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流青群は柊に舞う  作者: ノスケ
第六科【蠢く世界】
19/22

〈二類 獅子身中の虫〉

 春馬と茜は水の音がした方向へ歩いていった。進んでいくと、徐々に岩が多くなってきた。岩道を抜けていくと、流れの緩やかな川が見えた。春馬は川が見えるとすぐに走り出した。

「川だ! ホタルがいるならこの近くだな!」

「そうですね、餌のカワニナもいそうだし!……あっ」

 茜は口をふさいだ。その直後、春馬は指摘した。

「もう演技は良いんじゃないか?」

「え? 何の話ですか? 私演技なんてしてないですよ?」

 茜の額に汗がつたった。暑さのせいではないことは明らかだった。春馬は茜が弁解を始めようとする前に言った。

「ずっと気になっていた。君がどうして僕にここまで協力的なのか。人間によくあるおせっかいだと思っていたけど、違ったんだ」

 茜は黙っている。春馬は茜を見ながら続ける。

「この村に行くと決まったときから君の様子はおかしかった」

 春馬は茜の不自然な状態を事細かに説明した。

「特に、僕が村に来たのを思い出したとき、体の方向を向けてまで驚いていたのは三人の中で君だけだったんだ」

「それだけで?」

「それだけじゃない」

 春馬は畳みかける。狐に会ったとき、茜が最初一歩引いていたことを春馬は見抜いていた。金平糖を拾おうとするときに、茜の後ずさりを見逃さなかったのだ。

「あれは危機回避能力の一つで、本能によるものだよ」

「……でも!」

「ズボンのポケットにもしわが出来てる。何度も不安で握った証拠だ」

 春馬は茜がポケットに何かを隠している、と言い切った。茜はポケットを強く握りながら黙っている。春馬は間をおいて、茜に再度問いかけた。

「君の目的はなんだ? どうして僕についてきた?」

「全部お見通しだったんですね。どうして今まで見逃していたんですか?」

 春馬は説明した。茜は自分の手伝いをしてくれていた。春馬が青いホタルを探すことには協力的だった。目的はどうあれ、結果的にそうなら言う意味がないと春馬は考えていた。

「そうです……先生の推測通り、私はあなたを騙していました。利用していたんです」

「知っていたんだね」

「……はい」

 茜は元々蒼灯籠の話を知っていたのだという。菫から聞いた話も、新しい収穫は無かったと残念そうに言った。

「調べ尽してしましたから」

「僕を雲雀村に仕向けたのも?」

「春馬先生が村に来たことがあることは知っていました」

 茜はずっとチャンスを伺っていたが、春馬は一切蒼灯籠のことを口にしなかった。

「記憶が曖昧になっていたからね」

「おそらくそうです。だから私の方からきっかけを与えることにしました」

 茜が春馬にした平安時代の話は作り話だった。これには春馬も驚いた。蒼灯籠がホタルだと信じ込ませることで、春馬が場所を見つけてくれるよう仕向けたのだ。

「驚いたな、蒼灯籠はホタルじゃないのか? 僕が山で見たあれは」

 春馬はまだ混乱していた。目の前の人間の嘘がどんどん剥がれていく経験は、今までないものであったからだ。

「それは分かりません。ただあなたにとって虫以外のことがどうでもいいように、そのことは私にとってどうでもいい事だった」

 春馬は茜に自分と似た部分を感じた。自分も一歩間違えれば茜と同じようになっていたかもしれない。

「私はお狐様を殺しに来たんです」

 茜は覚悟を持った顔で言い放った。

「それが目的?」

「そうです。そんなものいないと思っていたけど、咲葵がいなくなって急に現実的なものに見えてきた。私は咲葵を奪ったお狐様を許さない」

(そのために僕を利用したってことか)

 しかしそこで春馬の頭の中には疑問が生まれた。

「でもそれなら目的は近いんじゃないか?」

 茜は咲葵の仇を取りたい。春馬は青いホタルを見つけたい。最終的な目的は違えど、レールは一緒である。

「確かにそれなら協力するのもありかもしれない。でも無理なんです」

 茜は静かに言った。

「菫さんの家で一緒に見ましたよね。あかき水が流れることで蒼灯籠は現れるって」

 茜は昔、咲葵がいなくなってから一度この山に来たのだと明かした。そこで自分の血を流したこと、それでも蒼灯籠は現れなかったこと。

 春馬はずっと気にかかっていたことがあった。茜はいかなるときも腕のリストバンドを外そうとしなかった。

 茜は春馬の視線に気づいたのか腕を押さえた。 その奥に大きな傷があることを知っているのは茜だけだった。

「でも場所を知っていたならどうしてわざわざ僕を?」

 これが一番疑問だった。春馬が問うと、茜は少し間をおいてから話し始めた。

「自分の血を流してもだめ。つまり必要なのは他人の血」

 春馬が死んでもフィールドワーク中の事故だとしか思われない。それに新たな情報を見つけてくれるかもしれない。そのために春馬が必要だったのだと茜は話した。その目は春馬を見ていなかった。

