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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第六科【蠢く世界】
20/22

〈三類 鵺は夜に笑う〉

 春馬はこの男が言っている意味が分からなかったが、ひとまず逃げることにした。しかし川辺ということもあって足場は悪く、すぐに追い詰められてしまった。

「どうして僕を殺そうとするんだ?」

「冥途の土産に教えてやる。お前の兄に散々計画を狂わされたからだよ!」

 春馬はポカンとしていた。自分に兄はいない。

「あの、人違いじゃ」

「いや、違う。お前の兄だ」

 らちが明かない。とにかくピンチであることには変わりなかった。春馬は地面をはいつくばって逃げようしたが、鵺に先回りされてしまった。

「ここまでだな、あばよ!」

 鵺がナイフを振り下ろす。もう終わりだと春馬は目を瞑ったが、その刃先が春馬につく事は無かった。

 春馬が目を開けると、ナイフが空中で止まっていた。一番混乱していたのは春馬ではなく鵺だった。

「どういうことだ!? ナイフが動かない!」

 鵺はナイフを動かそうと暴れるが、全く動く事は無かった。

「本当に仮面を被っていたのは君だったんだな」

 ナイフを止めている男、冬馬はつぶやいた。冬馬の姿は春馬と鵺には見えていない。

「くそっ、全然離れない!」

 鵺は暴れ続けている。

「いったいこれはどうなってるんだ?」

 春馬もこの状況に首をかしげていた。

「あの、今せっかくカッコつけて……」

 冬馬が見えていない二人は遠慮なく話し続けている。

「仕方ない、予定していたのとは変わるけど」

 冬馬は仮面を外して、パチンと指を鳴らした。その瞬間、周囲が青い光に包まれた。青い光を灯したホタルが縦横無尽に飛び回っていた。

「これは……蒼灯籠? 一体どうなって……ってうわぁ!」

 春馬は尻餅をついた。

「デジャヴ? 何回もやられると悲しいんだけどな……」

 冬馬はもう何度も春馬の夢の中でこのリアクションをされている。

「兄さん! どうして!?」

 春馬は冬馬のことを自然と兄さんと呼んでいた。その瞬間、今まで欠けていた記憶が一斉に舞い戻ってきた。

「訳は後だ。まずはこいつを」

「お前、やっぱりまだ生きていたか」

 鵺はナイフを奪い取り、後方へ飛び態勢を整えた。春馬はそのタイミングで二人の間合いから離れた。近くには茜がおり、ただ震えていた。

「全く使えないやつだな、もうお前はいらねぇ」

 鵺はそう茜に吐き捨てた。しかしその目は冬馬だけを見ている。茜は今まで咲葵を引き合いに出され、鵺に利用されていたのだ。

「せっかく『雲雀村伝説』まで差し入れてやったのによ」

 春馬と茜はそこでピンときた。菫の家で春馬が『雲雀村伝説』を見つけられたのは偶然ではない。すべて鵺に仕組まれたことだったのだ。

「どうしてそんなことを?」

「さっきも言ったろ、あんたを殺すためだ」

 春馬にはなぜこの男が自分を殺そうとしているのか全く分からなかった。

「俺は初めましてだね」

 冬馬は鵺に向かって軽く語りかけた。しかしその目に油断は無い。

「君のその気配、蒼灯籠を取り込んでいるね。いったい何者なんだ?」

 冬馬は計画の傍らずっとその男を監視していた。春馬が生まれてからというもの、ずっとその男はチャンスを伺うように潜んでいたからだ。人間ではないことは明らかだったが、狐者ではなく自分のことは見えていなかった。

「俺はあんたに倒された軍に仕えていた忍者だ。九百年前は世話になったなぁ!」

 冬馬は思い出した。確かに九百年前、相手の軍に忍者もいたことを。

「俺たちが有利だったんだ。お前が来てから戦況が一気に変わっちまった」

 鵺は腹立たしく言った。軍が負けた後、焼け野原の中で鵺たちは最期の会話をしていた。「どうにかしてあいつを倒せ。復讐しろ」と主に言われて、鵺は頭を振り絞った。しかし中々いいアイデアは出てこない。呼吸も浅くなってきた。

