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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第六科【蠢く世界】
22/22

〈五類 冬と春〉

「この辺でいいか。ほら、ここも凄いだろ?」

 冬馬は春馬を川の上流の方へ案内した。確かにそこはさっきよりも多くのホタルが舞っていた。

 冬馬は咲葵が無事にうまくいったかを案じた。

(あの咲葵って子、思ったよりチャラかったな……あぁそれより)

 冬馬はどうでもいいことを考えた頭を振って、春馬に話しかけた。

「久しぶりだな、春馬」

 春馬はホタルに夢中で全く反応しない。冬馬はおーいと言って触ろうとするが、触れないことを思い出して虚しくなった。

(……そうだ!)

「あ、虹色の虫がいる」

 冬馬はなんとか気を引こうと話しかけたが、またもや無視をされた。

「前は反応してたじゃん!」

「だってこっちの方が珍しいよ」

「聞こえてんじゃねぇか!」

 冬馬は突っ込みを入れつつも、また春馬と話せていることに感慨深くなっていた。

「……一つだけ分からないことがあるんだ」

 春馬はキツネの大量発生の原因について聞いた。冬馬は自分への質問だと思っていたので拍子抜けだったが、それも春馬らしいと思った。

「それはお狐様の仕業だな。まぁこんなこと言っても春馬は信じないかもしれないが」

「確かに僕は目で見たものしか信じないよ。ただ兄さんが人じゃないのは分かる。そして見えている。信じるしかないよ」

 冬馬は春馬が案外素直なことに驚きつつも、キツネを放って村おこしが失敗するよう仕向けたことを話した。

「どおりで科学的根拠がないはずだよ。データには、要因になるものは無かった。死んだ兄さんの記憶が戻ったことにもね」

「間接的な方法しかなかったんだよ。あ、あと他の人には死んだじゃなくて亡くなったを使えって昔言ったろ? お前は人を生き物と同じにする癖があるから」

「人間も生物だよ。同じ言い方をするのは当然でしょ?」

「変わってないな。あの茜って子を擁護する訳じゃないけど、狙われたのはお前にも原因があったんじゃないか?」

「かもしれない。でもどうでも良いことだよ」

 春馬は生き物を観察できればそれで満足だと話した。冬馬はあきれつつも、春馬を山で一人にしてしまったことを謝った。

「本当にすまなかった!」

「気にしないでよ。僕とは違う僕だしね。記憶はあるけど自分じゃない、不思議な感じがする」

「ありがとう。まぁ元気そうで安心したよ」

 話が落ち着いたところで、春馬はさっき気になったことを聞いた。

「そういえばさっき鵺と話してたことがよく分からなかったんだ。兄さんは九百年前からずっと僕を待っていたの?」

 春馬がそう言った瞬間、冬馬はとても嬉しそうにニヤついた。

「もしかしてお前、気づいてないのか? ふっふっふ、じゃあネタバラシをしよう!」

 冬馬は、今回の事件は全部自分が仕組んだ事だったのだと告げた。

「へぇ……」

 冬馬は春馬の薄いリアクションにガッカリしながらも話をつづけた。

「ちゃんとタイトルまで付けてたんだぜ! ズバリ! あ、これ前ダサいって言われたんだよな……忘れてくれ」

 春馬にはまだ冬馬の言っていることがよく理解できていなかった。

「ナイフのところがドッキリってこと?」

「いや、あれにドッキリしたのは俺の方だ」

 冬馬はうろたえながら説明した。茜は本来冬馬の計画には入っておらず、鵺には特に警戒していたことを話した。

「来たと思ったら殺されかけてるんだ、正直焦ったわ!」

「やっぱり……何かに導かれているような感じはしていたんだ」

 冬馬は笑って、自分たちが導かなければここにはたどり着けないことを話した。

「でもどうしてそこまでして僕を?」

「それはお前が一番よく知っているんじゃないか?」

