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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第一科【日常に訪れた変異】
2/22

〈二類 蒼き光〉

 茜が授業を終えて戻ろうとすると、研究室の中から話し声が聞こえた。図書館の資料室に寄ったため、三時間以上が経っていた。すでに陽は落ちかけている。

(お客さんと話しているのかな)

 さすがの茜も入るのをためらっていると徐々に会話の内容が聞こえてきた。茜は耳を澄ます。

「その時代で役回りが変わったんだ。今までは他の生物の餌となるだけだったのが……」

 会話ではなかった。まだ話し続けていたのである。茜がそっとドアを開けて部屋に入った時、ちょうど春馬が振り向いた。

「つまりそういうことだ! さすがにこれで分かったろ!」

「え? あ、はい」

「うん。分かればいいんだ、分かれば」

 春馬は満足そうにうなずいた。適当に返事をしてしまう自分の癖にここまで感謝をしたのは初めてだった。

 茜が研究室から出ていた四時間の間、春馬はずっと喋り続けていたのだろう。それに恐怖を覚えつつも、茜は一冊の本を春馬の前に出した。

「そういえば青いホタルのことで、文献が出てきたんです!」

 茜が春馬に見せたのは『雲雀村伝説』と書かれた書物であった。損傷が激しく、中身はほとんど破れている。

 話としてはヒイラギと呼ばれる英雄がお狐様とともに村で起こった争いを鎮めたというものである。田舎ではよくある英雄譚だ。

「ヒイラギって先生と同じ苗字じゃないですか!凄い偶然!」

 確かにこれには春馬も驚いた。さらに驚いたのは、文献内に描かれているヒイラギの絵が春馬に似ていたことだ。春馬の先祖は代々農民であり、雲雀村とも縁は無い。

 他人の空似だろうが、春馬はその絵の人物に何か懐かしいものを感じた。文献を読み進めていくと、一か所不可解な文章があった。

「あかき水のもとで蒼き光群るるとき、やんごとなき狐の人影(ひとかげ)映しいださる」

 蒼き光。茜がさっき言っていた伝承と重なる。物語の中では蒼き光を使って敵を倒していた。

「初めて見たな。狐の人影って何のことだ?」

 どうして狐が出てくるのだろうか。茜によれば、この書物の舞台である雲雀村は古くからお狐様を祀る風習があるらしい。

「私も全然わからなくて」

「しかしよくそんな文献を見つけてきたな」

 茜の地元は雲雀村(ひばりむら)、つまりこの書物が書かれた場所であるとのことだ。父親が転勤族であった茜は雲雀村に四年間住んでいたらしい。

 しかし茜も、狐の人影については全く知らないそうである。狐は人間ではないため、本来人影という言葉は使わないはずだが。

 お狐様と関連があることは確かだ。しかし、それ以上のことをこの文献から読み解くことはできなかった。

 雲雀村にいけばもっと文献があるはず。それが茜の推測であった。

 春馬もそれには同意しており、行けば青いホタルに近づくことができるという確信があった。根拠はないが、春馬はそれに突き動かされるように出発の準備を始めた。

「え!? 行くんですか?」

 茜は文献を傍らの机に置き、大げさに驚いていた。わざとらしいのはいつものことだ。

「気になるんだ。もし現代に青いホタルがいたら研究ができる」

「分かりました。じゃあ私も準備始めます!」

 春馬は一瞬、茜が何を言っているのか理解できなかった。思考を深めていると、答えが返ってきた。

「ナビ役は必要ですよね! 課題が来週までなので一週間なら休めます!」

 茜は走って研究室を出て行ってしまった。

(チーターも驚くスピードだな。チーターの模様に関する論文の内容ってなんだっけ……あ)

 考え事をしている間に茜は見えなくなっていた。

「おいちょっと待て……」

 春馬のその声が茜に届く事は無かった。


「分かってるよ。今のところ順調だから大丈夫」

 茜は研究室からの帰宅途中、来た連絡にそっけなく返事をした。


 茜が去ってから数分後、春馬は諦めて資料の整理を始めた。現在は研究で休暇を貰っているため、授業はしなくて良い。

 研究もひと段落ついたので、春馬は久々に研究室を出て家に帰った。くたびれた白衣のまま帰ったので、道中職質を二度もされたのは内緒である。


 春馬が研究室を出て暫くすると、研究室のドアが動いた。狐の面を被った男が中に入る。男は机の上にある資料を手に取った。

 男は資料を暫く眺めたあと元の場所に戻した。仮面を外したその口元には笑みが浮かんでいた。

「中々順調だな」

 夕陽に照らされたセミが妖しげに鳴いていた。


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