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「第十一話」交渉決裂

【空舞】の応用で地面を蹴り飛ばし、拘束していた水流ごと吹き散らす。

 弓矢のごとく放たれた私の身体は一気に【水神】の眼前へと飛び出し、そのまま刃を引き抜き……首筋に、放つッッ!!!


 「……ッ!?」

 ──交渉決裂。残念だ。


 切っ先が、横ではなく真上へと滑った。

 直後に衝撃。鳩尾辺りに叩き込まれる一点の痛み。──握りしめていた錆付きの鉾。その切っ先をギリギリのところで受け切る。


 「──あ”ぅ」

 

 が、その衝撃は水面に伝わる波紋のごとく、響くように私へと伝わってくる。

 宙から落ちる間に意識が飛びかけ、どうにか持ちこたえて受け身を取る。ばしゃばしゃっ、張り巡らされた水が飛沫を上げる。


 「はぁ、はぁ……うぐっ」


 なんだ、今のは。

 太刀筋が押し流された。防御とか回避とかそういう素振りもなく、だが”なにか”によって首への太刀筋はあらぬ方向に逸らされたのだ。引っ張られるというよりは、押されるような……そんな感じ。


 『大丈夫か。いきなりキッツイの貰っちまったが……出るか?』

 「馬鹿にすんじゃないわよこんなのデコピンよデコピン! アンタは黙って見てなさい!」


 片膝を上げ、再び刀を構えた時にズキリと痛む感じがした。肉を痛めたか骨をやったのか、どちらにせよ初撃にしては確かに厳しい一撃を貰ってしまった。


 (それより、あの逸らしは……)

 ──来ないのならばこちらから行くぞ。


 思考する暇などない。眼と眼が合うその瞬間、私は本能的に真横に飛び込んでいた……視界の端に映っていたのは、水平に飛ばされた水滴。先程まで私が立っていた、丁度心臓のあたりを通過していた。


 (早い! なんとなく避けてなかったら死んでた!)

 

 だが安心してはならない。予備動作無しであの水鉄砲が撃てるのであれば、きっとまだまだ来る! 走れ、足を動かせ!


 「っう!!!」


 倒れ込むよりも前に片足を前に出し、とにかく大きな円を描くように走り続ける。ぼしゃんぼしゃん、放たれる水鉄砲から逃げ回る。


 (重い!)


 水が重い、想像以上に重い! 足首の上あたりまでの水位を持った水が、足を上げるごとに重く伸し掛かってくる……地面に足が着くまでに水を突っ切らなきゃいけないから、その分感覚的な”ズレ”が生まれて、一歩を踏み出すごとにかさんでいく!


 (地味だけど、だからこそ厄介!)


 どのみちこのままでは近づけない。通常の足場であれば無理を通すこともできるかもしれないが、水鉄砲の速度や範囲もまだ完全に把握しきれていない。

 それに、ただでさえ未だ不慣れな霊力による身体強化なんだ。いつ途切れるかもわからないし、そもそもどこまでやれるか未知数だ。


 時間がない。とにかく、どうにかしてあの【水神】に近づかなくては。


 (せめて、足場さえどうにかなれば……!)


 考える。

 考える。……そして、無茶で馬鹿げた策を閃く。


 『おいヒナタ、そりゃあいくらなんでも無茶d』

 「【空舞】ッッ!!!」


 パシャアッ! 水が破裂したような音と共に、私の身体は空へと躍り出る!!

 

 (よし! これなら水の影響を受けずに済む!)


 ぶっつけ本番だが上手く行った。霊力で強化しているこの状態なら、あとは雑に私の脚力だけで【空舞】を行うのは容易い!! 

 このまま空中から攻める!


 『こん、のっ……猪女!!!』

 「うまく行きゃいいのよ結果が全て!!!」


 それに、ここからならよく見える。【水神】がどうやって、どこからあの水鉄砲の攻撃を繰り出しているのかが……見えた! なるほど、指先から圧縮した水を飛ばしているのか。


 (足元から吸い込んだ水を体内で圧縮して、それを打ち出してる……弾切れとかは期待するだけ無駄ってとこね!!)


 空中にいる私に向かって、水鉄砲が放たれ続ける。先程は水による足場の拘束があったものの、この程度の連射力と弾の大きさであれば躱すのは容易い。


 掻い潜る、避ける、刃で弾き飛ばす……一気に眼前に迫ったところで、翻って【水神】の背後を取る!!!


 「獲った!」


 隙まみれのうなじに、捻りを加えた一太刀を振るう──!


 ちゃぽん。


 「!?」


 あの感覚、一気に押し流されるようなあの感覚が刀を伝ってもう一度手に伝わる。そして私は、それがなんなのかをこの目でしっかりと捉えた。


 それ即ち、水流。

 【水神】の足元から渦を巻いて飛び出てきた激流が、私の太刀筋を逸らしていたのだ!


