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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第二科【蟻の思いも天に届く】
3/22

〈一類 旅立ちは狐とともに〉

 遠くまで晴れた青空の中に二人は降り立った。田舎の夏という雰囲気だ。八月だが、蒸し暑いというよりは清々しい暑さを春馬は感じた。田園が遠くに見えるが、駅の近くは発展していた。

 雲雀村、東京からは離れたところにあるのどかな村である。特に名産品があるわけでも観光地があるわけでもないが、そのおかげで伝統は保たれている。

 一つ変わったところがあるとすれば狐の銅像があちこちにあるところだろうか。ハチ公みたいな位置に置かれている銅像もあれば、誰も見ないような場所にこぢんまりと置かれているものもある。尻尾は六本であった。

 茜は懐かしい空気を目いっぱい吸いながら伸びをした。

「久々だなぁ、全変わってないや。結構いいところじゃないですか? 先生!」

 茜が横を見るとさっきまでいたはずの春馬の姿が無い。周囲を見渡してもいない。ふと目線を落とすと、春馬がルーペを持ちながら寝そべっていた。道に。

「……何してるんですか?」

「見りゃわかるだろ、アリ眺めてるのさ」

 そんなことは分かっている。春馬は虫がいればどんな状況でも観察を始める。いい意味で学者脳、周囲が見えなくなるのである。

「人として何をしているのか分からないから聞いたんです!」

 茜は分かりやすく大きなため息をついて、自分が調べてきた情報を春馬に共有した。雲雀村では過去に大きな争いがあり、そこで『雲雀村伝説』は作られた。

「あの本にはそういう歴史があったんです」

「え?」

 春馬は聞いていない。疑問詞が出ただけでも上等だろう。

「だーかーらー! そこでこの本が出てきたんですよ!」

 春馬は熱心にうなずいている。

「え?」

 その目はアリの動きを逃さない。

「もういいです!」

 茜は争いの時に蒼き光が現れたのだと話した。蒼き光がホタルに関連している可能性は高いが、茜が調べた情報では限界があった。

 そのためにこの村に来たのである。情報収集をするために、春馬と茜は駅の周辺で聞き込みを行った。といっても主に行ったのは茜である。

「あ、今通り過ぎたのシジミチョウじゃないか!?」

 茜はため息をつく。こうなることは分かっていたがまさかこれほどとは。

 長期戦を覚悟していると、急に春馬の目の色が変わった。どうやら駄菓子屋を見つけたらしい。店の前には金平糖が売られていた。

「店の前のあれは……金平糖か!!」

「ほら早くいきますよ、時間も限られて……」

 茜の言葉を遮るように春馬は走り出した。茜は全力で止めるが、春馬の勢いは衰えない。茜は慌てて止めながら呼びかけた。

「ちょっと! 何してるんですか! 早く聞き込みに行きますよ!」

「でも金平糖が!」

「金平糖がどうしたんですか!」

 茜には春馬が何を言っているのか理解が出来ない。

「人生で一番好きなんだよ!」

「知りませんよそんなこと!」

 春馬が興味を持っているのは昆虫だけではない。小さいころから金平糖が大好きで、研究の合間には欠かさず食べている。

 しかし春馬のコントに付き合っている暇はない。茜は春馬の服を全力で引っ張る。徐々に春馬が引っ張られる。

「こーんぺーいとーう!!」


 春馬の叫びとは反対側に茜は春馬を連れて行った。


 ちょうどそのころ、駅の反対側では狐が牙を見せていた。狐の前には仮面を被った男がおり、その手には星が握られていた。

「グルルル……」

 狐は今にも仮面の男に飛び掛かりそうな勢いである。仮面の男は狐に向かって握っていたものをばら撒いた。狐は驚きながらも食いついた。そう、星とは金平糖のことである。

「コーン!」

 狐は喜んで金平糖を食べている。食べ終わったのか仮面の男に近づいてきた。

「おー、よしよし。可愛いな~お前は!」

 仮面の男は狐をワシャワシャ撫でている。可愛さに心を奪われている様子だ。

「お手!」

 仮面の男の指示を全無視して狐は金平糖を要求している。よっぽど美味しかったのだろう。仮面の男は自分でも金平糖を食べながら、狐にあげていた。

「よし! お前の名前は今日からコン太だ!」

「コン?」

 狐は変な奴を見るような視線を仮面の男に向けていた。しかし美味しいものをくれることがわかっているため、全力で喜ぶフリをした。

「そうかそうか、嬉しいか! 可愛いやつめ!」

(してやったり)

 狐が笑みを浮かべていたことなどこの男は知るまい。男が狐と戯れていると、春馬と茜の会話する声が近づいてきた。

「お、来たか」

 仮面の男が狐に一粒の金平糖を見せる。これが最後の一粒だというのを察知した狐は集中力を高めた。仮面の男が金平糖を投げた先は、二人の前だった。

「あ、金平糖!」「あ、狐!」

 春馬は金平糖、茜は狐に気づいた。茜が一瞬後ずさりするのに対し、春馬は金平糖に顔を近づけた。

「何食べようとしてるんですか! 相手狐ですよ! 自分のあるじゃないですか!」

「僕はもう全部食べた」

「えっ!? じゃあ私のあげますよ」

「ありがとう」

「先生じゃなくて狐にですよ!」

 茜は持っていた金平糖を地面にばら撒いた。春馬は残念そうにしながら狐を眺めていた。狐は感謝するように鳴いた。

「可愛い! 私狐大好きなんです!」

 茜の言葉は金平糖という名前の希望を失った春馬の耳には入っていなかった。春馬は金平糖を失った絶望の中、ふと疑問を抱いた。

(田舎とはいえどうして発展している街中にキツネがいたんだろう)

 春馬が仮説を頭の中で検証していると、狐は急に走り出した。少し離れたところで二人の方を向いた。

「コーン!」

 狐は鳴いた後去ってしまった。茜は目をらんらんと輝かせながら、狐に手を振っていた。

「きっとありがとうって言ったんですね!」

「いや、気まぐれだろ。そもそもキツネに感情は無いはずだし……」

「ごちゃごちゃ言ってないで私たちも急ぎましょう!」

 茜は駅の方面へ向かった。春馬も茜を追いかけつつ、金平糖が飛んできた方向を見た。しかしそこには既に生き物の影は無かった。


 茜と春馬(ほとんどは茜)が聞き込みを続けていると、最近になって雲雀文化センターという資料館が出来たという情報を得ることができた。

 二人が資料館へ向かうのを見届けたあと、仮面の男は聞き込みを受けた人物たちに声をかけた。

「すまないね」

「いえ、英雄さまの頼みですから!」

「その呼び方はやめてくれよ」

 仮面の男は笑いながら言う。聞き込みを受けた数人は白い狐の仮面を外し、変装を解いた。

「あれはどうします?」

「しばらく様子を見よう」

 仮面の男たちは少しの間話し合った後、散り散りになった。


 街の発展といい新しくできた文化センターといい、急速に変わっている雲雀村に茜は違和感を覚えていた。一方春馬は相変わらず街におけるキツネの大量発生に違和感を覚えていた。


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