〈二類 幽零からのスタート〉
眩しさに目を開けると、周りには木々が茂っていた。どうやら朝になったらしい。冬馬は自分のいる場所を確認する。山の奥まで来てしまった。
足元は見えないが、身体が突っかかるような感覚がある。どうやら木に挟まっているらしい。
(うーん、なかなか抜けないな……)
随分とはまっているようだ。身体を捻らせるが全く動く気配はない。これは勢いを付けて一気に抜けるほかない。冬馬は体中に力を溜めた。
「よいしょっ!」
体が一気に軽くなる。成功したことに喜びながら、ケガが無いか足元を確認する。冬馬は目が飛び出るかと思った。足元が無いのである。というか浮いている。あ、これは……
「死んでるぅーーー!!」
冬馬の悲痛な叫びは誰にも聞こえる事は無かった。自分が挟まっていたところを見ると、そこには確かに自分がいた。痛みを感じなかったことだけは嬉しかった。
冬馬は暫く、考えを整理させることで忙しくなっていた。思い残したことを羅列すると割とあった。
クラスの好きな子にも告白できてないし、受験も受けられていない。ロボットで賞を獲る夢も散ってしまった。その中でもやはり一番気になるのは弟のことであった。
(春馬は無事に帰れただろうか……)
冬馬はひとまず、春馬と両親を探すことにした。暫く歩いていると、やけに森の中に人が多いことに気づいた。
「冬馬くーん、居たら返事してくれー!」
自分の知らないおじさんが、おっと危ないお兄様が声を掛けていた。どうやら自分を捜索してくれているらしい。冬馬は近寄って話しかけたり、目の前で動いてみたりしたが効果は無かった。
警察官やボランティアの方々の話を聞くに、春馬は両親と一緒に居ることが分かって一安心した。しかしやはり自分の目で見ないことには不安である。冬馬は自分を探してくれている人達の話を聞きながら、春馬のいると思われる場所へ向かった。
その後、春馬は無事に家族のもとに帰れたらしい。自分のアドバイスを聞き入れてくれ、無事にたどり着いた春馬に感心した。
しかし冬馬の遺体は見つかることがなく、捜索は打ち切りとなった。冬馬としてはどちらでも良いが、両親はひどく悲しんでいた。
冬馬は幽霊として暮らすなかで、色々検証をした。まず、壁はすり抜けることができる。というか物に触れないというのが一つ。
人には自分のこと見ることができないというのが一つ。幽霊だから仕方ないが、冬馬はそれが悲しかった。なんとかして会うことはできないかと考えたが、良い考えは浮かばなかった。
元自分の家である柊家に憑いて二年ほどがたち、冬馬はあることに気づいた。
(俺、ずっと幽霊なのかな?)
なぜか成仏しない。普通なら天国とかに行くはずだと思った冬馬は、幽霊仲間のジョニーさんに聞いてみた。
「Oh! それは地縛霊だね」
「???」
どうやらこの世に未練があるから残ってしまっているらしい。未練といえば、春馬にもう一度会いたいことが挙げられる。
自分が関わる以上、成仏出来るわけがない。冬馬は困り果ててしまった。別に今の生活が苦しいわけではないが、何も出来ない生活が永遠に続くとすれば話は別だ。
冬馬は手がかりを探しに自分が亡くなった雲雀村へリフレッシュがてら行ってみることにした。さらばジョニー。
ちなみにジョニーさんは奥さんが幸せに暮らしているかを見守っているらしい。良い旦那さんだ。
ジョニーさんに別れを告げ雲雀村へ向かった冬馬は、まず自分が亡くなった場所を探した。やはり遺体は人には見つかっていない様子だった。
人間だったときには気づかなかったが、雲雀村には大量に幽霊がいた。それも昔の人が多い印象だった。冬馬も今となっては幽霊なので別に怖くはない。むしろ聞き込みができる人が多くて嬉しかった。
しかし地縛霊がこんなに多いということは過去に何かあったのだろうか。冬馬は近くにいた幽霊に話を聞くことにした。
幽霊は雲雀村が過去に襲撃を受けた話をした。
「村はすぐに壊滅してしまいました。お狐様も怪我を負っていたので疲弊しており、戦いに敗れて消えてしまって……」
(お狐様?)