 春馬にはそれが何か理解できなかった。春馬が理解してないことを察しつつ、冬馬は幽霊になって暫く経ったときのことを話した。

「俺はずっと見ていたが、俺が亡くなった後からお前の性格は変わった」

 冬馬は春馬が心を閉ざし、仮面を被っている状態になってしまった経緯を話した。

「新しくお前が生まれてきてもそれは変わらなかった」

 冬馬は、春馬が本当の気持ちを隠して、虫好きとして特殊に見られることでそれを誤魔化していることを指摘した。

「……そんなわけない」

 春馬は認めようとしなかった。冬馬は春馬が夢の中でも、その気持ちから抜け出そうとしていることを知っていた。

「すぐに仮面を剥がせとは言わない。ただ、仮面を外すためには仮面を被っていることに気づくのが大事なんだ」

 冬馬はそれを伝えるために春馬に会おうとしたのだと告げた。春馬はただうつむいている。

「嘘だ! 僕はそんなもの被ってない!」

 春馬は頑なに認めようとしない。しかしその目は泳いでいた。当てはまる節があるのだろう。

「口ではどう言っていてもかまわない。お前の心の中で、いつか頷いてくれ」

 春馬は黙っている。二人の間に沈黙が流れる。その沈黙をかき消すように、冬馬の持っているトランシーバーが鳴った。

「あぁ、そうか。了解、俺もすぐ向かおう」

 通信は他の狐者達からだった。どうやら鵺を見失ってしまったらしい。見えない分あちらが不利だが、それを知ったうえで見つかるような行動はしないだろう。冬馬は全体を指揮するために行かなければならないと話した。

「すまないな、短い時間だったが楽しかった」

「こちらこそ。僕はもう少し観察してから帰るよ」

(絶対帰らないよなそれ……)

 冬馬はあきれつつも、後もうすぐでここに来た記憶は無くなることを話した。

「伝承で見たろ? 朧になるんだ」

「そんな……」

「悪いな、楽しみにしていたのに」

 冬馬は春馬に申し訳なく思ったが、春馬からの返答は予想外のものだった。

「良かったよ」

 冬馬は春馬の発言を咀嚼できなかった。戸惑っていると、春馬が続けた。

「人に導かれて研究しても意味がない。僕は自分でやりたいことをやるんだ。次は一人で辿り着いてみせるよ」

 春馬の目に曇りは無かった。冬馬はそれを見て安心した。

「なるほどな、蒼灯籠はこれからも残る。探せばいつかは見つかるはずだ」

 春馬は最後に、このホタルの名前を一緒に考えてほしいと頼んだ。冬馬が理由を尋ねると、言葉のイントネーションを頭に残すためだと返された。記憶が無くなっても言葉の響きまでは消せない、と春馬は豪語した。

「それにメモしておけば、思い出せるよ。僕がホタルを忘れるわけがないから」

 確かにそれはそうだと、冬馬は笑った。春馬はリュックからメモを取り出した。冬馬は暫く唸っていたが、一つの名前にたどり着いた。自分で頷きながら力強く発言した。

「じゃあ、アオトウロウボタルで!」

「語呂が悪い」

 春馬は最後まで書くこともせずに突き放した。冬馬はとても落ち込んでいた。悔しくなって、春馬にどんなものが良いと思うのかを聞き返した。

(俺も語呂が悪いとか言ってやろ)

 春馬はメモをポケットにしまって暫く考えた後、口を開いた。

「スイショウボタルは?」

「……いいね」

 冬馬は悔しいけど結構アリだと思ってしまった。また見つけたとき、水晶のように思い出を反射してくれる。そんな理由から、春馬は蒼灯籠をスイショウボタルと名付けた。

「ロマンチストって職業があれば大成功だったのにな」

 冬馬は笑いながら言った。春馬もいじらないでよ、と笑っていた。しかし、春馬の目に映る冬馬は既に薄くなり始めていた。

「お面が無くても消えていくらしい。タイムリミットだな」

 春馬は冬馬に触ろうとするが、触ることができない。既に冬馬の後ろに生えている木々が透けて見えていた。

「そんな、兄さん……兄さん! にい……あれ?」

 春馬は考え込むが目の前にいた人の名前が出てこない。

(さっきまであんなに話していたのに……)

