〈三類 雲雀村伝説〉
冬馬の降り立った先は戦火の中だった。
ただ一つ、過去に戻ってきたのだという確証があった。建物が古い。それも昭和や明治よりさらに前のものであった。理系の冬馬は数少ない日本史の知識を掘り起こして推測を行った。
どうやらここは平安時代らしい。建物からの推測は出来なかったが、逃げ惑う人々の会話の中で源氏や平氏という言葉が出ていたのでさすがの冬馬でも理解できた。
過去に飛ばされてきてからは実体があった。普通に歩くことができたのだ。生き返っているというような感覚は無かったが、他の人と同じように動くことができた。
ひとまずはお狐様を探すことが最優先だ。冬馬は人が逃げていく方向とは反対に進んだ。お狐様を探すことには手間取らなかった。なんというか、でかかったのだ。
もちろん人間より大きいことは想像していたが、5mは優に超える大きさだった。最初はお狐様が暴れているのだと思ったが、よく見たら敵っぽい人をピンポイントで攻撃している。
大きいのに大変だなと同情しつつも、冬馬は当初の予定通りお狐様に声を掛けることにした。
「あの、すいません!」
冬馬が近づこうとすると、大勢の人に槍や刀を向けられた。
「敵襲だ!!」
「え、あ、ちょっと待って……」
冬馬は捕まってしまった。聞いていた話と違う。冬馬は門番の人に話しかけてみることにした。
「すいません、どうして俺は捕まっているんですか?」
「敵だからだ」
「いや、俺は敵じゃなくて寧ろ助けに来たっていうか……お狐様に会わせてくれませんか?」
「敵だからだ」
らちが明かない。同じことしか喋らないRPGの村人か。冬馬は諦念を覚えながらも、誤解を解こうと尽力した。
何回試みても変わらなかった。地縛霊たちの話ではすぐに村が壊滅したとのことだった。冬馬は具体的な期間を聞いておけばよかったと後悔しつつ、早くこの状況を打開しなければと思考を巡らせた。
一つの考えが浮かんだ。ここに来るまでのことを包み隠さず話せばいいのだ。未来ではあなたたちは負けてるなんて言ったら反感を買うと思っていたので話していなかったが、背に腹は代えられない。
武士のようなことを思って自身を奮い立たせた冬馬は、見張り番に今までのことを丁寧に話した。
「私たちが負けるだと!? ありえん! 口を慎めこの無礼者!」
怒った。案の定だったが。
さすがにこれはまずいと思った冬馬が次の解決策を練っていると、聞いたことのある声が聞こえた。
「まぁ待て、話を聞こう」
「お狐様! ありがとうございます!」
助かった。実体のお狐様の声を聴いたのは初めてだった。声には重みがあり、体にも心にも響く感覚があった。
冬馬はここぞとばかりに事の顛末を伝えた。お狐様は黙って聞いていたが、冬馬が話し終わると口を開いた。
「なるほど、事情は分かった。お前を狐者にしてやろう。ただ……」
「ただ?」
「いや、ひとまずはこの争いを共に治めよう。よろしく頼む」
多少の疑念を残しながらも、冬馬は狐者になることに成功した。狐者になるといっても特別な事があったわけではない。実体はそのままだったが、体に力が溢れるような感覚があった。
「特に身体能力が変わるわけではない」
感覚があっただけだった。しかし未来で聞いていた通り、狐者には人間と霊の両方とコミュニケーションを取る能力があった。寿命というものも存在しないらしい。
「お前が人間と霊の声を聴くことができるのは、これのお陰だ」
お狐様はさっきまで見張りをしていた人に何か頼みごとをした。彼は暫くして、大きな壺を抱えて戻ってきた。
「開けてみろ」
冬馬は壺の蓋に手を掛けた。かなり重い。
「うわっ!」
冬馬が中を覗き込むと、そこには青い光が大量に舞っていた。光の一部が冬馬にまとわりつき、狐のお面を作った。冬馬は急いで蓋を閉めた。
「これは我が生み出したものだ」
(若くても一人称は我で変わらないんだな)
冬馬がどうでも良い事を考えていると、ちゃんと聞けと怒られた。どうやら狐者の心は読めるらしい。
狐者であるためにはこの仮面が必要らしいので、冬馬は大人しく付けることにした。
この蒼い炎には、人が触れると思考や行動がおかしくなる力がある。村人が持っても同じような反応が起こってしまうため、人間には扱えない。狐者のみが使用できる代物だという話だった。
お狐様が自分で直接やればいいじゃんと冬馬が思うと、お狐様が返答した。
「我はこの炎を生み出した時点でかなり消耗した。直接は無理だ」
炎の温度を極限まで上げる必要があり、力を費やしてしまったため暫く眠らなければならないらしい。
期間を聞くと、あっさり数百年と答えられたので冬馬は驚いた。眠りから覚めても千年以上は実体化できないとのことだった。
(なるほど、だから俺がいた未来のお狐様は実体が無かったのか)
他の狐者は既にやられてしまったらしい。新しい狐者を作れば良いと冬馬は考えたが、それには通常かなりの期間を要する。
冬馬は未来から来たためその辺は平気だったのだという。なるほど、未来の希望となっているのはそういうことだったのかと冬馬は一人納得した。
「それでは俺がこの争いを止めてきます!」
冬馬は思い壺を持って外へ出た。冬馬がつかまっている間に、村は既に半壊の状態まで追い込まれていた。
冬馬は壺を開け、敵に向けて青い炎の塊を投げつけた。熱くは感じず、自身が悪い影響を受けることもなかった。
敵に炎がぶつかると、もだえ苦しんでいるのが見えた。燃えてはいないのが不思議だった。何とも言えない罪悪感があったが、正義のための行為だと自身に言い聞かせた。
その後冬馬は無心で一晩中青い炎を投げ続け、ほとんどの敵を戦闘不能にすることに成功した。戦火と青い炎の光があったため、暗くても問題なく作業を遂行することができた。
筋肉痛にならなかったことから、自分はもう人間ではないのだということを実感した。