〈二類 新たな協力者〉
茜と春馬はすぐに雲雀文化センターに向かった。雲雀文化センターは二人が想像していたよりも大きな建物で、様々な資料が飾られていることが外からも分かった。
センターに入り自動ドアを抜けると、完備された空調を肌で感じられた。室内はとても明るく、綺麗に手入れされていた。
中に入って早々、春馬は階段を上って展示されているものを見に行った。茜も近くにあった資料を手に取ってみる。
やはり雲雀村に関する伝承や文化について書かれた文献が大量にあった。その中でも、お狐様に関する歴史がほとんどを占めていた。
しかし暫く探してみても蒼き光と関連する文献は見つからないため、茜は近くで作業をしていた職員に声を掛けた。
「あ、ちょっといいですか?」
「はい、いかがなさいましたか?」
職員は話しかけやすそうな雰囲気を纏っており、スーツではあったがてきぱきした動きでラフな空気感があった。
「すいません、私たち少しお尋ねしたいことがあって!」
「私たち?おひとりではないのですか?」
「え?」
茜が振り向くと春馬がいないことに気づいた。職員に事情を説明し春馬を探すと、ちょうど上の階にいるのが見えた。茜は春馬を引っ張って職員の前に連れてきた。
「それでご用件というのは?」
「あぁ、そうだった。私たちお狐様と蒼き光の話を調べているんですけど情報が無くて……聞き込みをしたらここを紹介されたんです!」
職員によれば、お狐様の資料は多くあるものの蒼き光と関連した文献はほとんどないとのことであった。蒼き光が出てくるのは『雲雀村伝説』でもほんの一瞬だけであり、あまりメジャーなものではないことが原因だった。
『雲雀村伝説』も、かなり昔の資料であり戦火の中で書かれたものであるため原本はどこにあるか分からない。現在流通しているのは複写したものだけであり、話自体の信ぴょう性も曖昧というのが職員の意見だった。
茜たちが帰ろうとすると、職員が何かを思い出したように呼び止めた。どうやらありそうな場所に心当たりがあるとのこと。
「ご案内は出来ますけど……」
やけに言い渋っている。しかしあることは確かなようだ。茜と春馬が乗り気になって話を聞くと、この近くに村の伝承を管理する家があるとのことだった。
そこなら蒼き光に関する情報もあるかもしれない。場所が分かりづらいため、車で案内してくれるとのことだった。茜が申し訳なさそうにしていると、予想外の答えが返ってきた。
「お気になさらないでください。最近は観光客への待遇を強化しているんです」
どうやら完全に観光客と間違われているようだ。しかしこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「ありがとうございます! ほら、先生もお礼言って!」
春馬は既にさっきの場所に戻っており、本棚の資料に夢中になっている。
「ちょっと春馬先生!」
「ふふっ、面白い人ですね。あ、申し遅れました」
職員の名前は菱田里穂、去年から雲雀文化センターで働き始めたそうだ。
続いて茜が自己紹介をすると、いつの間にか戻ってきていた春馬に手で制された。春馬といえども一人の講師、生徒の紹介はリードしてあげたいのだろう。
「ここは僕が。僕は大学講師をしている柊春馬です。こちらは民俗学を専攻している……」
なぜか沈黙が生じた。春馬の冷汗は周りの空気が一瞬で重くなっていくのを感じ取った。
「は?」
「えーっと……」
そう、この春馬という男は茜の名前を知らなかったのである。春馬は興味のあることにしか記憶を使わない。民俗学は昆虫の文化にも関連しそうだと覚えていたが、名前は一切問題外であった。
「ふ・じ・わ・ら! 茜です! なんで名前は出てこないのに専攻だけ出てくるんですか!」
茜はブチ切れている。無理もない。
「どうせ虫しか知らないですよこの人」
怒った拍子に、つい春馬への挑発めいた言葉を言ってしまった。
「失礼だな。昆虫だけじゃなく、他の生物まで幅広くやってる。そもそも……」
またやってしまった。茜が覚悟を決めようとしていると里穂が口を開いた。
「それは凄い! それならあの件も解決できるかもしれないですね」
(助かった!)
「あの件?」
里穂は最近雲雀村で起こっている異変について話し始めた。里穂によれば、ここ数年で急に野生のキツネが大量発生しているそうだ。
お狐様を信仰している村なのであまり表立って駆除をすることもできず、キツネの数は増える一方であった。
「祟りだっていう人も中にはいて……役場としては困ってしまって」
春馬は終始考え込んでいるため、茜は気になったことを聞いた。
「そういえば祟りってどういう意味なんですか?」
「最近、この村が祀っているお狐様を活用した村おこし計画が出ているんです。」
雲雀村では近年財政が問題になっていた。その中での策として出たのが、お狐様を使った村おこしであった。
しかし住民の中にはお狐様を信仰している人も多く、観光地の客集めとしてお狐様を使うのには反対の声が多く挙がった。
村は住民の反対を押し切って駅の再開発を始めたため、不吉なことが起こる度に祟りだと騒がれた。
この資料館も再開発で建てられたため、住民には不評であった。広さの割には来客が少ない。職員が五人ほどいるのに対し、客は春馬と茜を含めて十人ほどしかいなかった。
「それで祟りなんて言う人がいるんですね。」
村としてもこれ以上ネガティブなイメージを住民に与えたくはない。野生のキツネの大量発生には困っていた。春馬はずっと考え込んでいる。
最初のキツネだけではなく、資料館に来るまでの短時間に三匹ものキツネを見た。他の地方で起こっている野生動物の大量発生とはわけが違いそうだ。
里穂が連れて行ってくれるとのことなので、茜は改めて感謝して車に乗り込んだ。そして車に乗っても考え込んでいる春馬に礼を言うよう促した。
「大量発生の原因、餌じゃないなら生態系か? それとも……」
「聞いてませんね。いつものことですけど」
「別に大丈夫ですよ。リラックスしていてください」
里穂の親切あって、三人は伝承の大元へ足を運んだ。いや、車で行った。