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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第三科【冬馬灯】
7/22

〈一類 幸せな家族〉

「ちょっと春馬とホタル見に行ってくるよ!」

 青年の瞳は楽しさに満ち溢れていた。威厳のある父に優しい母、年の離れた弟。柊冬馬の人生は幸せだった。

 柊冬馬は当時高校三年生で、物理学を中心に学んでいた。冬馬の家系は高学歴で溢れかえっていたが、冬馬自身担任に太鼓判を押されるほどの成績であったためそこに対するストレスは無かった。

 冬馬の親は忙しい。父親は議員を長いことやっており、母親はその手伝いに精を出していた。長男ということもあり、長い事冬馬は寂しい思いをしてきた。

 十歳年下の春馬にはそのような思いをさせたくないと、留守番のときも冬馬は春馬と積極的に話した。そのお陰もあって春馬とは友達のような仲であった。

 父親は忙しかったが、それでもこの週末は休みを取って一家団らんの時間を作ってくれた。

 大事な選挙前ということもあり、あまり人目に付かない田舎でキャンプをしようということになった。仕事が忙しく、あまり遊びにつれて行ってもらえなかった子どもたちはとても喜んだ。

 春馬ももう小学生になって暫く経つ。昆虫が好きな普通の小学生だ。冬馬は年の離れた春馬をとても可愛がっていた。

 機械工学に興味があった冬馬は、自分で簡単な機械を作ってよく春馬に見せていた。もちろん商品化できるような大層なものではなかったが、春馬は物珍しさからかとても喜んでいた。

 春馬が昆虫に興味を持ちだしてからは、よく一緒に公園や森で虫取りをした。春馬の昆虫の知識はあっという間に冬馬を追い越してしまった。

 自分とは全く違うジャンルで頭角を現す春馬の成長を、冬馬はとても嬉しく感じていた。

 父親がキャンプの場所に選んだのは雲雀村という村であった。冬馬は名前すら聞いたことが無かった。それもそのはず、村といっても家はほとんど無く、企業が経営するキャンプ場があるだけの場所であったからだ。

 しかし自然はとても豊かで、人も少ないため家族でゆっくりするにはとても良い場所であった。八月であったが、蒸し暑いというよりは清々しい暑さを冬馬は感じた。

 冬馬は受験生だったが、たまには休んでリフレッシュしなさいという父の言葉に甘えさせてもらった。

 キャンプは二泊三日で、その間春馬はとてもはしゃいでいた。昼は川で魚を取ったり、川下りをしたりして遊び、夜はカブトムシやクワガタを観察して星を見ながら寝ころんだ。

「兄さん、星が凄い綺麗だよ!」

 柊家では家族内であっても会話は基本敬語だった。冬馬は高校三年生になったので少しはフランクな話し方になっていた。

 小さいころから英才教育を受けている春馬は敬語を崩す事は無かった。しかし冬馬と二人の時は口調が少し緩んでしまうところは小学生らしい。冬馬はそれが嬉しかった。

「じゃあ春馬、星みたいに光る虫って何か知ってるか?」

「そんな虫がいるの!?」

「ホタルっていうんだ。俺もあまり見た事は無いけどね」

「ここにもいるのかな?」

 問いかける春馬の目は星よりも輝いていた。冬馬はホタルは知っていたが、生息している場所などはあまり知らなかった。雲雀村に来てからもホタルは見ていない。

「俺も分からないなー、よし! じゃあ明日一緒に探してみようか!」

「やった! ありがとう兄さん!」

「この近くには多分いないから、あっちの山の方を探してみようか。 今日はもう遅いから寝よう」

 冬馬と春馬は眠りについた。


 翌朝、冬馬と春馬はリュックを背負って準備をした。

「春馬―、ちゃんと荷物持ったか?」

 冬馬が春馬の元へ行くと、リュックとその中身が散乱していた。どうやら何を持っていくか悩んでるらしい。

「兄さん、歯ブラシっているかな?」

「いや絶対要らないだろ。お前のそういうところ良いよな」

 冬馬は笑いながら言った。冬馬の手も借りながら荷物の整理が終わり、二人は親の方へ向かった。

「ちょっと春馬とホタル見に行ってくるよ!」

「二人だけで大丈夫かしら。私たちもついていった方が良い?」

 母親は心配している様子だ。向こうの山に向かうと言ったので不安なのだろう。ただ正直、母親を連れて行ったら時間がかかることは明らかだった。子どもは素早いが、大人は遅いのだ。

「まぁいいじゃないか、冬馬ももう十八歳なんだし。それに君も疲れただろう。たまにはゆっくりしてくれ」

 父親はこちらの気分を察したように助け舟を出してくれた。冬馬に対する信頼や、母に休んでほしい気持ちもあるのだろう。

「じゃあ行ってきます!」

 二人は歩みを進めた。


 森の中を暫く進んでいくと、様々な昆虫がいた。春馬が捕まえるのに夢中になっている間に、冬馬はホタルの特徴をスマホで調べる。

(生息地的には雲雀村にもいそうだな、綺麗な川の近くにいるのか)

 ある程度の情報が分かったので、川の上流を目指すことにしようと思い、冬馬は声を掛けた。

「おーい、春馬、川を目指して進もうか!……春馬?」

 声を掛けた先には誰もいなかった。春馬は既にどこかへ消えてしまっていた。

(まずい、探さないと!)

