱雑に破壊された家屋、地面には死体が散乱していて……殺されているのは人だけではなく家畜も、その中には血染めの巫女服を着た巫女も何人かいた。


 「……うえっ」


 地獄。瞬時にその二文字が脳裏に浮かび、私は吐き気に口元を抑えた。

 ライカの顔も青ざめていた。巫女として経験があると言っても、こういう現場にはまだまだ慣れていないのだろう。……慣れて、たまるか。


 「……くそっ。おい、誰か生きてないのか! 返事しろ!」

 「────た”す”け”て”ぇ”!」


 静寂を裂くかのように悲鳴が聞こえる。

 見るとそこには、地を這うようにこちら側に手を伸ばしている、ボロボロの巫女がいた。


 「い、生きてる……待ってて! 今そっちに……」

 「早くぅ!! 殺される、あいつに殺される!!!!!!!」


 どうやらまだ近くに祟神がいるようだ。私は刀を抜き、ライカはいつでも掌印を組めるように両手を合わせていた。

   

 嫌な汗が額を伝い、滴り落ちる。

 ……祟神の姿が、見えない。


 (どこにいるの? まさか、そういう権能を持ってる……?)

 

 目には見えないのであれば、目以外で視るより他にない。 

 眼を閉じ、”流れ”により周囲を知覚する。……こつん。そうしようとして、足元に何かが転がってきた。


 (……?)


 目を開けると、そこにはふさふさの黒い毛が生えた何かがあった。


 「ひっ」


 それを生首だと、先程まで助けを求めてきていた巫女の生首だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。──そして、気づく。


 いる。

 眼前。首を失った巫女の死体の奥に、いる。


 「やぁ」


 顔を上げる。


 薄墨色の巫女服、痣まみれの肉体。

 身体の至る所から透明で結晶のような……植物のツタやら花のようなものに覆われているソイツが、死体を踏みつけにしながら立っていた。


 「久しぶり」

 (……ぁ) 


 私の危機感は一気に喉元にせり上がってきた。

 なんだあれは、なんだあれは。……人の形をしているが、決して人間とは思えない思いたくない。


 なんだあの奇妙な笑みは。

 なんだ、あの、デタラメな穢れた霊力の出力は!!!


 「くぅぅぅぉおおおおおおおんんっっっっ!!!!!」


 突如巻き起こり、虚空より顕れる黒炎。

 その奥に見える細い人影は激昂を隠す素振りすら見せず、激情と黒炎を剥き出しにしながら目の前の女へと突っ込んでいった。


 「カゲル!?」

 「【虚神楽】ッ゙!!」


 黒炎を纏った拳による目にも留まらぬ連撃。一撃一撃の威力は山をも砕き……仮にも人の形をした存在に向けて放つには過剰火力だった。


 「お前がいる、ということは……」


 そう、思っていた。

 目の前の女が、それらの猛攻を片手で凌いでいたのを目撃するまでは。


 「”ツバキ”なんだろう? あの巫女は」

 「久遠……!!」

 

 再び肉弾戦を繰り広げる両者の互角具合を見せつけられ、私は”有り得ない”と唖然としていた。


 カゲルだぞ。あのカゲルだぞ!?

 あの最強と、一対一で互角だと!?


 「……なんだ、あいつら。祟神と、黒巫女か……?」 

 「わかんない。わかんない、けど」


 なんでカゲルはあんなに怒ってるんだろう。

 分かるんだ。周囲の”流れ”から、アイツが今とんでもなく……それでいてものすごく複雑な怒りの中にいるってことが。


 「【天喰】ッッ!」


 放たれる黒炎の拳。 

 それさえも、女は当然のように避ける。


 「馬鹿力め、身体のほとんどを失って今の私と張り合うとはな。腐ってもアイツの隣に立っていただけはある」

 「黙れ……黙れ……!」

 「だが……こういうのには、弱いだろう?」

 (──え)


 女と目が合った。

 笑っていた。片手で歪な掌印を組み上げながら。……ぞくり。全身から魂にかけて鳥肌が立つような、そんな、感覚が。


 「──ヒナタァ!!!」

 

 次の瞬間、黒炎がこっちに突っ込んできた。唖然としていた私とライカを同じ方向に……しかし優しく吹っ飛ばしてきたのである。

 

 「っぅ!? ……クソッ、なんなんだよ一体全体……!?」

 

 ふっ飛ばされたライカは片膝を突きながらある方向を見ていた。怪我もなにもないことに安堵した私は、”カゲルの勝利”という絶対的な安心があることを確信して同じ方を向いた。


 「……ごふっ」

 「ほらな。お前は、こういうのに弱いんだ」


 だがそこには、鳩尾を貫かれた彼が立っていた。


 「……は?」


 脳が理解を拒む。しかし現実は容赦なく私の眼から流れ込んでくる。


 「うぉぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 血反吐を口から垂らすカゲルはその気迫を衰えさせることなく、黒炎を握りしめた拳で殴りかかる。それに対し黒巫女がしたことと言えば、不動のままただ……一言。


 「【神縛りの鎖】」


 告げるや否や、虚空より顕れた無数の錆びついた鎖が彼の身体を貫通し、絡め取り……四方八方から拘束したのだ。


 「テメェ……なんで生きてやがる」

 「弱くなったな。……悪いが、貴様を正面から相手取るほど私は蛮勇ではない。昔なじみだから分かるだろう? 私はな、アイツと違って慎重派なんだ……」


 緩やかにそれでいて嫌にふわついた仕草、佇まい。一挙手一投足全てが悍ましいと、恐ろしいと、気持ち悪いという負の感情を撫で回してくる。


 「さて、コイツが今ここにいるということは……貴様がアイツであることを証明したも同然。──とはいえ、だ。やはり貴様とは初対面であるからには、まずは自己紹介だ」


 アイツ、誰のことだ? カゲルがなんだ? なにを証明した?

 分からない。分からないことだらけで、それでも黒巫女は独り合点をして自分の胸に手を当てて、口の端を鋭い三日月型にして笑う。


 「数百年ぶりのハジメマシテだ、天道ツバキ」


 その時、このぐちゃぐちゃな嫌悪感を言語化しようと藻掻く私は、ある一つの答えに辿り着いた。


 「私はかつて人間であり、今は永久の怨を糧に在る大悪霊……そうだな、互いに生まれ変わった今だからこそ、私も新しく名乗るとしよう」


 それは虫畜生に対する存在からの軽蔑であり。

 それは道端に転がった死体のような汚らしいものへの嫌悪であり。

 それは、きっと、あらゆる「気持ち悪い」を一つの壷に押し込んで何年も何年も腐らせたような……そう、云うなれば。


 「我が名は久怨。永久に、お前を怨む魂の名だ」


 蠱毒、と。そう呼ぶのが適切なのだろう。



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