2024/07/24
ジョンは額の汗を手早く拭い、短く浅く息を吐いた。
まずは呼吸を落ち着ける必要がある。とても冷静でいられない、今すぐにでも叫び出したい心を必死に押し殺し、まず何をすべきか整理を始める。
(この場から逃げるのが最優先だ。"奴"はまだ向こうに掛り切りなのだから、今のうちに"彼等"を回収しなければ)
身を潜めている柱の影から、激しい音の鳴り止まない方へ目を向ける。"奴"はジョンの作戦通りに足止めされていた。
「無駄なことすんなよ、どこに逃げようと絶対殺すからさぁ」
苛立ちを滲ませた声で"奴"がジョンへと呼び掛ける。その間も拳は止まることなく振るわれ続け、次々と飛び掛かる"量産型ジャック"達の四肢をもぎ取り、あるいは頭を潰し、活動を停止させていく。
「無駄なことなどではないさ。例えわたしが君に殺されることが避けられないとしても、わたしは君を止められる者を探し出してみせよう」
身を屈め柱から柱へと素早く移動しながら、ジョンは言葉を返す。あと三本先の柱の影に、意識を失っている"彼等"を見つけた。
「そんなのいねーって。誰も俺を止められない、俺は全てを殺すんだよ」
天を仰ぎヘラヘラと笑いながら"奴"は左手で自身の目を覆っていた。
「不可能の証明は難しい。君はそんなことを考えずに、わたしに全てを委ねるといい。何故ならわたしは…」
言葉を止めて、一気に"彼等"の元まで走る。まだ息があることを確認し両脇にそれぞれ抱えると、"奴"の方へと向き直って宣言した。
「火星から来た男、ジョンなのだから」
そうしてジョンは左手に持っていた装置のスイッチを押した。青白い光がジョンを包み、キラキラとした光の粒子が辺りに舞い散る。
「忘れ物だ」
取り逃したことに気がついた"奴"から、ただ一言だけ言葉が飛んでくる。同時に、ちぎられた"量産型ジャック"の右腕がジョン目掛けて放たれていた。
避けることも防ぐことも出来ないジョンの腹部に、それは深々と突き刺さった。
「ではまた会おう、No.7」
痛みに顔を歪ませながら、ジョンはニヤリと笑って消えた。彼の頭から落ちたシルクハットだけが床に残されていた。
"量産型ジャック"を全て片付け終えたNo.7は、シルクハットを拾い上げて頭に乗せた。
「一体どんな手品を見せようってんだ?」
月明かりに照らされた遺跡で、機械の残骸を踏み付けながら、No.7は一人呟いた。