 ──愚か者が。


 ぶしゅっ。右肩あたりに血と水の混じった飛沫が炸裂した。


 「ぅ”っ”」


 続く二射、三射。刀で殴り散らし、身を捻って避け……受け身を取ることもできないまま水面に飛び込んだ。耳に、鼻に、水が入り込んでくる。

  

 ──この神器”流水の鉾”は【水神】である私の”権能”の具現。我が水の神域において、この鉾が操る流水からは逃れられん。


 立ち上がれ、早く。

 次が来るぞ。この状態であの一撃を受ければ、確実に急所は避けられない。


 ──貴様は神に対する敬意、畏れが足りん。罰として貴様も、私が骨も残らず食い殺すとしよう。

 「……?」


 命の危機とか、恐怖とか、そういうのを全て塗り潰すような空白が生まれる。

 違和感。小さな、しかし見過ごすにはあまりにも躊躇いのある一点の陰り。


 貴様『も』食い殺す?

 今コイツ、私も追加で食い殺すって言ったのか?

 

 まるで、既に他の誰かを喰ったような言い方じゃないか。

 そもそも冷静に考えて、祟神でもないのに人を食う必要なんて……?


 『ヒナタ立て! くそっ、こうなったら……』

 「カゲル、アイツって本当に【水神】様?」

 『ああ!? いきなりなにを────』


 顕現しかけていたカゲルの内側からの声が、小さくなる。

 なるほど、どうやら私とこいつの予想は最悪な方向に一致してしまったらしい。


 『……おいおい、冗談だろ。こいつは神なんかじゃねぇ!!!』

 ──ほう、見破るか。恐ろしき祟神よ。


 ああ、やっぱりか畜生め。

 私は歯噛みしながらも、眼の前の【水神】……いいや、そう見えるように振る舞っているだけの”なにか”を睨みつける。


 ──まぁ、バレたところでなにかが変わるわけではない。


 握りしめたその錆びついた鉾はおそらく、本当の【水神】から簒奪したものなのだろう。気色の悪い笑みを浮かべるソイツの顔は、みるみるうちにヒトの似姿から化け物へと変貌していく。


 ──貴様を食い殺す。これは既に、決定事項だ。


 それはまさしく、蛇のような容貌だった。

 目の前にいる簒奪者は、ゲラゲラと笑いながら徐々に徐々にその本性、姿を表していた。


 ──馬鹿な神だった。神でありながら、ひと時でいいから人間と同じ立場に身を置いてみたいなどと抜かしていた。


 醜く、おぞましく。生命を部分的に司る水の神としての姿では無い。


 ──私が”少しの間、そのお役目を代わりに引き受けましょう”などと言ったら……大喜びで己の”権能”を込めたこの鉾を渡してきた! 自分の立場も、生まれ持った力も、なにもかも簡単に放り出してヒトに成り下がったのだ! あの神は!


 やっぱりこいつ、本当の【水神】様から鉾を奪ったんだ。

 外見から察するに湖の近くにいた蛇畜生だろう。なんて狡猾なやつだ、神を誘惑してその力を騙し取るだなんて。


 『気ぃつけろよ。元が神じゃないとはいえ、あの鉾を持ってるってことはその力は【水神】そのものだ!』

 「分かってる!!」


 痛む身体を叩き起こし、放たれる水鉄砲をどうにか避ける。衣服を掠め、皮を裂き、あとほんの少しでもズレていれば致命傷になりうるような攻撃を紙一重で躱し続ける。


 ──動けなくなったところを丸呑みにしてやろう。それ、足掻け足掻け!!!


 これだけ攻撃されていても足をやられていなかったのが幸いだった。──【空舞】を用いて空に躍り出る。しかしこれでは、逃げ回る場所が水辺から空中に変わっただけである。


 (このままじゃジリ貧で負ける。なんとかしなきゃ……!)


 殴っていればなにか弱点が見えるはずだ。考えることを半ば放棄したという事実に目を背けながら、とにかく空中を縦横無尽に飛び回る。

 放たれる水鉄砲を避けることはできても、それを反撃に繋げることはできそうにない。


 焦る。

 焦って、どんどん動きが雑になっていく。


 『ヒナタ! 後ろだ!!』

 「っ!?」

 

 振り返るよりも前に左二の腕に裂くような痛みが走る。空を飛ぶ鳥が弓矢で撃ち落とされるように、痛みで体勢を崩した私は再び水辺に落下した。


 「がぁっ! ううっ、っぅ……」

 ──人間にしてはよくやったほうだ。


 鉾を大事そうに擦りながら、簒奪者たる蛇は長い舌を出し入れしていた。


 ──巫女の血肉は美味いからな。お前は動きも良く身が締まっていそうだ……本来ならば生きたまま呑み込んでゆっくりと味わうところ、なのだが。


 切っ先、鉾を向けられる。奴を中心に地面に張られた水が吸い込まれていく。


 ──油断が元で死んでは困るのでな。やはり貴様は、念の為首を吹き飛ばしてから呑み込むとしよう!


 錆びた切っ先に顕れる一雫。

 それは大きく、震えながら大きくなっていく。やがてヒト一人を呑み込めるぐらいの大きさになったその瞬間……圧縮、そして射出。これまでの水鉄砲とは比べ物にならないほどの水圧、速度で放たれる。


 (死────)

  

 間際。死が直撃する、まさに直前。

 ぽしゃん。冷たい、深い、暗い……突如現れたあまりにも沈む”深さ”に、私の身体と意識は足元から急激に飲み込まれていった。

 



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