 冬馬は急ぎ足で春馬のいた方角へ向かった。辺りを捜索していると、小さく声が聞こえた。よく聞き取れなかったが、近そうだったので冬馬は声のする方向へ進んだ。


 暫く進んでいくと、獣道が見えた。小学生くらいの小さい子供の足跡。おそらく春馬のものだと思った。

 足跡をたどって歩いていくと、急に足跡が途切れた。脇道に進んで行ったのかもしれない。

 冬馬が周囲を見回すと、細い道の奥に祠が見えた。そこには古びて壊れかけている狐の石像が祀られていた。

(春馬はまだ小さい。興味のある方向に進むかもしれない)

 そう思って祠の方向へ足を進めようとすると、祠から微かに声が聞こえた。しかしうまく聞き取ることができない。

「兄さん、どこー!?」

 今度ははっきりと聞こえた。春馬の声だ。しかし声が聞こえた方向は祠の方ではなく、さらに脇道にそれたところだった。

 冬馬は安心して、春馬と再会した。春馬は泣きじゃくっている。

「まったく、心配したよ。見つかってよかった」

「ぐすっ……ごめんなさい」

 自分から謝るようになった春馬の成長に内心喜びながらも、冬馬は兄として注意することにした。

「次からは俺に言ってから移動するんだぞ。 一人で行かないこと!」

「はい……」

「ただ、もしはぐれたら川の下流を目指して進むんだ。川の流れに従えば山を下りられるから」

 もうはぐれるのは勘弁してほしいが、まだ小学生の春馬が無事に帰れるように冬馬はアドバイスをした。来た道を引き返そうと思った時に、祠のことを思い出した。

「てっきりあの祠まで行ったのかと思ったじゃないか」

「ほこら?」

「ここに来る前の獣道で奥に祠があっただろ? 結構目立つところだったと思うけど」

 春馬は祠に気づいていないようだった。

(祠という言葉を知らないのか。ちょうどいい)

 冬馬は春馬に新しい言葉を教えてあげようと、祠の見えた場所まで向かった。

「あれ……?」

 祠は消えていた。それどころか祠につながる道も無くなっていた。冬馬は首をかしげながらも、春馬とのホタル探しを続行した。


 日が暮れてきた。ホタルが出るのは夜ということは調べて分かっていたので、二人は昼の間に目星をつけていた川の近くを探すことにした。

 ホタルは中々見つからず、二人は目星をつけた川を全て回り終わった。仕方なく帰ろうとしたが、帰り道を歩いていると微かに川の音が聞こえた。

 ゴロゴロして角ばった岩が多い道を進んでいくと、水がとても綺麗な川があった。

 あまりに透き通っている。泳いでいる魚の動きがハッキリとわかるほどで、二人が見とれていた。陽が完全に落ちると危ないので、なるべく早く探すことを条件に二人はホタルを見つけようと試みた。

 陽が落ちる手前、春馬が叫んだ。

「あ、光ってる!」

 冬馬がその方向を見ると、光が飛んでいた。間違いなくホタルだった。ただ、ホタルをあまり知らない冬馬でもおかしいと感じる点があった。青かったのだ。

「凄い! これがホタルなんだね!」

「あ、いや……」

 本当にホタルなのだろうか。近くの葉っぱに止まったホタルを観察するが、紛れもなく本物であった。冬馬が不思議がっていると、春馬が遠くから話しかけてきた。

「兄さん見て! こっちにはもっといっぱいいるよ!」

 春馬は山の裏へ行こうとしていた。明らかに危険な道だ。

「春馬待て! そっちには行くな!」

 冬馬は急いで春馬の方へ向かった。しかし必死になるあまり、自分のいる道も危険なことを忘れていた。急いだせいで、冬馬は自分が足を踏み外してしまっていることに気づいた。

(やべっ)

 気づいたころにはもう遅かった。冬馬は山を転げ落ちてしまった。為すすべもなく転がっていると、頭を石に打ちつけてしまった。

 意識が遠のく。春馬の泣き声がどこか遠くで聞こえたような気がした。春馬が無事に両親の元へ帰れることを祈って、冬馬は目を閉じた。


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