そのとき冬馬の頭の中で一つの記憶がよみがえった。そういえば春馬と雲雀村の山へ向かった時、狐の像があったような気がする。かなりボロボロだったが、あれは争いで壊れてしまったのか。
「ただ、お狐様は最期に変なことを言っていたんです」
「変なこと?」
「後は未来に託す」その言葉をお狐様は残して消えてしまったらしい。それ以来、村の人々はお狐様の言葉を信じて待っているとのことだった。
(だから地縛霊がこんなに……)
冬馬は同情し、申し訳なく思いながらも自分がここに来た目的を思い返して質問をした。
「幽霊が人間に会うことはもう出来ないんでしょうか?」
返答としては幽霊のままでは厳しいということだった。冬馬ががっかりしていると、幽霊が見かねたように言った。
「ただ、方法が全くないというわけではありません。狐者ならもしかしたら……」
狐者。冬馬が初めて聞く言葉だった。どうやらお狐様に仕える存在というのが狐者らしい。
狐者は幽霊と人間の中間の存在であり、条件さえクリアすれば人間、幽霊どちらにも会うことが出来るそうだ。しかし狐者のなり方は謎に包まれていた。
「お狐様に会えればなれると思うんですけどねぇ……」
さっきの幽霊の話の通りお狐様は消えてしまった可能性が高く、居場所も分からないとのことだった。
冬馬には一つ心当たりがあった。あの祠だ。森の中で見た祠を探せば、お狐様に会えるという確信が冬馬にはあった。
しかし幽霊の誰もお狐様の像がある祠など見た事は無いようだった。見間違いではという声もあったが、冬馬はあると信じて疑わなかった。
お狐様の存在を知らない自分が見た。これは先入観による幻想ではないことは明らかであった。
冬馬はあの祠を探すことにした。しかし捜索は困難を極めた。元あった場所にない以上、祠自体が移動している可能性が高かったからだ。
ただ時間はある。冬馬は幽霊仲間からお狐様に関する情報を集めつつ、捜索を続けた。
ヒントになるのは祠を見つける前に聞こえたあの声と青いホタルだった。
声についての情報はあまり集まらなかったが、青いホタルについては多く聞くことができた。狐者を見ることができたのは、決まって青いホタルが舞っていたときだったらしい。
春馬と青いホタルを見た場所は中々見つからなかった。近くに目印が無かったこと、足を滑らした後頭を打ったため青いホタルを見た以外の記憶があまりないことが原因だった。
岩がごつごつしていたことから川の上流であることは明らかだ。冬馬は範囲を絞って探していたが、声が聞こえる事は無かった。
捜索をして三か月くらいが経っただろうか。冬馬はもう既に半分くらい諦めかけていた。少し休憩をしようと寝っ転がる(実際には地面についていないが)と、星空の中に綺麗な満月が見えた。
満月はとても明るく見えた。冬馬が休憩をやめて立ち上がると、空だけではなく地上も明るい事に気づいた。冬馬が光っている場所に向かうと、それはまさに春馬と見たあの川であった。
川の水は光り輝いていた。実際には川の水が鏡となって満月の光を反射しているらしい。冬馬が見とれていると、青い光が自分の周囲に出現した。
(ホタルだ!)
チャンスはここしかない。
「お狐様! いらっしゃいませんか!」
冬馬はお狐様に呼びかけた。すると、春馬を探していたときに聞こえたあの小さな声が冬馬の耳に届いた。
「(来い、こちらへ……来い)」
自分を呼んでいるようであった。冬馬が向かうと、そこにはあの祠があった。狐の像は相変わらずボロボロだったが、威厳を保っていた。
「なぜ我を探した?」
近いからか、今度ははっきり聞き取れる。
「俺を狐者にしてほしいからです。狐者になれば人間と会って話せる可能性があると聞きました。狐者になれるためなら何でもします!」
一瞬像の口元がニヤついたような気がした。最後の一言が余計だったと冬馬は本能的に感じた。
「なんでも?」
「まぁ……自分にできることなら……」
何か面倒くさいことを頼まれるが気がした。冬馬は察してもらおうとごにょごにょ喋ったが、お狐様はお構いなしという感じだった。
「お前を狐者にしてやろう」
お狐様の決断は早かった。しかし、今お狐様が冬馬を狐者にすることは出来ないらしい。争いの中で力を使い果たしてしまったからだ。狐者になるためには、お狐様と次元を共有する必要がある。
お狐様によれば、祠に時間を空けて何回も来ることで自分のいるところと参拝者のいるところがつながる可能性があるらしい。暫くは移動しないという話だったので、冬馬としてもありがたかった。
冬馬は祠に何度も参拝しに行くことにした。参拝をしている間、青いホタルとお狐様が出てくる事は無かった。話したりするのもかなり体力を使うらしい。ただ存在しているという気配はあった。
一か月ほどが経ったある日、いつものように参拝をしていると祠の中が少し光った気がした。扉を開けると眩しさに包みこまれた。体が浮いているような不思議な感覚。
周囲を見渡すと、青白い光に包まれていた。扉を開けたときに感じた眩しさはなく、ぼんやりした光だった。
お狐様の気配が近くにするが姿は見えない。冬馬が呼びかけると、お狐様は口を開いた。
「お前の望みを叶えてやろう。ただ、今の我にはその力は無い。」
どういうことなのか冬馬にはよく分からなかった。時空がつながっても、今も実体は無いらしい。
お狐様の頼みとは一体何なのか。冬馬には心当たりがあった。おそらく争いを止めることだろう。力を失ってもボロボロの像に宿ってずっと残っているのはそのためだと、聞かなくても分かった。
「今からお前を過去に飛ばす。過去の我なら何でも願いを聞き入れてくれるだろう」
お狐様は冬馬の考えを見透かしたように、端的に話した。お狐様が話し終わると、また周囲が眩しくなり冬馬は目をつむった。身体の直接的な感覚は既にないが、過去にワープしているように冬馬は感じた。