「君は……誰だ?」

「会えて楽しかったよ。お前がいつか本当に仮面を外せることを祈ってる」

 男は仮面を被って消えてしまった。春馬は見回したが、痕跡すら見つけられなかった。

「今のは、人? 僕は一体……」

 春馬が呆然としていると遠くから茜が駆けてきた。

「春馬先生!」

「あの、本当にすいませんでした! 謝っても許されないことは分かっています」

 茜は春馬が嘘を見抜いても何も言わないでいてくれたのに、騙してしまったことを懸命に謝った。しかし春馬には茜がどうして謝っているのか分からなかった。

「ちょっと待て。君はどうして謝っているんだ?」

「え? そりゃもちろん山の……あれ? 私なんで謝ってるんだろう?」

 茜も、なぜ自分が謝っているのか分からなかった。ただ、涙だけがこぼれていた。

「確か青いホタルがいて、それで……ん? 川がない!」

 春馬はなんとか記憶を遡ろうとするが、思い出そうとすればするほど記憶が消えていく感覚があった。そのとき、ホタルの光が一斉に消えた。

「ホタルが!」

 春馬は名残惜しそうに見ている。

「消えた……」

 茜も何があったのか分からず混乱しながら、ただホタルの消えた林を眺めていた。ちょうどそのとき朝日が差し込んできて、二人は夢から醒めたような気になった。

「眩しい……どうして私たち朝までこんなところに?」

「さぁ、分からない……どうしても思い出せないな」

 茜はすっきりした感じがする、と満足そうに笑った。春馬を見ると、ポケットから何かはみ出していることに気づいた。春馬が取り出すと、そこには小さなメモのようなものとペンがあった。

 茜が無理矢理奪って見ると、そこにはアオトという文字だけがカタカナで残されていた。

「アオト? 誰かの名前ですかね?」

 春馬は茜からメモを受け取り、眺めてフッと笑った。

「先生? どうかしました?」

「いや、少し思い出しただけだよ」

「いや思い出したって何を」

 茜が聞こうとすると、遠くから里穂の声が聞こえた。自分たちを呼んでいる。春馬たちが声のする方向へ行くと、里穂と菫がいた。

「良かった! 戻って来られたんですね!」

 里穂は安堵している。横にいる菫も笑みを浮かべていた。茜には二人が仲直りしたことがすぐに分かった。

「二人とも仲直りできたんですね!」

「はい!」「まぁ……」

 菫はそっぽを向いて照れていた。里穂は二人がもう二日も帰って来ないから心配したのだと伝えた。春馬と茜は二人が何を言っているのかが分からなかった。まだ山に入って一日も経っていない。茜がスマホを見ると、里穂の言う通り既に二日が経過していた。

「ほんとだ! どうして!?」

「おそらく蒼灯籠の光で……」

「そんなことよりヤバい! 早く戻らないと単位が!」

 菫の解説は茜の心からの叫びに遮られた。里穂を先頭に、山を下ることにした。皆が進んでいく中、春馬だけが立ち尽くしていた。辺りを見回して黙考している。

「先生! 帰りますよ!」

 暫くすると茜の呼びかけが聞こえた。春馬は今行く、と空返事をしながら、目の前の山を見つめて呟いた。

「……また、会えるかな」

 春馬の背中で、それに応えるように一匹のホタルが青く光った。

【完】   

最後までお読みいただきありがとうございました!

初めての長編ですが自分にとってとても価値のある経験になったと思っています!これもひとえに読んでくださった皆様のおかげです!

面白いと思っていただけた方はブックマーク、感想評価をいただけると嬉しいです!次回作にもどうぞご期待ください!

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