 もしかしたら他になにか原因があるのでは、と春馬は探ろうとした。しかし、その前に茜はポケットからナイフを取り出した。シワの原因はこれだったのだ。

 木々のざわめきだけが耳に入ってくる。汗ばんだ肌を妖しい風がすくった。

「先生の望みは叶えられませんね」

 茜は冷たく言った。しかしナイフを持つその手は震えていた。

「すいません。でも、私……!」

 茜はゆっくりと春馬に近づいた。その足取りはおぼつかなかったが、着実に距離は縮まっていく。春馬は後ずさりしながら茜を止めようとする。

「待つんだ。あかき水は血のことじゃない! あれは」

「明るい水って言いたいんですよね?」

 春馬は愕然とした。言う前から読まれていた。それも茜は既に試していたのだ。しかしそれでも咲葵が現れる事は無かった。春馬はただ茫然とするばかりだった。

「私は調べ尽したんです。嫌になるくらい!」

 茜が春馬を刺そうとしたとき、突如眩しい光が二人を覆った。

「なにこれ!? 眩しい!」

 茜は目を押さえている。春馬が眩しさに抵抗しながら空を見ると、雲が晴れて満月が出ていた。その光が川に反射し、何倍もの光を放っていることが分かった。

 これは蒼灯籠の出現状況と全く同じである。春馬が周囲を見渡すと、白い狐の仮面を被った人々が沢山現れていた。

「なんだ!? 狐の面……あいつの仲間か!」

 茜は震えを噛みつぶしてナイフを突き出している。

 春馬が近づこうとすると、急に山の音が消えた。セミの鳴き声や木々の葉が擦れる音が一切聞こえなくなったのだ。風も止んでいた。

 春馬と茜がこわばっていると、歌が聞こえてきた。子どもの声だ。そのリズムに乗って、周りの狐者達が手拍子を叩いている。手拍子は恐ろしいほど揃っていて、不気味さが際立っていた。

「ほ ほ ほーたるこい♪ あっちのみーずはにーがいぞ こっちのみーずはあーまいぞ ほほ ほーたるこい!」

 今まで手拍子をしていた狐者達が一斉にパン!と手を叩いた。その音で二人はハッと我に返った。急に現実に引き戻されたような感覚だった。

「はっ! さっきの人たちは!?」

 茜と春馬は辺りを見回すが、狐者達は一人残らず消えていた。

「いないみたいだな。でもこれで分かったろ?」

 春馬は蒼灯籠を呼び出す手段が月の光と川だということを再度説明したが、茜は納得していない。月はまた雲に隠れていた。

「確かに場所は変わっているし空気も違う。でも蒼灯籠は出ていない。やっぱり……うわぁぁ!」

 茜は春馬にナイフを持って襲い掛かった。しかし、ナイフが春馬の服に当たりそうになる手前で止まり、ナイフを落とした。

「私、私……」

 茜は嗚咽の声を上げた。春馬はそっと茜の近くによって語りかけた。

「君がどうしても会いたい人がいるのは分かった。そのために僕を騙していたのも分かった」

 茜は黙ってただ頷いている。

「でも、本当に全てが嘘だったのかな?」

「……どういうことですか?」

「君の、昆虫達だけの海があるんじゃないかって言葉。僕には嘘に思えなかった」

「あれは出まかせで……」

 春馬は続けて蟲毒の話をした。あれは茜の誘導だったが、あれは知識が無ければ作れないものだ。自分をだますつもりで作ったことは分かっているが、春馬は茜が屈折した形でも自分の力を試したかったのではないかと感じていた。

 茜は小さい声で違う、違うと呟いている。それはまるで自分の気持ちをかき消そうとしているような心の表れだった。

「君は全てを捨てたつもりかもしれない。でも僕たちは人間なんだ。感情を捨てることは出来ない」

 茜は座り込んだ。春馬はすかさず話を続ける。

「話を聞いてくれ。方法はあるんだ」

「時間が無いんです」

 茜は予想外の言葉を口にした。春馬は理解できていない。茜は昔、狐者の条件を資料で読んだことがあると話した。それは、遺体が人に見つかっていないというものだった。茜によれば、もうすぐここで大規模な工事があるのだという。

 そこで咲葵の遺体が見つかってしまえば、狐者としての咲葵も消滅してしまう。茜はそれを危惧していた。

 茜は続けて、春馬への感謝を口にした。

「先生には感謝しています。虫のことになるとそれしか見えなくなるけど、虫について話す先生は本当に楽しそうで」

 茜の顔は笑顔だったが、その目には溢れんばかりの涙が流れていた。こみ上げる嗚咽を堪えながら、茜は口を開いた。

「でも、私は咲葵を助けたい。分かってくれとは言いません。春馬先生、今までありがとう。さようなら」

 茜は立ちあがってナイフを掴み、再度春馬を刺そうとするが、もうその元気はなかった。

「はぁ、やっぱり無理だったか。そんなんだから咲葵を助けられねぇんだよ」

 聞いたことのない声がした。春馬が振り返ると、そこには黒い狐の面を被った男がいた。さっき見た狐者達とも違う雰囲気を纏っていた。生き物とはかけ離れた、邪悪な気配がした。

 男は茜の元へ行き、突っぱねて無理やりナイフを奪い取った。春馬はその男からとんでもない量の殺意を向けられていることに気づいた。

「よぉ、俺は(ぬえ)だ。お前には死んでもらう」


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