2024/07/29
「そんなに心配しなくても」
ここは四十階。イデアとレウは向かい合って座っている。レウの額には大きな切り傷がついていて、ようやく血が止まったところだ。
「動かないでください」
イデアがレウの頭に包帯を巻いていく。少しぎこちないが、なんとか巻き終えた。
「終わりました。これ以上は危険です、あなたはもう帰ってください」
応急処置の動画を片付けながら、イデアはレウと目を合わせずに淡々と告げる。
「帰らないよ。イデアが帰るっていうなら一緒に帰るけど」
レウは笑ってそう言った。イデアは大きな溜息を一つ吐いて、レウの額を小突いた。
「あいたっ」
顔を顰めて額をそっと摩るレウを見て、イデアは伏し目がちに言う。
「助けてくれたのは感謝してます。ですが、私を守って死なれでもしたら…困ります」
「死なないよ、イデアのおかげで僕も強くなってるから」
笑顔を見せるレウに、イデアは背を向ける。
「そもそも、私が普通の人間じゃないことも、人並み外れて丈夫なのも、今まで見てきたあなたなら知ってるでしょう。なのにあなたは」
イデアの言葉を遮って、レウが言った。
「どれだけ丈夫だって、痛い思いはしてほしくないから」
再びイデアは大きく溜息をつくと、ゆっくりと空を見上げた。夜空にはいつもと同じく、大きな満月が輝いていた。
「私の願い。もうわかってると思いますけど。興味ありますか?」
イデアの隣に移り、習って月を見上げながらレウは答えた。
「嫌じゃないなら教えてほしいかな」
イデアは自分の角に手を添えながら、答えた。
「人間に、なりたいんです。普通の人間。角も、羽も、尻尾もない。普通の人間に」
角こそ普段から出しているものの、羽や尻尾を隠していることには、三十階に着くより前にレウは気がついていた。
「そっか」
敢えて深くは問いかけず、レウはただそう返した。
イデアはそんなレウに、自然と自分の生い立ちを話し始めた。
「私の曽祖母が魔女で、呼び出した悪魔と恋に落ちたんです。そして私の祖父が生まれて…」
他人に自分のことを話すことは、イデアにとって初めてだった。
生い立ちを話し慣れてないこともあって、説明が重複したり、戻ったりしたが、レウはただ、穏やかにそれを聞いていた。