2024/07/31
「思えば随分遠くまで来たね」
ここは七十階。レウはイデアの隣で月を見上げている。
この不思議な塔は、どれだけ登っても景色が変わらない。
月の見える平野のような開けた場所に"泉"と、上へ向かう階段がある。
いつも夜の闇の中で、空には大きな満月だけが光り輝いているのだ。
「あなたも随分逞しくなりましたね。背もだいぶ伸びたんじゃないですか?」
イデアよりも頭ひとつ分背が低かったはずのレウは、いつの間にかその背を追い抜いている。
「そうだね、この場所の時間の流れがおかしいんだと思うよ。僕は十三歳だったはずだけど、身体は十八かそこらに急成長してるんだから」
ここまでくるのに、確かにそこそこの日数は費やしている。しかし、せいぜい一ヶ月か二ヶ月程度のものである。
どんどん大人になっていくレウと、一切変わらないイデア。
「その身体、塔か出たら元に戻ると思いますか?」
イデアの言葉にレウは声をあげて笑って答えた。
「戻っても戻らなくても、なんかもうどうでもいいかな」
その言葉にイデアの表情がほんの少しだけ曇る。彼女をよく知らない者が見ても、ただ無表情にしか見えないが、もうずっと一緒にいるレウにはその変化はすぐにわかった。
「よっぽどおじいちゃんになっちゃったとかなら困るけど、他の人より早く大人になれたってくらいならむしろ嬉しいよ。まぁ、あと三十階登るまでにどのくらい歳をとるのかちょっと怖いけど」
レウはあくまで自分は平気であるとアピールした。おそらく自分の身体を心配してくれているのだろうと考えたからだった。
「…そうですね、とにかく。これ以上老け込む前に早いところ頂上に行きましょう」
イデアは何か言いたいことを抑えたように見えた。レウはそのことにも気がついたが、敢えてそのことは追求しなかった。
その代わりにもっと早く頂上に辿り着き、イデアの願いを叶えようと決意した。
「そうだね。それじゃ、そのためにももう休もうか」
「ええ。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」