〈二類 柊冬馬はここにいる〉
冬馬はしばらく間をおいて話し始めた。
「さっきも言ったように狐者とはお狐様に仕える人のことだ」
しかし実際はほぼ自由らしい。お狐様はまだ実体がないが、特に大きな出来事もないからだそうだ。
「そのお狐様って村の守り神の?」
咲葵は狐者になる前、雲雀村に住んでいた。街の至るところにお狐様の像があったし、咲葵の家もお狐様とは関連が深かった。
咲葵が狐者であることを少しずつ理解し始めたので、冬馬は話を続けることにした。
「身の上話になるけどね、俺はもともと狐者じゃなかったんだ」
「狐者じゃない?」
冬馬は昔、雲雀村の山で転がり落ちて行方不明になったことを話した。運が悪く足を踏み外してお陀仏になったこと、その後お狐様に出会って過去に飛ばされたこと、そこから現代まで過ごしてきたこと、どの話も咲葵の想像を絶するものであった。
「急にそんなこと言われても信じられないよね」
咲葵が言葉を出せずに戸惑っていると、冬馬がアシストしてくれた。しかし咲葵は、冬馬が嘘をついているような人には思えなかった。
冬馬は自分の未練について話した。弟の春馬、年は離れていたが、心は近かった。
「弟に会ってあの日のことを謝りたい。そしてまた話せたらいいなと思って、ここまで来たんだ」
冬馬は静かにそう告げた。
「そうですよね、大事な人と会えなくなるってすごい辛いですし……(私も……)」
今まで戸惑っていた咲葵もこの冬馬の意志には強く共感した。冬馬は幽霊になってすぐのことを話した。
「幽霊と狐者って何か違うんですか?」
咲葵は今までずっと気になっていた疑問を冬馬にぶつけた。お狐様に仕える、これは幽霊との明確な違いには思えなかった。
「さっきまで君が付けてたお面、これを被っていれば物に触ることが出来るんだ。こんな風にね」
冬馬は近くにあった狐のお面を被って木の枝を振って見せた。
「凄い!」
物に触れる。大したことのない能力に見えても、これは凄い事だと咲葵は確信した。
「これが幽霊と狐者の違いだと思って大丈夫だよ」
その上で咲葵の中で一つの考えが生じた。物が触れるなら自分の正体をばらすことができるのではないかと。その考えを冬馬に伝える前に、冬馬が言った。
「ただ、狐者であることを伝えることは出来ないんだ。もしすべての狐者がそれをやってしまうと、存在がバレてしまって大変なことになるからね」
「確かに……」
咲葵は微かに出た希望を摘まれた気分だった。このまま沈んでいても何も解決しないので、一度話題転換をすることにした。
「ところで幽霊にも気分転換ってあるんですね」
「当たり前でしょ! 幽霊でも行き詰まることはあるよ。息してないけど」
「漢字が違わないですか?」
冬馬はやられた、という顔をして黙っている。咲葵は話を戻すことにした。
「あの、それよりその後はどうしたんですか?」
「結構自信あったんだけどな……」
冬馬は凹んでいる様子だった。九百年温めていたギャグだったのもあって無理はない。何回言ってもウケる気配がないことを悟った冬馬は話を戻すことにした。
村に来て狐者の存在を聞いたこと、幽霊より人に近い存在ってところに興味が湧いたことを話した。咲葵が幽霊から狐者にそんなにすぐなれるものなのか聞くと、予想外の答えが返ってきた。
「いや、頼み込んだよ。何回もお参りに行ってね」
「幽霊がお参り…何か不思議な感じですね」
咲葵は笑いながら言った。お参りしている幽霊、想像するとシュールだ。冬馬は咲葵がリラックス出来てきたことに喜びつつ、狐者になる際の条件について話した。
どうやら咲葵が狐者になることができたのはお狐様の結界の中で亡くなり、かつ死体が見つかっていないという2つの条件が原因だった。冬馬は自分のときも死体が見つかっていなかったから狐者になれたのだとお狐様が言っていたのを思い出した。
咲葵はただ驚くばかりだった。それはそうだろう。冬馬とは違って特に狐者になろうとしてなったわけではないのだから。
「もちろん狐者になってから今まで、何もしていなかったわけじゃない。計画の準備をしていたんだ」
冬馬はついに根幹の部分を話し始めた。その目はいたって真剣である。咲葵は生唾を飲んで緊張しながら尋ねた。
「それで、その計画っていうのは?」
「ズバリ…弟と再会しちゃおう計画だ!」
「ダサいですね」
ダサかった。どうやら冬馬にはネーミングセンスというものがまるで無いらしい。冬馬はダサいということに納得がいかずにまた凹んでいたが、咳ばらいをして仕切りなおした。
弟と再会しちゃおう計画。その名の通りの作戦だ。冬馬が話始めようとするところで、ある疑問が咲葵の中に浮かんだ。
(冬馬さんは九百年前から今までずっと過ごしてきたと言っていた。弟は現代にいる。これは分かる。でも、その場合はまた弟が生まれている?)
訳が分からなくなり冬馬に尋ねた。柊冬馬が現代に新しく生まれる事は無いのだろうか?
「それはないよ」
冬馬は言い切った。
「柊冬馬はここにいる。これはどの座標軸に居ても変わらないんだ」