「そして死んじまった。ただ、あまりに強い未練で魂は残った。それは俺だけじゃねぇ

ほとんどの武士が同じだ」

 鵺はそこからなんとか未練を晴らす方法を苦慮した。なにか現世と自分たちを繋ぐものがあれば、また復活することができるかもしれない。そうして見つけたのが蒼灯籠だった。自分たちを倒すときは武器として使われていたが、目の前の蒼灯籠はただのホタルと変わらない安全なものだと感じていた。

 鵺は忍術を使い、周りの魂を自分の魂の中に取り込んだ。それはとても邪悪な塊となって蒼灯籠を襲い、鵺は狐者もどきのような存在として生き残ったのだ。

「あのとき一時的に蒼灯籠が減っていたのはそういうことだったのか……」

「最初はお前を倒して歴史を変えることばかり考えていた。ただ、お前が見つかる事は無かった」

 冬馬は蒼灯籠の力が切れたことで人からは見えなくなっていた。それは鵺からも同じだった。

 お狐様の周りにいる人間たちが冬馬のことを未来からの使者と呼んでいることは分かっていた。

 鵺は柊冬馬に焦点を当て、自身の中に取り込んだ蒼灯籠から冬馬の記憶にアクセスした。すると冬馬が弟と別れて死に、幽霊になった後過去へ飛んできたことが分かった。

 そこで鵺は思いついた。存在が不確定な柊冬馬を狙うよりも、弟の柊春馬を殺せば柊冬馬が死ぬことも無くなる。消滅するのではないかと考察したのだ。

 しかしそれはとても長い道のりだった。そして柊と名乗る人間を探していき、遂に九百年後柊春馬を見つけたのだ。柊冬馬は生まれていなかったが、それは過去で一度狐者になっているからだと推測した。

 鵺は柊春馬を殺そうとしたが、不可能であることに気づいた。実体がないからである。鵺は春馬に近づく人物の中で、利用できそうな人間を選んだ。それが茜だったのだ。

「そんな……」

 茜はただ呆然としている。鵺は茜を言葉巧みに騙し、春馬を自分の近くまで連れてこさせた。

 まだ実体としては不十分なので茜に殺させようとしたが、茜はそれに失敗。鵺本人が出てきたという顛末である。

「私はあなたが咲葵を生き返らせるために必要って言葉を信じてここまでやったのに!」

「馬鹿な奴だな。お狐様は消えたんだよ! 死んだやつが生き返るなんてあるわけねぇだろうが!」

 茜は言い返す気力すら失っていた。

「いや、それはどうかな? おいで」

 冬馬がトランシーバーのようなものを取り出して呟いた。

「茜!!」

 咲葵が現れた。鵺は唖然としている。

「え? 咲葵!?」

 茜も信じられないような表情を浮かべている。

「彼女だけじゃないよ」

 冬馬が指を鳴らすと森の陰から大勢の狐者が現れた。それは春馬と茜がさっきみた人数よりも多かった。

「君が狐者を認知できなくて助かったよ。君の計算には一つだけ間違いがあった。お狐様は生きている」

 冬馬はお狐様が実体のないまま祠で身を潜め、少しずつ狐者を増やしていったことを話した。

「このやろぉぉぉお!」

 鵺は怒りで煮え立っていた。

「過去を変えることと未来を変えることは同じじゃない」

 お狐様は過去を変えようとした。それと同じように、鵺は未来を変えようとした。しかしそれまでの間で、お狐様と冬馬たちは戦力を増強させることができたのだ。

「くっ!」

 鵺は闇の中に紛れた。

「英雄様、ここは我々が」

 狐者達は鵺を追いかけた。この数ではさすがの鵺も勝ち目はないだろう。

「さて、これで邪魔は無くなったね。春馬、場所を変えようか」

「でもホタルが!」

 春馬は鵺と冬馬の会話の終盤からずっと青く光るホタルに夢中である。

「さっき殺されかけてよくそんなことが言えるな。あっちの方が多いぞ?」

「行く」

 春馬は即答した。冬馬は去り際、咲葵に向けてアイコンタクトした。二人が去った後、茜と咲葵だけが残った。



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