2024/07/27
「月、好きなの?」
ここは二十階。イデアとレウは並んで地面に腰を下ろしている。
夜、眠りにつく前にイデアは必ず月を眺めるのだ。レウはその事がなんとなく気になって、彼女へ問いかける。
「綺麗だとは思います。別に好きと言う程ではないですけど」
月を見上げたまま、イデアは淡々と答える。
「そっか」
レウがそう返したあと、しばらくの静寂が訪れた。生き物の気配が全くないこの場所では、当然虫の鳴き声ひとつ聞こえない。
「"泉"、そこにありますよ」
月を見上げるのをやめて、イデアは立ち上がりながらそう言った。
彼女の視線の先には、月明かりに照らされた小さな"泉"がある。
この"塔"の中にある不思議な現象の一つで、この中に潜って少しの間目を閉じると、"塔"の中から外へと出られるのだ。
レウの住んでいた村には、"塔"から"泉"を使って帰ってきたんだと自慢して回っている少し歳上の少年がいた。
レウは当初そのことを信じていなかった。彼は村では嘘吐きと呼ばれていて、この"泉"の話にしても聞くたびに階が違ったり、潜るとか顔をつけるとか手順もあやふやで、とても実体験を話しているようには思えなかったのだ。
「僕は帰らないよ」
この"泉"の力が本当に存在するとレウが信じたのは、イデアから何度か使った事があると聞いたからだった。
そもそもこの"塔"が何なのか、それは誰も知らない。下からでは頂上の見えない、細長くて倒れそうな"塔"なのだ。
噂だけは昔からあった。
百階まである、頂上に辿り着いた者の願いを叶えてくれる、中には怪物がいる、巨大な竜が封印されているなど。
真偽の確かめようもない荒唐無稽なものばかりだが、中で怪物を実際に見たレウには、そのどれもが本当なのでは無いかと思えていた。
イデアはこの"塔"へ何度も挑戦していると言っていた。叶えたい願いが何かは訊ねなかったが、きっと頭の角と関係があるのだろうとレウは思っていた。
レウが"塔"へと入ったのは、願いがあったからではない。
村の大人達からこの場所へは近づいてはいけないと言われていたし、レウ自身も臆病な方なので避けていたのだ。
友人達の、"塔"のすぐそばに薬草があるとか落とし物をしたとか、見え透いた嘘で渋々付き添ったのだ。
勿論嘘であることは気づいていたのだが、近くまで行けば怖くなって逃げるだろうと踏んでいたレウの予想を裏切り、友人達は自分の手を掴んで強引に中へ入ってしまったのだ。
そして中で怪物に襲われ、彼等はレウを置いて逃げてしまった。
「帰らないのも好きにして構いませんけど、自己責任です」
イデアはそう言って"泉の方へと向かった。
「それなら水浴びに使います」
構わず服を脱ぎ始めるイデアに、レウは狼狽して背を向けるのだった。




